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想造のファルマコン  作者: 源泉
第1章 姫も王子も、お菓子の家もないこの国で

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1-16 歪んだ歯車の軋む音

城内を歩き、離れへ戻る途中だった。

二人はふと、前方から一人の人物が歩いてくるのに気づく。


人影は多くない回廊だった。


それでも、その存在だけははっきりと分かった。

凍りつくような静けさが、いつの間にか場を満たしていた。



宮廷魔術師の濃紺の上衣。

無駄のない歩幅。

足音は静かで、視線も定まっている。



淡い金の髪と、薄氷のような瞳が、一瞬だけこちらを掠める。


すれ違いざま、アルヴィンとその人物ーーアステルは互いに気づき、一拍だけ視線を交わした。



軽い会釈。

言葉はない。

歩みも止まらない。



――そのはずだった。



次の瞬間、

硬い床に金属が触れる音が、回廊に響いた。

乾いた、短い音。

それを聞いて、アステルが足を止める。

視線が落ちる。



床に転がったのは、古い懐中時計。

それが何であるかを認識した、その一瞬。

張りつめていた氷のような気配が、ほんの僅かに揺らぐ。



けれど、その変化にヤドクは気づかない。

ヤドクは反射的に身をかがめ、

床に落ちた時計を拾い上げた。



冷たい金属の感触が、指先に残る。



何も言わず、ただ一歩だけ近づいて、差し出す。

宮廷魔術師は、ヤドクの手元を見る。

それから、時計を受け取った。



「……すまない」



低く、短い声だった。

それ以上の言葉はない。

時計を懐に収め、彼は再び歩き出す。

視線も、足も、振り返ることなく。


だが、その背が遠ざかるのと同時に――


ヤドクの胸が、強く脈打った。

理由は分からない。

一線を越えてしまったような感覚だけが、残った。



その瞬間、名前も知らないはずのその人物を、

どこかで“知っている”という感覚だけが、唐突に押し寄せた。


胸の奥で、知らないはずの記憶がかすかに揺れた。


その背に、視線が吸い寄せられる。

伸ばしかけた足が、床の冷たさを踏みしめた。


ヤドクが無意識に一歩、踏み出しかけた、その瞬間。



「……少し、顔色が悪いな」



アルヴィンの声が落ちた。

同時に、ヤドクの手首を掴む。



「待て。毒の模様が、広がり始めている」



低い声で囁くアルヴィンに、ヤドクははっとして自分の腕を見る。

黒い布の下で、確かに何かが脈打っていた。



「深呼吸しろ。今は、落ち着け」



そう言って、アルヴィンは進路を変える。

引き返す判断に、迷いはなかった。


背後で、アステルが振り返ることはない。

視線も、足も、こちらへは向かなかった。

そのまま、遠ざかっていく。


離れへ戻る途中、ヤドクはしばらく黙っていた。

整えていたはずの言葉遣いが、少しだけ崩れる。



「……アル、あの、さっきの人」



間を置いて、続ける。



「ミオリの記憶で、覚えている」



声音は、どこか幼い。



「顔を見たとき。

 時計に触れたとき。

 声を聞いたとき……」



言葉を探すように、息を整える。



「胸を掴まれてるみたいで……苦しくて」



ヤドクは、アルヴィンを見上げる。



「あの人は、ミオリに……なにをしたの?」



すがるような声音だった。

アルヴィンは、少しだけ間を置いてから答える。



「……彼はアステル・ヴァン=ロウ、宮廷魔術師だ」



それだけ告げ、続ける。



「【想造士】の力を扱う研究室の、責任者でもある」



ヤドクは、言葉を噛みしめるように頷く。



「そっか……でも、なんでだろう。あの人を見ても、苦しいけど、嫌な気持ちではなかった」



ふと、思い出したように言う。



「……アルに、少し似ていたからかも」



アルヴィンは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。

それから、軽く笑う。



「それは、気のせいだ」



あっさりとした否定。



「アステルは若くして、宮廷魔術師の研究者の責任者になった。

容姿も、才能も……私は遠く及ばない」



自嘲ともつかない口調で、続ける。



「立っている場所が同じなら、私は……」



それ以上は語らなかった。

ヤドクは一人、息を整えながら思う。


外を知った。

人の視線を知った。



そして――

あの塔を。



あの場所が、

今までよりも、はっきりと見えてしまった。

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