第七章:王子の後悔と、聖女の嫉妬
アルベルト王子が派遣した調査隊は、数週間後、青ざめた顔で王都へと帰還した。彼らが持ち帰った報告書と、証拠として献上された辺境領の作物は、王城に大きな衝撃をもたらした。
「ば、馬鹿な……! これが、あの不毛の地だと!?」
報告書に目を通したアルベルトは、玉座から立ち上がり、わなわなと震えた。
そこに記されていたのは、信じがたい光景だった。黄金色に輝く麦畑、たわわに実る果樹、そして活気に満ち溢れた村人たちの笑顔。まるで、おとぎ話の世界だ。
そして、目の前のテーブルに並べられた、山のような野菜や果物。一つ一つが宝石のように輝き、部屋中に芳醇な香りを漂わせている。調査隊の騎士が、試しに一口かじったリンゴの甘さに、感動の声を上げる。
報告は続く。その楽園を築き上げたのは、まぎれもなく、彼が追放した元婚約者、エリアーナ・フォン・ラピスである、と。
「エリアーナが……? あの、役立たずの女が、これを……?」
アルベルトは愕然とした。
自分がゴミのように捨てた石が、国宝級の、いや、世界を救うほどの価値を持つ宝石だったのだと、今更ながらに思い知らされたのだ。
【土壌改良】。なんと地味で、つまらないスキルだと思っていたことか。だが、その力がもたらした結果は、どんな派手な攻撃魔法よりも、どんな神々しい光の魔法よりも、圧倒的に「現実的な」価値を持っていた。
国が飢え、民が苦しんでいる今、本当に必要なのは、一瞬の治癒の光ではなく、人々を生かす食糧そのものだった。
「私が……間違っていたというのか……?」
浅はかな後悔が、アルベルトの胸を締め付ける。エリアーナを追放し、婚約破棄を宣言したあの日の光景が、脳裏に蘇る。勝ち誇った自分の顔、嘲笑する貴族たち、そして、静かに全てを受け入れていたエリアーナの澄んだ瞳。
あの時、彼女は一体何を思っていたのだろう。
一方、アルベルトの隣で報告を聞いていた聖女リリアは、全く別の感情に支配されていた。
(エリアーナ……あの女が、私より注目されている……!?)
激しい嫉妬の炎が、彼女の胸の中で燃え盛る。
最近、自分の力が弱まっていることに、リリアは誰よりも気づいていた。土地から生命力を吸い上げようとしても、以前のようにうまくいかない。人々を癒しても、すぐにまた彼らは元気をなくしてしまう。
「聖女様」と崇めていた民衆の目も、徐々に疑いや失望の色を帯び始めている。そんな焦りの中で聞いた、エリアーナの噂。
自分に代わる「本物の聖女」が現れたかのような噂に、リリアは屈辱で唇を噛み締めた。
「アルベルト様、そのような報告、信じてはなりませんわ。きっと、あの女が何か汚い手を使ったに違いありません。悪魔と契約したのかもしれませんわ!」
リリアはアルベルトに必死に訴えかける。彼女にとって、エリアーナは自分の地位を脅かす不倶戴天の敵だった。
「そうか……そうかもしれんな! そうだ、そうでなくては説明がつかん!」
アルベルトは、リリアの言葉に飛びついた。自分の過ちを認めたくない一心で、彼は最も都合の良い解釈にすがりつく。
「よし、決めた! エリアーナを王都に呼び戻す! そして、その力を王国のために使わせるのだ! もとより、その力は私のものになるはずだったのだからな!」
彼は、自分がどれほど傲慢で、愚かなことを言っているのか、全く理解していなかった。
エリアーナが築き上げた楽園も、彼女の力も、全て自分の手柄にしようという浅ましい考え。
後悔は、いつしか醜い欲望へと姿を変えていた。
王都の愚かな王子と嫉妬に狂う聖女は、自分たちの都合の良い筋書きのために、平和な辺境の地へ、その魔の手を伸ばそうとしていた。
彼らがこれから犯す過ちが、自らの首を絞める最後の引き金になることなど、知る由もなかった。




