第二章
光が強かった方へ進めば、傷だらけで服もところどころ破けた夢花と、足をぴくつかせて瀕死状態の蜘蛛の魔物の姿があった。
男の一人が警戒したが、すぐにハイになり消えていった。
夢花と蜘蛛の魔物がいた場所は、隕石が落ちた様に窪み、大穴ができていた。
赤みがかった茶髪の男はその大穴の真ん中まで滑り落ちると夢花を抱き上げ、心配そうに見ている茶髪の元まで難なく上がった。
ぐったりと力無く、意識を失っている夢花に心配なのは二人とも同じだった。
「本当に大丈夫なんだよな?」
「うん。息も、脈も、正常とまではいかないけれど問題ないよ。僕の家まで来てもらってもいい?」
「問題ない。この人を運べばいいんだな」
「うん。君の手当てもついでにしてあげるよ!任せといて!」
胸を張り、自身の心臓辺りをポンと叩くとついてきてと行進の様に森の出口に向かって歩き始める。
その男の後ろ姿にため息ひとつつくと、腕の中で寝息を立てる夢花に視線を向け、しっかりと抱き直した。
「ここが……お前の家なのか?」
「イェース!!僕の家だよ!まぁ、正確には母さんの家かな?さぁ!入って入って!!」
決して綺麗とは言えない、壁も天井もつぎはぎだらけの家に招かれる。
中に入ると床もつぎはぎで、部屋といたる所に洗濯物やヒモノ、薬草が干してあった。
その中で異様な存在感があるのは、綺麗な織り物だった。
「あぁ、これ?母さんの仕事道具というか、商品だから触らないでね!怒られて、ゲンコツ飛んでくるからね!」
「ゲンコツ……」
さぁ、こっちこっちと手招きされた方へ足を進め、二階への階段に足をかけた。
本来の家の所有者という母親はいないが大丈夫なのだろうかという疑問は、二階から降ってきた足音と、茶髪の男の悲鳴で解決した。
「こら!どこほっつき歩いていたんだい?まぁた、面倒ごと起こしたんじゃないだろうね?」
「いたっ!!も、今はお説教はいいから、怪我人、怪我人!!」
「ん?」
茶髪の男が頭を押さえる夢花達を指差す。
視線を夢花達を向けた小太りな中年女性はハッとした様に目を見開いた後、また男に視線を向けて怒鳴り出した。
「何だい?二人も怪我人作って。アンタって子は……全く…まぁ、迷惑かけたんだから面倒は最後まで見なさい」
頭痛がすると言いたげに額を抑えて、階段への道を開けてくれた女性に男二人は礼を言い、茶髪の男の部屋だという二階へ案内してもらった。
独特な薬剤の匂いと、焦げ臭い匂いがこもった部屋は先ほど通ってきた部屋よりも、非じゃないほど散らかっていた。
フラスコに入った紫色の液体に、試験管に入れられた緑、黄色の液体。名前すら知らない赤色の葉に黒い点々模様がついた植物。思わず顔を引き攣らせてしまうほど、独特な雰囲気のただよう部屋だった。
正直魔女の館と言われた方が納得できるなと、男は内心呟いた。
「その布団に寝かしてあげて、軽く手当てしたら君も見るからね」
「あ、あぁ……」
赤みがかった茶髪の男は言われた通りこの部屋で唯一清潔そうなベッドに夢花をそっと寝かした。
色々と尋ねたいことがあるが、まずは怪我人が優先だ。
そう気持ちを切り替えて、男が手当が終わるのを待つ。
真っ暗闇の中、五色の光が話しているのが聞こえる。
夢花はそっとその光に手を伸ばし、話し声に耳を澄ませた。
『もう!やっと目覚めたのね!わたし待ちくたびれちゃった』
「目覚めた……?」
『おっと、勘違いしてもらっちゃ困るぜ?お前さんは今寝ているが、力に目覚めた』
『それではわかりかねますよ』
『そうだぞぉ。もっとわかりやすく説明してあげてね』
『ワシから話そうかのぅ……夢花、お主はこの世の基礎を担う力を扱うことができるのじゃ」
若い女の声、ハキハキとした少し荒っぽい男の声、大人しそうなだが凛と通る声、のんびりとしつつ地を這うような声、皆をまとめる老爺の声。
みんな僅かにノイズがかかったように聞こえるが、はっきりと聞き取れた。
夢花は姿は見えず、光だけの姿のもの達に頷き続きを促した。
『魔法って……今の人間界に伝わるの?』
『おとぎ話の世界になっているかと。でも、長生きな吸血鬼達はわかる人はわかるかもしれませんね』
『うぅ……寝ている間に、時間が過ぎてるねぇ……』
『お前は寝過ぎだって』
『今は時間が惜しい、喧嘩は後じゃ。混乱するかもしれんが、簡単に説明する』
老爺が仕切るようにゴホンとひとつ咳払いをし、夢花に単刀直入に伝えなくてはならないことを伝え始めた。
なんでも、夢花が今いる世界が人間界と呼ばれ、人間族、吸血鬼族、魔物族、魔法生物族、それをまとめる魔族が暮らす。そして、別の世界に魔法界なる世界があり、魔法使い達が暮らしている。
はるか昔は人間族と魔法使い達が手を取り合い共に暮らしていたのだが、力を持つ魔法使いを人間が恐れて別世界に移り住んだそうだ。
その後に現れた魔族達に人間達はなんとか暮らしを守っていたが、危機が訪れている事。
そして、本来なら呪文を唱えて共鳴し、扱う世界の基礎となる力。風、炎、水、電、岩を扱うことができるそうだ。
そこまで語ると老爺や他の声がだんだんと聞き取れなくなってきてしまう。
夢花はなんとか聞き取ろうと耳を澄ますが、ノイズが激しくなり、もう聞き取れない。
『おっと――じゃ。すま―――また――わ――』
「待ってくれ!何もわかっていない!」
『お―――メ――――エ――じゃ』
「まっ……!」
プツリと光が消えて声が聞こえなくなってしまった。
すぐにあたたかな光と、にぎやかな声が夢花を取り囲んでいる事に気がつく。
俺は気を失う前、いったい何をしていたんだっけ。あぁ、そうだ。蜘蛛の魔物に……二人は無事だろうか。
そんなことをその光に包まれながら考えていると、自身を取り囲む声が二人に似ている事に気がつく。
そして、急に感じる体の痛みと重力に顔を顰め、ゆっくりと瞼を開く。
「ほら、目覚めた!」
「……認めるよ。お前の薬は……その、効くな……ナメクジみたいな味だが……」
自身を覗き込んでニコニコと笑う茶髪の男性と、ぶっきらぼうだが心配していたのだろうホッと息を吐く赤みがかった男性に、夢花は二人の無事を確認した。
そして、体を襲う痛みと重力からこれが夢ではなくて現実で、自身も生きていると悟る。
あんな爆風を直で受けたのに、よく無事だったなと自分自身で関心してしまう。
「そうだ、自己紹介がまだだったね。僕は切」
「俺は……そうだな。悪乃とでも呼んでくれ」
「俺は、夢花」
「えっへへ……やっと名前知れた!よろしくね、夢花ちゃん!悪乃君!!」
嬉しそうに、少し照れくさそうに頬を掻いて笑う茶髪の男性は切と名乗った。赤みがかった茶髪の男性は悪乃と名乗り、夢花に体調のことを尋ねている。
夢花ぎところどころ痛むが大丈夫だと伝えると、悪乃は気まずそうに眉を下げて後、頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう。感謝している」
「いいって。俺も、お前がきてくれて助かったよ」
頭をあげてくれと、夢花が困った顔でお願いすると悪乃は渋々と言った様子で頭をあげた。
そんな悪乃に優しく微笑み、感謝を伝える。
夢花はふと切に出会った時のことを思い出した。
確か、彼は何か知っていてもそれを自身に説明しようとしていたと。
そして、夢の中で聞いたあの声と魔法界の事についてももしかしたら何か知っているのではと期待する。
「切……お前に出会った時、確か剣の事を知っているようなことを言っていたよな?」
「んん?あぁ!言った!知ってるよ。そして、君が何者なのかも。あぁ!安心して、決して怪しい者じゃないよ!僕はだって君の名前、今知ったもん!!」
確かに嘘がつけるような性格ではないが、何者か知っていると言ってきた人物に安心などできない。
名前を知らないふりするぐらい、いくら嘘が下手でもできるだろう。いや、目の前の切という男はそれすらもできなさそうだと、夢花は苦笑する。
素直だと褒めればいいのか、迷うところである。
対して、悪乃の方は何かを隠している雰囲気を夢花は感じ取っていた。嘘とまではいかないが、何か事情を抱えているのだろう。
出会った時も、あの魔物の前で再開した時も彼は深くフードをかぶっていた。今は素顔で接しているし、一通り覚えている指名手配書の人物とも一致はしない。
だから、お尋ね者ではないのだが、事情があるのは明らかだった。
「そ、それで、剣について尋ねてもいいだろうか」
「勿論!任せといてよ!」
胸をトンと叩いて頬を赤く染める姿は、自慢する子供のようだ。そんな姿も似合う彼はきっと素直でいい人なのだろう。
その雰囲気を一転させ、切は真剣な表情で剣について語り始めた。
「まず、夢花ちゃん。君の前世はアフェ・ターニャと言う勇者なんだ」
まずで語られる出来事が大き過ぎて、夢花は目を見開き説を見つめたまま固まってしまう。
そうなることは予想済みだったのか、切はテンポを変えず続きを口にする。
「その勇者には二人の魔法使いと、名もなき一人の男が同行していた。地の魔法使いと呼ばれる、アリーナ。光の魔法使い、シリウス。残念だけど男には同行したとしか記述がない。地の力は君も使える、風、炎、水、電、岩のことね?つまり、君のそれは魔法と同等なわけ。あ、でも原理が違うけどね?君は精霊に認められて支えているけれど、魔法は自身より弱い小さい精霊を従えているが近いかな?まぁ、つまりは、君が持っている剣はアフェ・ターニャのもの。君が僕たちと別れる前まで持ってなかった、あの刀のような剣のように意識で呼び出したと言われているよ」
切は夢花の隣に並べて置いてある剣を指さした。
夢花があの激闘の中で生み出した刀は、教会の地下で手に入れた剣よりも輝きも装飾も少なく、シンプルな作りだった。
消えることなく、そこにある存在に夢花はあの力は自身が扱い、生み出した剣も本物だったのだと悟る。
そして、切の語る出来事はあの夢の中で聞いた話と類似しておりあの夢はただの夢ではないと夢花は結論付けた。
「まぁ、そんな出来事、今知ってるのなんて人間界にはいないんじゃない?何せ古代文字で書かれてる文章しかないからね?歴史を重んじる魔法界なら別だろうけど……」
切は少し寂しそうに、自身のアホ毛を指で遊びながら唇を尖らせる。
歴史は長い年月で忘れられてしまう。
今自身が生きていると言う当たり前を作った人たちですら、時代に飲まれてしまう。
古代文字と言われれば解読は困難で、学校の教科書に翻訳したものを載せるには難しすぎる。そのため余計に忘れ去られてしまうのだろう。
「切、魔法界に行くことって可能なのか?」
「……ゲートはあるはず。昔魔法使いがこの世界を去った時に使ったゲート。もう何千年も使われていないと思うから、どこにあるかも、動くかも定かじゃないけどね」
顎に手を当てて考える素振りを見せた切の後夢花も考えを巡らす。
夢の話と切の話を合わせると、魔法界に行くのが優先かもしれない。魔法界に行き、正しい歴史を知ること守らなくてはならない未来につながるかもしれないと考えた。
「あ、今考えてることわかったよ。とりあえず君は怪我を治すことが先決!」
身を乗り出して、指を指して顔を顰める切をみて、夢花は「あ、あぁ」と引き気味に返事をした。
それから数時間、夢花は体の痛みにあまりうまく寝れず、かと言って寝返りも打てないため、天井を眺めていた。
これが星空だったら少しは暇つぶしになるのだが、と内心ため息をつく。
少し眠気が襲ってきて、目を閉じてうとうとと夢に浸れそうになったところへ爆音と誰か怒鳴り声が聞こえてきた。
それに船を漕ぎ始めていた意識ははっきりとして、ベッドから降りようと思ったが体が痛くて身動きが一切取れない。
近くに胡座をかき、腕を組み目を瞑っていた悪乃も目を開いてあたりをキョロキョロしている。
「な、なんの音だ?」
「……一階の部屋からのようだ。様子を見てこよう」
なんとなくだが、音の正体を察した悪乃は腰が重そうに立ち上がると階段を降りていった。
そして、昼間はいなかった子供達と自身の母親に見下ろされた切が見えて自身の予想が当たったことに、額に手を当てた。
「お兄ちゃん!本気?」
「はい……」
「にぃちゃん」
「はぁ、全く……まぁいいや、アンタはやりたいことやりなさい。どうせ家にいてもろくに手伝わないんだから」
お兄ちゃんと呼ぶ子供さん四人に、母親は腰に手を当てている。たぶん何か言ったのか、やらかしたのだろうと悪乃はそっと近づく。
すぐに悪乃に気がついた切の母親はハッとした後、困ったような申し訳ないような表情で悪乃に向き直った。
「ごめんね……起こしちゃったかい?怪我人さんもいるってのに、ごめんね……」
「いや……それより何があったか聞いてもいいですか?」
「なんだい!?切、二人に許可取ったんじゃ無いのかい?!」
「あ……」
「にぃちゃん……」「にぃさん……」「お兄ちゃん」「はぁ……」
三者三様の反応を見せる子供達とに悪乃は首を傾げる。
すぐに全くもうと呟いた切の母親は状況を説明し始めた。
「……つまり、切は夢花との旅に同行する許可を得たと言うのか?」
「まさか、本人たちにまだとはね……」
「いや……俺は夢花の仲間では……」
「おや、違うのかい?アンタが抱きかかえてきた時にてっきり」
要約すると、ずっと自身の研究対象だったアフェ・ターニャの生まれ変わりに出会った切は、夢花の旅に同行したいと自身の家族に説明していた。
家族の了承はどうにか得られたが、夢花本人の許可がないと言うことに今気がついたのだ。
その説明を受けた悪乃は切をみて、飛んだ自由人だと思いつつも羨ましいと思っていた。
暖かい家族がいて、怒ってくれて、でも背中を押してくれるそんな家庭が羨ましい。
そんな自身の気持ちを一旦置いておいた、夢花の旅に同行には悪乃自身も興味があった。
今は特に目的もなく、旅をしていた悪乃にとって夢花の旅は壮大なことはなんとなく察していた。そんな中で自分にしかできないことややりたいこと、自分探しができるのではと思ったのだ。
それに命を助けてもらったお礼をするには旅に同行するのが一番だと思った。
何せ、無茶をする人と、この自由人では心配だとも思った。
「切。明日朝、夢花が目覚めたら二人で相談しよう。俺も夢花と共に旅立ちたいと思っているしな」
「悪乃くん!」
「おい!抱きつくな!」
大きな瞳をうるうるとさせて、悪乃に飛びつく切に悪乃は混乱する。それも、こんな小さくて細い腕なくせにその力は謎に強い。
相当めんどくさいぞと内心思いながらも、緩む口元が本心を表していた。