第三章:最初の奇跡と、もふもふの出会い
辺境での生活が始まって、数日が過ぎた。
私は毎日、畑の世話をすることに夢中になっていた。そして、信じられないことが起こった。
【土壌改良】スキルで耕した畑に植えた野菜の種が、わずか三日で芽を出し、一週間も経たないうちに、立派な実をつけたのだ。
艶々とした真っ赤なトマト、みずみずしい緑色のキュウリ、そして手のひらから溢れそうなほど大きなカブ。どれもこれも、王都の市場に並んでいるどんな高級品よりも、生命力に満ち溢れている。
私はおそるおそる、真っ赤に熟したトマトを一つもぎ取り、そのままかじりついた。
「……! あ、甘い……!」
口の中に広がる、濃厚な甘みと爽やかな酸味。果物かと錯覚するほどの美味しさに、思わず目を見開いた。こんなに美味しいトマトは、前世でも、そしてこの世界に転生してからも、一度だって食べたことがない。
これが、私のスキルが生み出した奇跡。
今まで「ハズレスキル」と蔑まれ、誰にも必要とされなかった私の力が、こんなにも素晴らしいものを生み出した。
嬉しくて、嬉しくて、涙が溢れてきた。初めて、自分の存在を肯定された気がした。
「ありがとう……私の、力……」
私は畑に実った野菜たちを抱きしめ、しばらくその喜びに浸っていた。
そんなある日の午後、私は食料の調達と、この土地の調査を兼ねて、家の近くにある森へ足を踏み入れてみた。森の中は、外の荒野とは違って、かろうじて緑が残っている。とはいえ、木々はどこか痩せていて、生えているキノコも食べられそうなものは少ない。
(この森も、スキルで元気にできるかな……)
そんなことを考えながら歩いていると、茂みの奥から「クゥン……クゥン……」というか細い鳴き声が聞こえてきた。
何事かと思って茂みをかき分けると、そこにいたのは、一匹の子犬のような生き物だった。
銀色に輝く、ふわふわの毛並み。ピンと立った耳に、くりくりとした黒い瞳。しかし、その足は狩人が仕掛けたであろう古い罠に挟まれ、ぐったりとしている。
「だ、大丈夫!?」
私は慌てて駆け寄り、慎重に罠を外してあげた。幸い、骨は折れていないようだけど、足は赤く腫れ上がり、かなり弱っている。
私は持っていた水筒の水を布に含ませ、そっと口元に運んでやった。子犬は、最初は警戒していたけれど、やがてぺろぺろと水を飲み始めた。
「よかった……。もう大丈夫だからね」
私が優しく頭を撫でると、子犬は気持ちよさそうに目を細め、すり寄ってくる。人懐っこい子のようだ。
このまま森に置いていくわけにもいかない。私は子犬をそっと抱き上げ、家へ連れて帰ることにした。
「あなたは、フェンリルっていう伝説の狼に少し似てるかも。そうだ、あなたの名前は『フェン』にしよう」
腕の中で、フェンが「きゅん」と小さく鳴いた。気に入ってくれたのかもしれない。
家に連れ帰ると、私は傷口を綺麗にし、包帯を巻いてやった。治癒魔法は使えないけれど、何か栄養のあるものを食べさせれば、きっと元気になるはずだ。
私は畑で採れたばかりのカブで、温かいスープを作った。味付けは、わずかに持ってきた塩だけ。けれど、カブそのものが驚くほど甘く、滋味深い味わいのスープが出来上がった。
冷ましてからフェンにあげると、最初は警戒していたものの、やがて夢中でスープを舐め始めた。あっという間に皿は空っぽになり、フェンは満足げな顔で私の足元に丸くなる。
その時、不思議なことが起こった。
フェンがスープを飲み干した瞬間、その体から柔らかな光が溢れ出し、みるみるうちに足の傷が癒えていったのだ。
「え……!?」
驚く私に、フェfenは元気になった足でぴょんと立ち上がると、感謝を伝えるように私の頬をぺろりと舐めた。
どうやら、私の育てた野菜には、ただ美味しいだけでなく、食べたものの生命力を活性化させる不思議な力があるらしい。そして、この銀色のもふもふ、フェンは、ただの子犬ではないようだ。
エリアーナとフェン。
この一人と一匹の出会いが、やがて辺境の地に、そして世界に、大きな奇跡をもたらすことになる。
それを、まだ誰も知らなかった。




