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想造のファルマコン  作者: 源泉
第1章 姫も王子も、お菓子の家もないこの国で

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1-14 祝福なき日の贈り物

白い光の縁が揺れ、またひとつ別の記憶が浮かび上がる。

それはほんの少し前――今日の出来事だった。



十八歳の誕生日。



祝われることのない、いつも通りの一日――

そのはずだった。

ただ装置に繋がれ、淡々と魔力を流されながら、ミオリはふいに思ったのだ。



(……外に、出たい)



誰かに会いたいわけではない。

家族のもとに帰りたいと思ったこともない。


自分が城で“国のために働いている”と信じてくれているのなら、それでいい――



そんな静かな諦めが、ずっと支えだった。

ただ――


触れられるのが、怖かった。

研究者の手、装置の金属、魔力の圧力。

どれも痛むわけではないのに、心が拒絶していた。



(……誰にも、触れられたくない)



それは一度も“願い”として形を持ったことがない感情。

けれど、この日は違った。


結界の光が淡く揺れ、

長いあいだ閉じていた心の内側で、かすかな祈りの核がふるえ始めていた。



(もし……もしも誰かが迎えに来てくれるなら)



欲しいと願ってはいけないもの。

けれど、その願いはあまりに小さく、弱々しく、

誰にも気づかれないほどの囁きだった。


それでも――

ミオリが“初めて自分のために”願った瞬間だった。


そのとき、装置の低音がふっと止まり、世界の輪郭が反転した。

床に黒い紋様が走り、光が色を失い、どこか遠くで軋む音がした。


そこから先は、断片としてしか残っていない。


黒い影が立ち上がる気配。

赤と青の毒光が、皮膚の下で脈打つように揺れる。


その中心に――黒い瞳。

ただ、まっすぐにミオリを見ていた。



「……きれい……ヤドク……」



自分の声が、そこで途切れた。

それでもその言葉だけは、鮮やかに胸へ焼きついている。

言いかけた言葉が意味するもの。


前の世界の自由帳の表紙にいた、あの美しい色のヤドクガエル。


奪われた自由を取り戻してくれる存在が、

“誰にも触れられない毒”を纏って現れてほしいと――

心のどこかで願っていたのかもしれない。


彼は彼女から名と命を受け取り、彼女は彼の存在そのものを受け取っていた。


何を見たのか。

何を呼んだのか。

思い返そうとした瞬間、記憶はふっと途切れた。



白い光が再び視界を覆い、現在へ引き戻される。



ミオリは、震えるような呼吸とともに目を開けた。

視界に戻ってきたのは、先ほども見た医務室の天井。

それだけで、意識が“今”へ引き戻されたのだとわかる。


胸が浅く上下する。

何かを――確かに、何かをした。

その感覚だけが、はっきりと残っていた。


思い出そうとした瞬間、頭の奥がずしりと重くなり、鈍い痛みが走る。

記憶は霧の向こうに押し戻され、輪郭を結ばない。



「……夢……?」



かすれた声が、結界の内側に溶けた。


夢だったのだろうか。

そう思おうとしたのに、胸の奥が否定する。


黒い瞳。

ただそれだけが、妙に鮮明に残っていた。

理由もわからないまま、心の奥を強く締め付ける感覚。


そのすぐ傍で、低い声が落ちる。



「考えなくていい。君は……」



アステルだった。

言いかけて、言葉を止める。

そのわずかな間に、ミオリは悟ってしまった。



――自分は、何かをしてしまったのだ。



何をしたのかはわからない。

けれど、空気の張りつめ方と、彼の沈黙が、それを物語っていた。



「……ごめん、なさい……」



考えるより先に、言葉がこぼれる。

癖のような謝罪だった。


けれど、次の瞬間。



「君が謝るようなことは、何も起きていない」



アステルは、はっきりと言い切った。

迷いのない、静かな断言。


ミオリは一瞬だけ目を瞬かせ、

それから、ゆっくりと呼吸を整える。


胸の奥に張りついていたざわめきが、少しずつ引いていく。

世界が、再び一枚のガラス越しに落ち着いて見え始めた。



――大丈夫。

そう思い込むための、いつもの距離感。


そのとき、遠くから断片的な声が届いた。



「侵入者……」


「毒痕が……」


「格子が、溶けて……」



意味はつながらない。

城のどこかで起きている、別の出来事だろうか。



それでも、胸の奥が微かにざわついた。

理由はわからない。

けれど、先ほどの黒い瞳が、どこかで重なった気がした。


結界の光が、弱く、規則正しく脈動する。

それに呼応するように、ミオリの胸の奥で“何か”が小さく震えた。



「……誰……?」



声にはならず、息に溶ける。


けれど確かに、遠くで――

自分の名を呼ぶ気配を感じた。



音ではない。

言葉でもない。

それでも、間違いなく“呼ばれている”という感覚。



胸の奥に、かつて生まれた願いとは別のものが、かすかに灯る。

名も形もない、けれど確かなもの。



ミオリはその正体を知らないまま、

再び静かに目を閉じた。

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