第二章:絶望の地へ
王都から揺られること、十日。乗り合いのボロ馬車がようやくたどり着いた辺境伯領は、噂以上に荒涼とした場所だった。
空はどんよりと曇り、乾いた風が砂埃を巻き上げる。見渡す限り広がるのは、ひび割れた赤茶けた大地。まばらに生える枯れ草が、かろうじてここが草原だったことを示している。
「へっ、ここがお嬢様の新しいお城かい。せいぜい野垂れ死なないように頑張るんだな」
私をここまで運んできた御者は、荷物を乱暴に地面に放り投げると、嘲るように言い捨てて去っていった。
ぽつんと一人、荒野に取り残される。与えられたのは、古びた小さな一軒家と、わずかばかりの保存食。領民が住むという小さな村までは、ここからさらに歩かなければならないらしい。
家の中は埃っぽく、家具も最低限のものしかない。窓の外には、希望のない景色が広がっているだけ。
普通なら、絶望して泣き崩れてもおかしくない状況だろう。
でも、私の心は不思議なくらい、静かだった。
(ここが、私の土地。私の家)
誰にも邪魔されない、私だけの場所。
そう思った瞬間、胸の奥からふつふつと何かが湧き上がってくるのを感じた。それは、絶望ではなく、むしろ挑戦への意欲だった。
「ここが私の新しい居場所。なら、私がここを楽園に変えてみせる」
私はスカートの裾をまくり上げると、早速家の裏手にある小さな空き地に向かった。カチカチに固まった地面は、石のように硬い。普通のクワでは刃が立たないだろう。
でも、私にはスキルがある。
今まで誰にも認められなかった、唯一の力。
私は地面にそっと手を触れ、意識を集中させた。
「【土壌改良】」
スキルを発動させると、手のひらから温かい光が溢れ出し、地面へと吸い込まれていく。すると、魔法のような光景が広がった。
カチコチだった地面が、まるで水を含んだスポンジのように、ふかふかと柔らかくなっていく。乾いた赤茶色の土は、みるみるうちに生命力に満ちた豊かな黒土へと変わっていったのだ。
「すごい……」
今まで屋敷の花壇でこっそり使っていた時とは、比べ物にならないくらい効果がはっきりと分かる。もしかしたら、このスキルの効果は、土地が痩せているほど高まるのかもしれない。
私は夢中で、家の周りの土地を次々と改良していった。魔力は使うけれど、前世で培った体力が役に立ち、思ったよりも作業は捗る。半日もすると、家の周りには見違えるほど立派な畑が完成していた。
持ってきた荷物の中から、大切にしまっていた数種類の野菜の種を取り出す。これは、追放される直前、唯一私に優しくしてくれた老齢のメイドが、こっそり持たせてくれたものだ。
「エリアーナお嬢様、どうか、お元気で」
彼女の涙を思い出し、胸が少しだけ痛む。でも、ここで私が幸せになることが、彼女への一番の恩返しになるはずだ。
私は丁寧に畝を作り、種をまいていく。前世の記憶を頼りに、それぞれの野菜に合った間隔を空け、水をやる。水は、家の近くにあるか細い小川から汲んできたものだ。
全ての作業を終え、汗を拭った時、西の空がオレンジ色に染まり始めていた。
改良されたばかりの畑は、それ自体が希望のように見えた。
(大丈夫。私なら、やれる)
確かに、ここは絶望の地かもしれない。
でも、私にとっては、ようやく手に入れた自由なキャンバスだ。
この不毛の大地を、世界で一番豊かな楽園にしてみせる。
私の、本当の人生は、ここから始まるのだ。




