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響きの街
かつてこの街では、音が目に見えていた。
人が笑えば淡い黄色のリズムが、悲しめば青い旋律が、怒れば赤く尖った波が宙に揺れた。
誰もが自分の音を鳴らしながら生きていたが、それらはぶつかり合うこともなく、空中で不思議な調和を奏でていた。
街角でパンを焼く老婦人の音は、温かなオレンジ色のワルツ。
毎日決まった時間に通学する子どもたちの音は、軽快なマーチ。
そして音楽学校の前に立つ青年・レンの音は、どこか迷いを含んだグレーのメロディだった。
ある日、レンは自分の音が人の音と混じることを怖れていたことに気づいた。
「自分の音が人を傷つけるかもしれない」
「調和を乱してしまうかもしれない」
しかし、ある雨の日、街中の音が曇った中でも、ひときわ鮮やかに響いたのは、レンの音だった。
通りがかった女性が立ち止まり、レンに微笑んで言った。
「あなたの音が、この空に一番染みたわ。ありがとう」
その瞬間、レンの音は色を持ち始めた。迷いのグレーは、やわらかな虹色へと変わり、街の音たちと重なって、新しいハーモニーを生んでいった。