1-10 不器用なワルツ
部屋の中にはどこか憂いを帯びた表情で窓の外を眺めるヤドク。
その姿はあの幼い言動を重ねなければ、どこか高貴な血筋のものと言っても疑うものは居ないだろう。
アルヴィンはその姿を眺め、静かに口を開いた。
「ヤドク、君をここに隠し続けていればやがて誰かに気取られる。
そうならないように隠すのではなく、堂々と城内を歩ける状況を作るんだ。
――君を客人として迎えると言ったが、
そのために必要なことを教えよう」
ヤドクは瞬きをひとつし、
小さく首を傾げる。
「……きゃくじん……」
その仕草は妙に整っていて、
だが同時に“意味だけが抜け落ちた”ような幼稚さがあった。
アルヴィンは彼に歩くよう促し、
部屋の中央まで伴う。
ヤドクの歩き方はぎこちない。
足の運びの力加減がわからないのか、
たまに床を強く踏みすぎてしまう。
それでも――
姿勢を正した時の背筋の伸び、
人の話を聞こうとする時の微かな顎の角度、
声を発する前の呼吸の置き方。
どれも、不思議と洗練されている。
(……これもミオリの記憶が反映されているのか。
礼儀や優雅さを“知っている”動きだ)
アルヴィンは手を軽く上げ、
「背筋を」と示すと、ヤドクはすぐそれを真似た。
次に「視線はここへ」と指さすと、
ゆっくりと黒い瞳がそこへ向く。
その一つひとつを、
驚くほど短い時間で身に付けていく。
吸収というより、“思い出す”に近い早さだった。
感心したようにアルヴィンはヤドクを眺める。
「ミオリは……」
不意にヤドクが口を開いた。
毒紋の走る腕を胸元に抱えるようにしながら、
静かに言葉を探す。
「ミオリは……
おとぎ話の“王子様”を……待ってた。
だれか、助けてくれる人……だから……俺、呼ばれた。」
アルヴィンの胸が、わずかに疼いた。
(……ミオリの願望。
その願いが、彼に形を与えた……)
青年はミオリの想造物であり、
彼女の孤独と願いの“反映”なのだ。
そしてもう一つ、アルヴィンに響いた言葉。
(塔に囚われた姫を救う王子様、か。まるで本当におとぎ話だな。
ただ王の息子として産まれた私よりもよっぽど……)
アルヴィンは自嘲気味に笑みをこぼす。
「……アル……変、だった……?」
ヤドクの問いかけにアルヴィンは首を横に振る。
「いや、この調子なら、すぐに外に出せるようになるだろう」
ヤドクは理解しきれていない顔で、
しかしどこか嬉しそうに目を細めた。
室外からは、まだ塔の喧騒が遠く響いてくる。
アルヴィンは一度窓の外を見やり、
胸の内で静かにある決意を固めていた。
室内には、淡い蝋燭の光。
ヤドクがゆっくりと立ち、
教わった所作を真面目に繰り返していた。
背筋を伸ばし、
足運びを一歩ずつ確かめ、
戸惑いつつも、懸命に“人らしい振る舞い”を覚えようとしている。
袖からのぞく毒紋は、
初めて会った時よりも穏やかに落ち着いていた。
その姿を見た途端、
アルヴィンの胸に去来した思いは――政治計算ではなかった。
(……ミオリのために産まれた、その役目を果たすことだけを考えているのか)
それは、この国の形ばかりの王族として生きてきたアルヴィンの心を撃った。
(いつか王族としての地位を取り戻す、と朧に願っていた。
彼が現れたのは、それが今だということなのではないか?)
ヤドクは自分を見つめるアルヴィンを不思議そうに眺め、首を傾げる。
理解しきれない表情。
だが、その瞳には確かな信頼の色が宿っていた。
アルヴィンはかすかに微笑む。
ヤドクはゆっくりと、しかし確かに頷いた。
その仕草は、初めて世界を覚えようとする影のようで――
そして、どこか人間らしくもあった。
その姿を見つめながら、
アルヴィンの胸に揺るぎない決意が落ちる。
(彼を利用することになるのだろう、だがそれはやがてお互いにとって利益となる)
時刻は静かに夕刻の影が訪れ始めた頃、
王城の影はわずかに形を変えはじめていた。




