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想造のファルマコン  作者: 源泉
第二章ガラスの靴を踏み砕く音

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24/27

2-2 許されなかった夜の後に

翌朝。


離れの庭は、朝靄に包まれていた。

城の中枢からわずかに距離があるこの一角は、いつもと変わらず静かで、鳥の声すら控えめだ。


アルヴィンは、小卓に並べられた朝食に目を落とす。

粥と、柔らかく煮た肉。刺激の少ない果実。

病を患っている客人のため、という名目で用意させたものだ。


正式に「客人」として迎えるまでは、この離れに給仕を呼ぶことはできず、

その頃はアルヴィン自身が簡単な料理を用意していた。


火を起こし、湯を沸かし、塩加減も分からぬまま、とにかく腹を満たすためのものを作るだけだった。

味も、見た目も、決して褒められたものではない。

だがヤドクは、それを疑いもせず口にした。



――今は違う。



料理人の手を経た食事が、正式な手順で、正式な理由を添えて運ばれてくる。

それは、保護の証であると同時に、

この城の「内側」に組み込まれたという合図でもあった。


アルヴィンは、卓に並んだ椀を見つめ、ほんの一瞬だけ、視線を伏せる。


本来、この庭の中にある離れは、たとえ他の王族であっても、アルヴィン以外は誰も立ち入らせない場所だった。

食事の際、料理人と給仕だけは、厳重な監視のもとで中へ入れている。



「……もう下がっていい」



短く告げると、使用人たちは深く頭を下げ、速やかに庭を出ていった。

人の気配が完全に消えたのを待ってから、アルヴィンは向かいに座るヤドクを見る。



「では、食べよう」



ヤドクは、少し戸惑うように椀を見つめていた。

だが促されると、覚えたての所作で匙を取る。


数日前とは、見違えるほどだ。



(……早い)



食べ方。

姿勢。

音を立てないこと。

視線を落とす角度。


どれも、完全に教えた通りというわけではない。

それでも、“思い出した”としか言いようのない身につけ方だった。



――最初の食事は、ひどいものだった。



熱い粥に指を突っ込み、驚いて椀を落とし、床にこぼれたものを拾おうとした。

食べ物と道具の区別も曖昧で、口に運ぶ前に匂いを確かめ、時には警戒するように睨んだ。


あの時は、時間がかかると思ったのだ。

人として振る舞うまでには。



(だが……)



今、ヤドクは静かに食事をしている。

ぎこちなさは残っているが、それでも“客人”として通用する程度には。



(何を、誰の動きを思い出しているのか)



それが、安堵と同時に、拭えない違和感を呼ぶ。


その時――

遠くから、微かな振動が伝わってきた。


庭の外、塔の方角。

アルヴィンは、無意識にそちらへ視線を向ける。


進められていた魔術塔の結界の作業が、確実に進行している。

早ければ、この日のうちに完成するだろう。



(ヤドクの懸念は、正しい)



完成すれば、塔へ近づくことは、これまで以上に困難になる。

ヤドクの脱出と侵入は、前例がなかったからこそ、成し得たことだった。


廊下ですれ違った魔術師たちの会話が、脳裏に蘇る。



「結界と警備が強化されれば、侵入だけでなく、塔からの脱走も難しくなるらしい」


「【想造士】を守るためだってさ。あの騒ぎの後だからな」



“あの騒ぎ”とは、ヤドクが生まれた日のことだろう。

塔からの脱走を防ぐ対策。

それは、おそらくミオリが逃げないためではない。

ミオリが【想造】した何者かを、逃さないためのものだ。


アルヴィンは、匙を置いた。


魔術師たちは、あの事件をきっかけに、ミオリを再確認し始めている。


“守るべき存在”としてではない。

“守るべき資源”として。


利用するためではない。

だが、管理し、囲い込み、決して失わないために。


それは正論だ。

王族として、研究を認めてきた立場として、否定はできない。


だが――


その正論の中に、

ミオリ自身の意思が、どれほど含まれているのか。


アルヴィンは答えを出さない。

出せない。


ただ、それを受け入れるしかない立場にいることが、

胸の奥に重く沈んでいた。


向かいで、ヤドクが食事を終え、視線を上げる。



「……アル」



その呼びかけに、アルヴィンは微かに笑みを作った。



「何だ」


「塔……もう、近づけなくなる?」



問いは素朴で、真っ直ぐだった。


アルヴィンは、一瞬だけ言葉に詰まり、

それから、曖昧に答える。



「……以前よりは、難しくなるだろうな」


それ以上は言わない。

期待も、絶望も、与えすぎてはいけない。



(私がヤドクにしていることも、

この国がミオリにしていることと、同じなのかもしれないな)



アルヴィンは胸の内の自嘲を押し隠すように、少しだけ明るい声を出す。



「だからこそ、表から堂々と入れるように立ち回るんだ。

今すぐには難しいが、確実な方法だ」



ヤドクは真剣な顔で頷く。



「承知致しました、アルヴィン殿下」



不意に見せた整った口調に、アルヴィンは微笑み、続けた。



「今日は城を歩こう。出会った者たちに、お前を紹介する。

今のように振る舞えれば、問題はない」



そう言って、アルヴィンは立ち上がる。

まるで、何かの迷いを振り切るかのように。



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