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想造のファルマコン  作者: 源泉
第1章 姫も王子も、お菓子の家もないこの国で

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1-1 祝福なき誕生日に

ここは塔の最上階の実験室。

淡い光が差し込み、地上の喧騒も届かない静寂の中、

ひとりの少女が壁に背を預けて座っていた。


影のように落ちる長い黒髪は、光を吸い込むように深く、

毛先だけが虹色の欠片をわずかに揺らす。

瞳は夜の底のように静かで、

何も映さず、揺れもしない黒。


陶器じみた白い肌には、

魔力注入の痕が薄く青い筋として残っている。


――ミオリ・エルナ。

塔に囚われた【想造士】


 


この世界には、ごく稀に前世の記憶を持つ転生者が生まれる。

彼らは異能を宿し、国はその力を“宝”と呼ぶ。

けれど宝とは、美しい皮を貼りつけた名札にすぎない。


ミオリは、その意味を十年かけて理解した。


彼女の能力──魔力を物質に変える唯一無二の力。

国家はそれを“奇跡”と呼びながら、

装置で知識と魔力を無理矢理流し込み、

実験し、利用し、

彼女の内側で何が失われようと、関心すら向けなかった。


その日々が積み重なり、

ミオリはふと気づいたのだ。


──私は、誰の人生も歩んでいない。


動かなくても怒られない。

泣いても誰も見ない。

笑えば「安定した」と喜ばれる。


喜びも悲しみも、

ただ価値に変換されるだけ。

そのたびに、心のどこかが薄く削れていく。


胸の奥で何かが軋んだ。

それが痛みなのか悲しみなのか、

もはや判別すらできない。



「……今日で、十八歳」



ぽつりと声に出すと、

忘れようとしていたものが胸の内側を震わせた。


祝われるはずのない誕生日。

祝われた記憶のない十年間。


それでも心が震えたのは――

この世界で八歳まで一緒に過ごした家族のぬくもりと、

前の世界で寄り添ってくれた家族の記憶が、

まだかすかに彼女の胸に残っていたから。



その“あたたかさ”だけが、

ミオリの胸にほんの少しの熱を許していた。



だが同時に、

その記憶すら遠く、

水面の向こう側の出来事のように見つめている自分にも気づいていた。



泣けなくなった日。

怒れなくなった日。

期待をしなくなった日。



そして今日──

感情はすべて、薄い膜の向こう側に沈んでいる。



前の人生でも、彼女は会社に囚われていた。

期待に応え、擦り減り、

気づけば終わっていた。


転生しても歩く道は変わらなかった。

その事実を受け入れる冷静さが、

今の彼女を保たせていた。


 


ただ、

ほんのひとつだけ浮かんだ。



(願っても……いいのだろうか)



誰も届かない場所へ。

誰にも触れられず、もう痛まない場所へ。


たったそれだけのことを

“願い”として思い浮かべるまでに、十年かかった。



ミオリはこの塔に来て初めて──

ほんの少しだけ、自分のために祈った。


 


その瞬間だった。



機械の低音がふっと途切れ、

世界がひと呼吸だけ止まる。


空気から雑音がすべて消え、

光が、色が、静かに反転していく。


床の上を、黒い紋様が走り出した。

細い枝のように伸び、絡まり、

古い文字のような光をまといながら広がっていく。



それはミオリが【想造】するときの現象──

だが、今までとは比べものにならない。


ミオリに魔力を送り続ける装置が軋み、

壁が震えた。



「……なに……?」



声は震えない。

恐怖も湧かない。

まるで自分を他人のように、

ガラス越しに眺めているだけ。


魔力が深く吸われていく感覚に意識が揺らぎ、

視界の輪郭が白く溶けていく。



「私は、なにを──」



黒い光が集まり、

ひとつの“影”が形を取り始めた。


ミオリは息をのみ、

ただ静かに、その“立ち上がる影”を見つめる。



伸びあがる黒。

人の輪郭。

赤と青の斑が皮膚の下で脈動し──


そこで視界がふっと途切れた。




まだ形になりきらない“影”だけが、

ゆらりとミオリを見下ろしていた。

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