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想造のファルマコン  作者: 源泉
第1章 姫も王子も、お菓子の家もないこの国で

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1-3 君が「逃げて」と言うならば

青年と【想造士】の少女だけの世界を引き裂くように、

鐘の音が耳障りなほど鋭く響いた。


青年の“出現”は、ミオリを閉じ込めている部屋に貼られた結界を揺らした。

その揺らぎは、魔術塔全体へ警告として伝わり、赤い警報灯が実験室を断続的に照らし出す。


そして扉が、悲鳴のような金属音を上げて開いた。



「侵入者?……何だこれは……!」



塔の研究者たちが、混乱した足音とともに駆け込んでくる。


ミオリは床に倒れ、かろうじて息をしていた。

意識は深い霧の向こう側で、目を開ける力すらない。



その傍らに――あり得ない存在が立っていた。


黒い髪、白い肌。

どこかミオリと同じ儚さと、神秘めいた静けさをまとった青年。


黒い服の隙間からのぞく皮膚には、赤や青の毒々しい模様が、歪な地図のように広がっていた。



異形の影のようなその存在は、

騒ぎにも、警報にも反応しない。



ただひとつの声だけが、心の奥で揺れていた。



ーー……に、げ……て



ミオリが最後に絞り出した声。


言葉の意味はわかる。

だが、その意味をどう行動に結びつければいいのか理解できず、胸の奥が重い痛みのように沈む。



研究者たちは青年を“侵入者”と断定し、武器と拘束具を構えた。



高い塔の最上階。

鍵をかけた扉を越え、そのさらに内側の鉄格子の檻にいた青年。

窓には頑丈な格子がはまり、一切の歪みもない。



「一体どうやってこの部屋に……?」


「考えるのは捕まえた後だ!」



青年はゆっくりと、ミオリの方へ歩み出す。


逃げる気も、攻撃する気もない。

ただ――触れたい。

連れ出さなければという衝動だけが、彼の未成熟な意思を満たす。


その瞬間、檻の鍵を開けて入ってきた研究者が腕を伸ばした。



「止まれ!」



研究者の手が、青年の腕に触れた。

びくん、と身体が跳ねる。


次の瞬間、研究者の手は青年の皮膚から色を移されたように赤紫に変色し、

痙攣しながら崩れ落ちた。



「な……っ!?」


「何だ今のは!?離れろ!」



研究者たちはざっと後退する。


青年はただ、自分の手のひらと倒れた研究者を交互に見つめた。

赤と青の模様が、皮膚の下で微かに脈動している。



「……なに、が……?」



困惑だけが浮かび、

恐れも自責も、まだ芽生えない。


青年は再びミオリへ近づこうとした。

だが、倒れた彼女の白い肌、浅い呼吸が、

“触れてはいけない”という静かな壁のように彼を止めた。



眼差しが揺れ、足が止まる。

あの声が胸の奥に落ちる。



(にげて、と……ミオリ、言ってた)



ようやく“逃げるべき方向”だけを理解した。


研究者たちが、別方向から拘束術式や魔術具を展開する。


淡い霧が広がり、睡眠を誘う魔力が青年を包む。

だが、吸い込んでも効き目がないのか足を止める様子はない。



「なっ……睡眠の魔法が効かない!」


「慌てるな、接触せず取り押さえろ!」



青年は研究者たちの出口ではなく、

窓を見た。

その動きには、一切の迷いがない。



「ま……窓から行く気か!?最上階だぞ!」


「落ち着け!あの鉄格子は人の力じゃ外れない!」



青年は窓の鉄格子に手を触れた。

じわりと黒い気配が金属に染み込み、

音もなく数本の格子が床に落ちた。


格子が床に当たるより早く、青年はガラスを割り、その勢いのまま外へ飛び出す。



そこは塔の最上階。

地上の木々よりも遥かに高い、

【想造士】を閉じ込めるための空の檻。



外壁に手足が触れた瞬間、青年はしなやかに吸い付くように壁を駆け降り始める。


だが、動きには幼さが残る。


わずかな隙間に差し込む指が滑る。

足場の距離を誤り、体勢を崩しかける。



背後から魔術弾が撃ち込まれ、

かすめた衝撃が腕を裂いた。



「……っ……?」



初めての“痛み”。

だが、彼は止まらない。



「……ミオリ、が……逃げろって……」



ただそれだけが、彼を動かしていた。


塔の外壁を降り切り、地上に着いた時、

周囲にはまだ追手はいなかった。



青年は走り出す。

壁を蹴り、屋根を渡り、人の気配を避けるように、ただ“身を隠せる場所”を探して。



そして、身体がふわりと重力に引かれた。

静かな庭園へ――落ちていく。



池に落ちた音は小さく、波紋だけが静かに広がった。



たちまち赤紫へと濁り、

魚がひっくり返って水面へ浮かぶ。



死が、音もなく広がっていく。

青年は水中からゆっくりと顔を上げた。


髪が額にはりつき、

黒い瞳がぼんやりと揺れる。



「……ミオリ……」



池の水は静かに毒へ染まり、

その中心で彼は独り、彼女の名前を呟いた。

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