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想造のファルマコン  作者: 源泉
第1章 姫も王子も、お菓子の家もないこの国で

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1-6 記憶の外側で

微かな衣擦れの音とともに、青年がゆっくりと目を開いた。



「……どこ……ここ……?」



アルヴィンが椅子から立ち上がる。



「安全な場所だ。

起き上がるな、まだ怪我が残っている」



青年は身を起こそうとしてよろけるが、止められると素直に従った。

揺れた黒い瞳が、かすかな不安を宿す。



「ミオリ、どこ……?会いた……」



アルヴィンは短く息を吐き、静かに答える。



「落ち着け。今は会えないだけだ。

だが塔にいる限り、外から危害が加わることはない。

あそこは、この国で最も侵入が難しい場所だ」



青年はその言葉をゆっくり飲み込むように瞬きをした。

アルヴィンはその様子を確認しつつ、衣服の包みを手に取る。



「濡れたままでは体に障る。着替えるといい」


「……きがえ?」



ヤドクが不思議そうに服をつまむ様子を見て、アルヴィンは口を開く。



「手伝おう、動かなくていい」



魔力で布を操り、触れずに服を脱がせ、整えていく。

青年はじっとその動きを見つめていた。

腕や首元から覗く毒紋が、ゆらりと揺れる。

赤と青を基調に複雑に走る模様は、まるで夜空にかかる星の道のようだった。


アルヴィンは息を呑む。



「……美しいな」



ヤドクはふと目をアルヴィンに向け、瞬きをした。



「……うつく、しい」


「いや、独り言だ」


「ミオリも、きれいって、言ってくれた」



どこか不安そうに怯えていたこの青年が初めて薄く微笑む。

その印象はやはり幼く無垢。



アルヴィンは着替え終えた青年の姿を見つめながら、

一瞬だけ口を開きかけ――そして閉じた。



(……私の身分を教えるべきか?

いや、今の彼には早い。

その概念すら理解できる状態ではないかもしれない)



黒い瞳は、まだ世界の形も言葉の重さも知らないまま、ただミオリの名だけを頼りに揺れている。



(……伝えるのは、理解が追いついてからでいい)



アルヴィンはわずかに息を吐き、

代わりに穏やかな声で問いかける。



「ひとつ聞きたい」



青年の黒い瞳が持ち上がる。



「……?」


「お前は、何を知っている?」



沈黙が落ちる。

青年はわずかに眉を寄せ、言葉を探すようにして答えた。



「……ミオリが、知っていたことなら……いくらか。

でも……ミオリが俺をどう思っているのかは……わからない」


「……どういうことだ?」


「俺は、ミオリの記憶に……まだいなかったから」



空気が張りつめる。



(記憶に存在しない……

そして、知識の一部を共有している……?)



アルヴィンの中で確信に近づいていく疑問が言葉に変わる。



「……お前は、ミオリが【想造】した存在なのか」



青年は少し困ったように瞬きをした。



「……わからない。

でも……ミオリ、呼んだ……それで……ここに……いる」



その瞬間、アルヴィンの中で線がつながった。



(やはり……ならば、なおさら塔には渡せない)



アルヴィンは一歩進み、青年の前に立つと口を開く。



「――いいか。

君は、私の客人として保護する。

塔にも、他の者にも触れさせない」



青年の瞳がわずかに揺れ、そこへ確かな光が宿る。



「……ミオリを……迎えにいく……」


「焦るな。

状況を見極めながら、必ず道を探す」



青年は小さく頷き、その喉がかすかに震えた。



「……ありがとう。

……あの……あなたの、なまえ……?」




「名か。

……アルヴィン・レオナール・ラドミアだ。」



青年は一生懸命に口を動かす。



「……アル、ヴ……ィ……?」



言いづらそうに眉を寄せる様子に、アルヴィンは思わず微笑んだ。



「アルでいい」



青年――ヤドクが、初めて自然に呼ぶ。



「……アル」



その声はかすかだが確かに届いた。

アルヴィンは静かに頷いた。



「そうだ。それでいい」



一見兄と幼い弟のような、穏やかな微笑ましい会話に見える。

しかしアルヴィンは更に確信を深めていく。



(私の名前を知らない、少なくとも国の名を持つこの名を聞いても驚きも畏怖もしない。

やはりこの青年は侵入者などではなく……)



部屋の外ではまだ塔の騒ぎが続いている。

だがこの離れだけは深い静寂に包まれ、

二人の運命が静かに動き始めていた。

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