第八章:平和を脅かす使者
辺境領に、王都からの使者が訪れたのは、収穫祭の準備で村中が活気づいている、そんな穏やかな日のことだった。
使者としてやってきたのは、派手な装飾の甲冑を身に着けた、いかにも尊大な態度の貴族騎士だった。彼は、私と、私の隣に立つクラウス様を値踏みするような目で見ると、胸を反らしてアルベルト王子からの親書を読み上げた。
「元公爵令嬢エリアーナ・フォン・ラピスに告ぐ。汝の辺境での働き、見事である。よって、これまでの罪を許し、特別に王都への帰還を許可する。直ちに王都へ戻り、その力を王国のために捧げるのだ。これは、アルベルト王子殿下からの、寛大なる命令である!」
命令。その言葉に、私はもちろん、周りで聞いていた村人たちの顔色も変わった。
要するに、「お前の作り上げた楽園と手柄を、そっくりそのまま国王家に明け渡せ」ということだ。あまりに傲慢で、虫のいい話だった。
私が追放された時のこと、嘲笑された日のことを、彼らはもう忘れてしまったのだろうか。
「……お断りいたします」
私は、静かに、しかしはっきりとそう告げた。
使者の騎士は、信じられないという顔で私を見る。
「なっ、断るだと!? これは王子殿下直々のご命令だぞ! 一介の追放者が、逆らうというのか!」
「私は、この地の領主です。そして、ここに住む民を守る責任があります。この平和な場所を捨てて、今更王都に戻る気はありません」
私の毅然とした態度に、後ろに控えていた村長や村人たちが「そうだ、そうだ!」「領主様を渡してたまるか!」と声を上げる。みんなが、私の味方だった。
クラウス様も、静かに私の前に一歩進み出ると、冷たい声で言った。
「失礼だが、使者殿。エリアーナ様は、もはや貴国だけの人間ではない。彼女の力は、この世界の土地枯渇病を救う鍵となるやもしれん。我がアイゼンリッター王国としても、彼女の身柄と、この領地の安全を保証する」
「なっ……隣国の騎士団長が、なぜここに……!?」
クラウス様の存在に、使者はようやく気づいたように狼狽えた。ただの追放された令嬢だと思っていた相手に、強大な隣国の後ろ盾がある。これは、彼の想定を遥かに超える事態だった。
「よ、よろしいのか! 王子殿下のご命令に背くということは、王国に弓を引くのと同じことだぞ! 後悔しても知らんからな!」
使者は、捨て台詞を吐いて、慌ただしく馬上の人となり去っていった。
嵐の前の静けさ。使者が去った後、領地には重い沈黙が流れた。
「エリアーナ様、すまない。俺がいたことで、余計に事を荒立ててしまったかもしれん」
クラウス様が、申し訳なさそうに言う。
「いいえ、そんなことはありません。クラウス様がいてくださって、心強かったです。ありがとうございます」
私は彼に微笑みかけた。一人では、きっと心が折れていたかもしれない。でも、今は違う。私を信じてくれる人がいる。守りたい民がいる。
「私は、戦います。この大切な居場所と、みんなの笑顔を守るために」
私の言葉に、クラウス様は力強く頷いた。
「無論だ。俺も、我が騎士団も、君と共に戦おう。君の作る未来を、俺も見てみたい」
彼の青い瞳には、固い決意が宿っていた。
王都は、きっと実力行使に出てくるだろう。平和なスローライフは、終わりを告げたのかもしれない。
けれど、後悔はない。
自らの手で掴み取った幸せを、誰にも奪わせはしない。
私は、豊かに実る麦畑を渡る風を感じながら、来るべき戦いに備え、心を固めたのだった。




