番外編3:鉄血騎士の甘い悩み
俺は、クラウス・フォン・アイゼンリッター。アイゼンリッター王国の騎士団長であり、今は「聖樹の恵み国」の元首補佐官、そして何より、エリアーナの夫だ。
「鉄血騎士」などと呼ばれ、感情を表に出すのが苦手な俺が、こんなにも穏やかな気持ちで毎日を過ごせているのは、全て妻であるエリアーナのおかげだ。
彼女と初めて会った日のことを、今でも鮮明に覚えている。
痩せた土地に不釣り合いなほど豊かな畑と、その中心に立つ、芯の強そうな瞳をした女性。最初は、何か危険な魔法の使い手ではないかと警戒していた。
だが、彼女は違った。
彼女が振る舞ってくれた野菜スープの、あの温かい味。人生で食べた、どんなご馳走よりも美味かった。冷え切っていた体だけでなく、俺の頑なな心まで、じんわりと溶かしていくような、優しい味がした。
それからというもの、俺は完全に彼女に胃袋を掴まれてしまった。彼女が作る野菜スープが、俺の何よりの好物になった。
彼女の笑顔を守りたい。その一心で、王国軍と対峙した夜のことは忘れられない。大地を味方につけ、一人の犠牲も出さずに敵を退けた彼女の姿は、神々しくさえあった。あの時、俺は覚悟を決めたのだ。この女性を守るためなら、世界すら敵に回そう、と。
幸い、世界を敵に回す必要はなく、俺は彼女の隣に立つことを許された。
だが、夫となった今、俺には新たな悩みができた。
……甘い悩み、とでも言うべきか。
執務に励む彼女の横顔が愛おしすぎて、仕事が手につかない。
「あなた?」と首を傾げられるだけで、心臓が跳ね上がる。
最近、少しずつ大きくなってきた彼女のお腹に手を当てると、まだ小さいが、確かな命の鼓動を感じる。そのたびに、守るべきものがまた一つ増えた喜びに、胸が締め付けられるのだ。
俺は、世界一の幸せ者だ。
鉄血騎士と呼ばれた俺が、こんな甘い悩みに日々悶々とすることになるとは、誰が想像しただろうか。
だが、悪くない。
いや、最高だ。
この幸せを、俺は命を懸けて守り抜く。
さあ、今日もそろそろ、彼女の作る世界一のスープの匂いがしてくる頃だ。




