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想造のファルマコン  作者: 源泉
第1章 姫も王子も、お菓子の家もないこの国で

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1-7 想造を巡る二つの視線

ここは塔の最上階。

いつもは無機質な静寂が満ちるこの場所は、

いま焦げた匂いとざらつく魔力で濁っていた。


魔術塔――研究塔とも呼ばれるこの建物に出入りできるのは、

“宮廷魔術師”と総称される者たちである。


駆けつけたのは彼らのうちの研究者と呼ばれる者たち。

国家の魔術体系と研究成果を支える特権階級の学者たちである。



だが、その彼らでさえ、

床一面に散った魔道具の破片や焼け焦げた術式陣を前に

恐怖と動揺を隠しきれずにいた。


窓は粉々に割れ、外壁へ続いていた鉄格子は

まるで蝋のように溶け落ちている。



「……侵入者? ……あれは、本当に……」



そこに倒れていた研究者のうち、唯一意識のある研究者が、かすれた声で呟いた。

他の者は全員、床に伏して昏倒している。


駆けつけた研究者は驚きながら周りを見渡す。



「この【想造士】の部屋に侵入者なんて……一度も、なかったのに……」



部屋の奥――

ミオリが静かに眠り続けていた。


白い肌は血の気を失い、

呼吸は細い糸のように弱い。



おそらく魔力の枯渇。

【想造士】の力を使う実験で何度も起こしてきた症状ではあるが、

今回は今までのどれよりも重いように見える。


彼女に魔力を注ぎ続けていた供給装置は毒素による腐蝕か、

あるいは“想定外の魔力負荷”が一気にかかった結果なのか――

判断できぬまま回路ごと焼け落ち、沈黙していた。



まるで部屋全体が、“説明不可能な異常”を物語っているようだった。



「一体、どうなっている」



静かな声が乱れた空気を切り裂いた。


淡金の髪が光を受けて白銀に揺れ、

薄氷のような青い瞳が室内を一瞥する。

高潔で静かな空気をまといながら、

一歩進むごとに周囲のざわめきが消えていく。


現れたのはアステル・ヴァン=ロウ。

宮廷魔術師のうち、研究者達を統率する研究室長。


優美で静謐。

だが触れれば割れそうなほど冷たい気配を持つ男。



「彼女は?」



アステルはミオリの傍へ膝をついた。

その仕草は丁寧だが、どこか気持ちを押し殺すかのように感じる。


脈を測り、呼吸を確認し、淡々と診断を下す。



「……脈はある」



一瞬の沈黙のあと、淡々と続けた。



「……しかし、消耗が激しい。

治療班、医務室へ搬送しろ。

予備の魔力供給装置の起動を急げ」



無駄のない静かな声。

だが、そこにはごく僅かにミオリの無事に対する“安堵”が混じっていた。


ミオリが壊れれば研究は終わる。

それは確かに理由のひとつ。

だがアステル自身は、

“その感情”に気づいていなかった。


アステルは立ち上がり、溶けた鉄格子を見つめる。



「……何があった?」



ふらつきながらも意識を保つ研究者が答える。



「わからない……あれは、侵入者?

本当に人間だったのかも……」



アステルの表情は揺れない。



「侵入者……この部屋の結界を破ったとでも?」



彼は残留魔力へ指先をかざし、魔力の流れを読む。



「……残留しているのは【想造】の痕跡のみ、か」



別の研究者が報告を続ける。



「侵入者は強い毒を使い、駆けつけた魔術師を次々と倒し……

窓の格子を破壊し、逃走したとのことです。

こちらの魔術攻撃が腕に命中。その後、落下していったと」


「侵入者の死体は?」


「まだ……発見されていません」



アステルは短く息を吐いた。



「引き続き捜索しろ。

侵入者が使った毒の採取も行え」



声は相変わらず静かで冷静。


だが胸の奥――

いまだかつてなかった“ミオリへの干渉”に、

微かな波紋が生まれていた。

自覚も認めもしないまま、

その揺れは深い底へ沈んでいく。


その時――



「侵入者、ではないとしたら?」



どこかわざとらしいほどに柔らかい声が、入口から響いた。


灰金の髪が静かに揺れ、

柔らかな微笑みは美しいのに、

どこか“死の静けさ”をまとっている。



塔の異端――

ベリオン・グラズが姿を見せた。



アステルが“氷”なら、

ベリオンは“底のない闇”。


アステルは顔を向けず答える。

ベリオンはアステルが無意識に避けていた言葉を口にする。



「彼女が【想造】した」


「その可能性は低い」


「低い? でも“不可能”ではないでしょう」


「……ベリオン。何が言いたい」



ベリオンは毒の痕跡を一瞥し、

まるで芸術品を見るように微笑む。



「あなたの作った装置。

ミオリには常に知識と魔力が注がれ続けていた。

積み重なったものが“形”になったとして……

それが、そんなに不思議でしょうか?」



アステルの瞳が一瞬揺れる。


――生命の想造。

たしかに研究対象ではあった。


だが彼はすぐに首を振り、冷徹な表情へ戻る。



「……小動物ですら成功例はない。

人型など非現実的だ」


「夢がありませんね。

もしそうなら、我々の研究は“次の段階”へ進むというのに」



ベリオンの微笑は揺れない。

喜怒哀楽ではなく、“好奇心”だけがそこにあった。


アステルは冷えた声で言う。



「部屋の復旧を急げ。

ベリオン、お前は装置の修理だ」


「はいはい。研究室長様の仰せのままに」



柔らかく笑いながらも、その瞳の奥は笑ってはいない。

ベリオンはどこか楽しそうにアステルの背中を見送った。

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