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想造のファルマコン  作者: 源泉
第1章 姫も王子も、お菓子の家もないこの国で

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1-15 毒は息を潜め

ヤドクがアルヴィンに匿われてから、数日が経っていた。

その間、彼はアルヴィンの庭と部屋から一歩も外へ出ていない。


隠れていたというわけではない。

この城で怪しまれずに過ごすための方法を、アルヴィンから教えられていた。

それは、剣でも魔法でも、教養でもなかった。


立ち振る舞い。

歩き方から、立ち止まる位置。

話し方や言葉を発する前の、ほんの一拍。


この城で、アルヴィンの客人としてふさわしく在るための練習だった。


アルヴィンから見ると、それらは“覚える”というより、

身体の奥に沈んでいたものを、順に呼び起こしていくように見えた。


アルヴィンが何かを説明するたび、

ヤドクは一度だけ考え、そして自然に同じ答えへ辿り着く。

時折、アルヴィンの想定を超える返答をすることもあった。



「……そこは一歩引く。視線は、今のまま」


「……こうか?」


「そうだ。今のでいい」



短いやり取りの中で、指摘は最小限で済んでいく。



「……やはり、お前は」



アルヴィンは言葉を切り、

それ以上は口にしなかった。

ただ、ヤドクが“普通の人間ではない”という確信だけが、

静かに深まっていく。


そして今日、ヤドクは初めてアルヴィンの部屋の外へ、

そして城の外へ出る。


それは逃げるためではなく、

“招かれる”ための外出だった。



アルヴィンが外国へ留学していたころの学友で、病を抱える貴族の令息。

それが、今日からのヤドクの立場だった。


招かれるためには、城の外に出て、正門から中へ入る必要がある。

いくらアルヴィンの客人と言えど、正式な手順を踏まなければ怪しまれる。



「私は向こうの門から外に出て、君と合流する」



アルヴィンは庭先で足を止め、振り返る。



「ヤドクは……そうだな。五百ほど数えてから、その壁を越えろ。そこで合流しよう」



ヤドクは頷いた。



「分かった」



アルヴィンが庭を出ていく背中を見送り、

ヤドクはその場に残る。


黒を基調とした服に、手袋。

毒の模様は、すべて布の下に隠されている。



――心を静かに。



アルヴィンの言葉を思い出す。


アルヴィンが独自に調べてはいたが、

ヤドクの体から滲む毒の性質はまだはっきりとは分かっていない。

だが、少なくとも精神の揺れに反応することは確かだった。


落ち着いていれば、アルヴィンの用意した厚手の黒い服を越えて、毒が滴り落ちることはない。


ヤドクは、数を数え始める。


アルヴィンに言われた五百まで数え終えたとき、

彼は音もなく壁を登り、城の敷地を越えた。


外の空気は、城内とはわずかに違っていた。

降り立った場所は人通りの少ない一角だったが、

それでも音が溢れている。


人の気配。

遠くの話し声。

布が擦れる音。


アルヴィンは、まだ来ない。

ヤドクは壁の影に身を寄せ、じっと待った。


そのとき、不意にヤドクに声がかかった。



「……そこの君!」



顔を上げると、異国の衣を纏った青年が立っていた。

この国では見かけない布の色と織りが、

日に焼けた肌を際立たせている。



「この先で、俺たちのキャラバンが演舞や露店を出しているんだ」



世間話のような口調だった。



「時間があれば、見に来てくれ」



そう言って、青年はヤドクの手元に何かを差し出す。

白い花だった。



小さく、淡い花弁。

香りは強くないが、甘さが静かに残る。



「……これは?」



ヤドクが問うと、

青年は笑みを浮かべて口を開く。


「この国には咲かない、俺の国から持ってきた花だよ。良かったら」



それだけ言って、

ヤドクが花を受け取ると、

青年は人の流れに紛れるように去っていった。

通りの向こうから、賑やかな声が聞こえる。



ヤドクは白い花を見つめ、ふと、思い出す。

あの塔で、この白い花のように咲いていた、彼女の姿を。


そのとき、また別の足音が近づいてきた。



「悪い、待たせたな」



アルヴィンだった。



「城を出てから知り合いに声をかけられてな。無碍にも出来ず、少し遅れた」



急いできたのだろう、わずかに歩調が乱れている。



「アルヴィンらしいね」



ヤドクが言うと、アルヴィンは小さく息を吐いた。



「……そっちは、何もなかったか?」



ヤドクは頷き、

白い花を潰さないよう、そっと上着の胸もとに仕舞う。



「ああ。平気」


「そうか。では行こう」



城の入口にある来訪者の間では、形式的な確認だけが行われた。

アルヴィンが過去にも旧い学友を招いているためか、あるいは彼への信頼ゆえか、

ヤドクは簡単な持ち物検査だけで通された。



そして、ヤドクは正式にアルヴィンの客人として、城へ入った。


石床の冷たさ。

高い天井。

人の視線。


黒い服の下で、毒の模様が息を潜める。


毒の紋を隠すための黒い服のせいで、白い肌と整った顔立ちだけが、ひときわ目を引いた。



遠巻きに向けられるのは、好奇と評価。

敵意はない。

すれ違う使用人がアルヴィンを「殿下」と呼ぶ。


ヤドクは一瞬だけ反応するが、アルヴィンの態度は変わらない。

問いは、飲み込まれる。


アルヴィンは傍にいるが、支えすぎない。

手を引くこともない。

まさに「友人」として振る舞っているようだった。


廊下の奥で、ヤドクは小さく息を吐いた。



(こうして歩けるのも、アルヴィンのおかげだ)



それは、確かな喜びと感謝だった。

その胸もとで、白い花が静かに香っていた。

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