4話 最強の護衛
……目が笑っていないのが恐いが、レインの言いたいことはわかる。
「ただまあ……。呪術医が言うには、相手を突き止めるには時間が足りないんだって。なにしろ、ローゼはあと2か月だからさ」
声に影が混じった。
「だから、悪鬼を消滅させて呪詛を破ることしかできないんだけど……。呪詛が長かった分、ローゼの身体に悪鬼が根付いているらしくて……。悪鬼を消滅させたら、ローゼにも影響がでるかもしれないって言うんだ」
レインは真面目に語るが、その表情も声音も。
どこか妄信しているようで俺は心配になる。
……その呪術医に騙されているという可能性もないのか。
そう尋ねたいが、声は喉で詰まる。
「それで、呪術医からの提案なんだけどね。ぼくの魂を一度抜いて、空っぽになったところにローゼの魂を入れる。そしたら悪鬼がローゼの身体から離れてこっちに来るらしいんだよね」
「待て。そしたらお前の魂はどこに行くんだ?」
「ぼくの魂はローゼに入るよ」
「魂を、入れ替える。というのか?」
「そうすることで、弱ったローゼの身体にぼくの元気が分け与えられるらしいんだよね。一方、ぼくの身体にいるローゼの方はというと、やっぱり健康なぼくの身体に入ることで魂が養生できるらしい。だけど、悪鬼に襲われることが予想されるんだ。だから、ルシウス。君にローゼを守ってほしい」
「守ってほしいって……」
そんなこと、本気で信じているのか。
声にならない思いは、すでにレインに読まれている。レインは笑った。
「ぼくは信じている。だから、君もぼくを信じて」
妹を思うあまり暴走している兄。
呪術医の言葉を信じたい気持ちは痛いほどわかる。
だが。
だがもし、その日が来て。
入れ替わりが行われなかったらどうする気だ?
騙されたとわかった時、お前は耐えられるのか?
そんなことを考えて陰鬱になる。
「……待て」
つい言葉が尖る。
「なに?」
不思議そうにレインが小首をかしげた。
「その……入れ替わりが本当に行われた場合、だ」
「まあ、行われると思うけど。だってセドリック師だよ?」
「そんな奴、俺は知らん。もし、入れ替わっているとき……つまり、ローゼリアンの身体にお前の魂が入っているときに病状が悪化して命が尽きたら……」
ごくりと俺は息を呑む。
「お前が、死ぬのか?」
そういうことになるのではないのか?
悪鬼だのなんだのと言っているが。
実はこいつ、妹の身代わりに……。
「身代わりになって死んであげたいところではあるけど」
レインは悲しそうに肩をすくめた。
「ローゼの命が尽きたら、そこで万事窮すだ。強制的に術が破れ、ぼくの魂はぼくの身体に戻り、ローゼの魂はぼくの身体から離れて自分の肉体に戻る」
……信じている、わけではないが。
もしも、ということはある。
俺は深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。
もしも、本当に入れ替わりが行われても、最悪の事態はこれで避けられる。
レインが妹の代わりに死ぬ、という最悪の事態は。
「………ようするに、お前の身体の中に入った、お前の妹を守ればいいんだな?」
申し訳ないがローゼリアンが死ぬことは確実。
ならば。
その決定的な日が来るまで。
夢を見させるのは悪いことじゃない。
希望がなければ前に進めないときがあることだってある。
入れ替わりが本当にできるのか。
呪詛によるものなのか。
悪鬼を退治したら完全治癒するのか。
それが真実かどうかをここで質すのはあとでもいい。
俺はレインを信じるふりをして……レインに騙すことにした。
「その悪鬼とやらを退治すれば、お前の妹の命は助かる。そういうことだな?」
「ああ、そうだよ、ルシウス」
レインは嬉し気に笑った。
「君はぼくが知る中で最強の騎士だ。きっと妹の命を救ってくれると信じている。だけどね」
そこでレインはまた少しだけ声と瞳にかげりを見せた。
「悪鬼が強ければ、迷わず妹のことは捨ててくれ。そこまでのことは君に頼めない」
レインは言い、憂いを残したまま、両の口端を吊り上げるようにして無理に笑う。
「最期に五日間だけ。妹にはこの身体で自由に生きられれば……。それだけでも、ぼくは満足なんだ。だからルシウス。絶対に無理だけは……」
「おいおい。レインバード・チャリオット」
今度は俺があいつの言葉を断ってやる。
「俺は最強の騎士だとさっき自分で言ったじゃないか。相手がなんであろうと叩ききってやる」