第一章:嘲笑と婚約破棄
王立アカデミーの卒業パーティーは、きらびやかなシャンデリアの光に満ち、着飾った貴族たちの喧騒で溢れていた。私も公爵令嬢の務めとして、豪奢なドレスに身を包み、壁際で息を潜めるようにしてその光景を眺めていた。
私の隣には、婚約者であるこの国の第一王子、アルベルト・フォン・クライス様が立っている。金色の髪を輝かせ、自信に満ちた笑みを浮かべる彼は、まさに物語の王子様そのものだ。けれど、その青い瞳が私に向けられることは、ほとんどない。
私たちの婚約は、幼い頃に結ばれた政略の産物。彼が望んでいたのは、ラピス公爵家の力と、そこに生まれるであろう強力な魔法の使い手だった。ハズレスキル持ちの私は、彼にとってお荷物でしかない。
「エリアーナ、少しは愛想よくしたらどうだ。私の顔に泥を塗る気か」
耳元で囁かれる冷たい声に、私はきゅっと唇を噛む。彼の隣にいる資格がないことなんて、私が一番よく分かっている。
彼の視線の先には、いつも一人の少女がいる。
平民出身ながら、強力な「光の治癒魔法」を操る聖女リリア。ふわりとした亜麻色の髪に、庇護欲をそそる大きな瞳。彼女がにっこりと微笑むだけで、周囲の男たちは骨抜きになる。
アルベルト王子も、その一人だった。
パーティーが最高潮に達したその時、アルベルト王子が私の腕を掴み、ホールの中心へと引きずり出した。突然のことに会場が静まり返り、全ての視線が私たちに突き刺さる。
「皆様、ご静聴願いたい!」
高らかに響く王子の声。嫌な予感が、心臓を鷲掴みにする。
そして、彼は私を指さし、満場の前で声高に宣言した。
「エリアーナ・フォン・ラピス! たった今、貴様との婚約を破棄する!」
ざわめきが、波のように広がっていく。
「なっ……アルベルト様、これは、一体……」
「黙れ! 貴様のようなハズレスキル持ちの女が、次期国王たる私の隣に立つことなど許されるものか!」
王子の言葉は、刃となって私の心を抉る。周囲から聞こえてくるのは、「やっぱり」「公爵家の恥さらしが」という嘲笑と囁き声。
アルベルト王子は満足げにその反応を見渡すと、今度は優雅にリリアの手を取り、隣に立たせた。
「真に私の隣に立つべきは、この聖女リリア様だ! 彼女の御力こそ、この国を豊かにする光の奇跡なのだ!」
その言葉に応えるように、リリアがふわりと手を掲げる。すると、彼女の手のひらから温かい光が溢れ出し、ホールを満たした。光を浴びた貴族たちが「おおっ」「なんと神々しい……」と感嘆の声を漏らす。
まるで、出来の悪い芝居を見せられているようだった。
光の奇跡に会場が沸く中、私はただ一人、冷たい床の上に立ち尽くす。
追い打ちをかけるように、パーティー会場の隅にいた父、ラピス公爵が進み出て、冷酷に言い放った。
「エリアーナ。もはや貴様は我がラピス家の人間ではない。これより勘当とする。二度と我が家の敷居を跨ぐことは許さん」
家族からも、婚約者からも、あっさりと捨てられた。
そして最後に、王家からの裁定が下される。
「エリアーナ・フォン・ラピスには、王都追放を命じる。行き先は、誰も欲しがらぬ不毛の地、辺境伯領だ。そこで己の無力さを噛み締めながら、余生を送るがいい」
アルベルト王子は、勝利の笑みを浮かべてそう告げた。
辺境伯領。痩せこけた土地が広がり、作物もろくに育たない、見捨てられた土地。そこへ、たった一人で追放される。それは、死ねと言われているのも同然だった。
けれど、私の心は不思議と凪いでいた。
もう、誰かの顔色を窺う必要はない。公爵令D嬢の仮面を被る必要もない。
嘲笑も、侮蔑も、もう聞き飽きた。
私はゆっくりと立ち上がると、背筋を伸ばし、一度だけ、元婚約者と、彼に寄り添う偽りの聖女を見据えた。そして、誰にも聞こえない声で呟く。
(結構ですわ。むしろ、望むところです)
私は、たった一人、最低限の荷物と共に、豪華絢爛な王宮を後にした。
これから始まるのが、絶望か、それとも自由か。
それはまだ、私自身にも分からなかった。




