1-2 ふたりの誕生、ひとつの罪
ミオリは、視界が戻るまでにどれほど時間がかかったのか分からなかった。
白く濁った光がゆっくりと収束し……
そこに“それ”がいた。
まだ形になりきらない黒い影。
人の輪郭を持ちながら、まるで生まれたての獣のように息づいている。
ミオリは息を呑んだ。
(……生きている?)
そんなはずはない。
【想造】で作れるのは“物”だけ。
どれだけ魔力を注がれても、知識を送り込まれても──
生き物だけは、どうしても作れなかった。
何度実験しても、
血は巡らず、循環は続かず、
すべてが「形」になる前に崩れ落ちた。
だから、これは本来あり得ない。
影が、ゆっくりとこちらを向いた。
それは、青年の姿をしていた。
黒髪は青黒く、自然に波打ち、光を柔らかく吸い込む。
黒い瞳は深く、憂いを帯びながらもまっすぐで、
優しさと影を同時に宿した、美しい青年。
ほんの一瞬、ミオリはその姿に目を奪われた。
だが、すぐに現実が押し寄せる。
生きた“人間”を作ったという事実が、
ミオリの内側に冷たい重みとなって落ちた。
(……本当に私が?だけど……)
身体がひどく重い。
骨の芯まで空洞になったような感覚。
魔力枯渇の症状は知っている──これは最悪に近い。
【想造】できるのは、ミオリの知っているものだけ。
知識が足りない分は魔力で補う。
複雑なものを作るほど、消耗は激しくなる。
つまり──自分は“何か”今までとは桁違いのものを創った。
青年の黒い瞳が、戸惑うミオリをとらえる。
深くて、底が見えない。
感情が宿る前の、真っさらな闇。
そこに映っているのはミオリだけだった。
「…………」
青年は一歩、近づいた。
ミオリは反射的に身を引こうとしたが、
身体はもう動かない。
影の腕がゆっくりと伸び──
触れる直前で、ぴたりと止まる。
迷いのような揺れが、青年の全身を波紋のように走った。
ミオリは気づく。
彼には決定的に“人間ではない”部分があった。
――体にまだらに浮かぶ、赤や青の鮮やかな毒々しい模様。
青年は、自分の腕に浮かぶそれを見下ろし、
わずかに首を傾げる。
「……あ……」
ミオリの唇がかすかに動いた瞬間、
青年の瞳が吸い寄せられるようにそこへ向いた。
その黒に、一瞬だけ色が差す。
その模様は、ミオリの記憶に焼きついた光景そのものだった。
(……ああ、まるで)
前の世界で小さな頃に使っていた、自由帳の表紙に刷られた鮮やかな毒ガエル。
触れてはいけないと本能に告げる“警告の色”。
淡い思い出が胸をよぎった瞬間──
「……きれい……ヤドク──」
それは言葉というより、
意識の底からこぼれた前世の知識。
そして次の瞬間、
──警報が鳴り響いた。
ミオリの言葉を摘み取るように、
金属が悲鳴を上げる大音量。
研究塔の全階層がざわめきに飲まれる。
ミオリの部屋への侵入者を感知した結界が反応したのだ。
扉の向こう、複数の足音が乱雑に駆け寄ってくる。
ミオリは掠れゆく意識の中で思った。
(きっと、この子は)
捕らえられる。
観察される。
壊される。
“用途不明の想造物”は、必ずそうなった。
ミオリは全身の残りの力を震わせ、
息のような声を絞った。
「……に、げ……て」
届くか分からないほどの弱い声。
それでも青年は、はっきりと反応した。
黒い瞳が揺れ、
斑紋が一瞬だけ強く光を放つ。
【想造】の反動でミオリの身体は限界を迎え、床へ崩れ落ちた。
視界が黒に沈む、その刹那。
耳元で、静かで確かな声がした。
「ミオリ……」
聞いたことのない青年の声なのに、
その響きはまっすぐに彼女だけを縫うようで──
胸が深く締めつけられた。
「ミオリ、が……呼んだ……
……だから、一緒に、外へ」
どうして自分の名前を知っているのか。
“呼んだ”とは何のことか。
確かめたかったが、もう力は残っていなかった。
意識が闇へ沈む。
最後に見たのは──
警報の赤い光の中、
まっすぐに自分を見つめる黒い瞳だけだった。




