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想造のファルマコン  作者: 源泉
第1章 姫も王子も、お菓子の家もないこの国で

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1-19 カエルは夜を昇る

そっと塔の外壁に手を触れる。

強い拒絶はない。


まだ、間に合う。

ヤドクは背の高い木に登り、


音もなく塔の壁へ飛び移った。

手から滲んだ微かな毒が、外壁をわずかに侵す。

石は溶け、指がかかる。



だが同時に、

毒が逆流するような感覚が、腕を走った。


——長くは保たない。

これ以上使えば、

城内に気づかれる。



夜の闇が深まっていく。

その黒に溶け込むように、ヤドクは上へと進む。



そのとき――

指先が、わずかに滑った。


外壁に残った毒の痕が、

夜風に冷やされ、硬化している。

音を立てれば、終わりだった。


ヤドクは歯を食いしばり、

無理に体を引き上げる。


目指すのは、

生まれたあの日、

この世界へ飛び出した――

あの窓。




塔の最上階。

ミオリは、静まり返ったその場所にいた。

階下の喧騒は、ここまでは届かない。


あの日――

ヤドクと、駆けつけた研究者たちの衝突によって荒れた部屋は、すでに片付けられていた。


だが、壊れた装置は戻されておらず、実験も中止されたままだ。


まだ新たな対策が施されていないこの部屋に、ミオリが戻された理由は、いくつかある。


侵入者は“外”からではなく、“内”から現れたのではないか。

そう考えた者がいたのかもしれない。

いくら守りを固めても意味がないと。


けれど、いちばんの理由は別にある。


ミオリの魔力は、周囲に影響を与える。

そして同時に、周囲からも影響を受けてしまう。


それを避けるため、彼女は塔の最上階に置かれていた。


溶け落ちた窓の格子は新しいものに替えられ、割れたガラスもすでに修復されている。


それでも窓が塞がれなかったのは、ミオリが外を見られるようにと、願いを叶えてくれた“彼”のおかげだった。



「……?」



そのとき、何も起きていないはずなのに、ミオリの胸がざわついた。

「誰かが来た」という感覚ではない。


ただ――

欠けていたものが、近づいている。


そんな感覚だけが、確かにあった。

名前も、顔も、浮かばない。

それでも、その“何か”は、確かにここへ向かっている。



ヤドクは塔の壁を、なおも登る。

腕に走る痛みを無視し、指先で石の凹凸を探る。

夜気に冷やされた外壁は、思った以上に冷たく、硬い。


――あった。

視界の端に、わずかな切れ目が映る。


窓。

生まれたあの日、

自分がこの世界へと飛び出した、あの場所。

近づくにつれ、内側に灯りがないことが分かる。


だが――

気配がある。


確かに、そこに人影があった。

ヤドクは、動きを止める。

息を潜め、外壁に体を貼りつけたまま、窓の向こうを窺う。


ガラス越しに見えるのは、ひとりの少女。

細い背。

伏せられた横顔。

間違えようがなかった。

喉の奥が、きつく締まる。


記憶の中の彼女と、何も変わっていない。


それなのに、

ガラス一枚の向こうにいるだけで、

ひどく遠く感じた。


ようやくここまで来た。

だが、声を出せば、すべてが変わる。


見つかるかもしれない。

拒まれるかもしれない。


この距離が、二度と許されないものになるかもしれない。



――それでも。



考えるより先に、胸の奥から衝動が突き上げる。

理由はない。

理屈もない。

ただ、呼ばずにはいられなかった。



「ミオリ」



夜の空気に、名前が落ちた。

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