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夜桜  作者: レイ
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プロローグ


 青空の下、芝生に寝転ぶ少女が一人。

 そよ風に祝福されるようなその少女は、桃色の髪を靡かせ澄んだ緑色の瞳うっすらと開く。

 そよ風が運んでくるまだ青々とした葉をそっと捕まえて、また風に返す。

 手を伸ばせば掴めてしまいそうな太陽に手を伸ばし、ぎゅっと握りしめる。


「夢花〜さ〜ん!どこに行ったんですか?」


 少女を呼ぶ声が風に乗って聞こえて夢花は上半身を起こして声がした方へ視線を向ける。

 夢花の長い髪が顔にかかり視界を妨げる。

 その髪を鬱陶しそうに避け、声のした方を見れば自身が住み込みで働かせてもらっている孤児院に住む少年がキョロキョロと辺りを見渡していた。

 その少年は彼女の目立つ髪色が芝生の中から現れて直ぐにそちらに駆け寄った。


「またここにいたんですか。まったく……神父様が探してましたよ」

「すまない。風が心地よい時期になったからな。よいしょっ……。せっかくだ何か話して帰らないか?」


 夢花は自身の体についた葉を払いながら少年に笑いかける。少年は仕方がないと言いたげだが、どこか嬉しそうに夢花の隣に並び最近の出来事を話し始めた。

 本当に些細な出来事の話。最近虹を見かけたとか、焼きたてのパンが買えたとか、ジャンケンで買って欲しい物を手に入れられたとか。そんななんでもない出来事を夢花は楽しそうに、その少年の頭を撫でながら話を聞いた。

 少し離れた原っぱから歩いてきたはずなのに、もう教会に着いてしまった事を少年は少し寂しく思う。もう少し話していたかったなと思いながら、神父に呼ばれていた夢花は手を振りながら奥の部屋に入って行ってしまった。



「神父さま、俺を呼んでいたと聞いたがどうかしたのか?高いところの書物か?」

「おお、やっと来た。待ちくたびれたぞ」


 神父は夢花が部屋に入ってくる前と変わらず穏やかな笑みのまま、書物から彼女に視線を移した。

 そして、洗礼された動作で椅子から立ち上がると夢花を手招きする。

 何処の書物をと夢花が上を見上げているとそうではないと言いたげに柔らかく笑われてしまう。そんな神父に小首を傾げた夢花に神父は目の前の本を軽く引き取った。

 するとその本が置いてあった本棚と隣の本棚が音を立てて動き出した。

 いきなりの出来事に夢花は一歩後ずさる。その様を待ってましたと言いたげに柔らかく笑う神父に目を白黒させる。


「ついてきてくれるか?」

「あ、あぁ……」


 二つの本棚以外にも部屋全体の本棚が動き、地下に続く通路のようなものが目の前にある。そもそもこの教会に地下室があったことに驚きだし、こんな機械仕掛けなのか魔法なのか、どちらにしろ本棚が動くなんて話は本の中だけだと夢花は思っていた。

 それが目の前で起きれば放心状態になってしまう。

 そんな夢花にこれからもっとすごいことが起きるぞと笑う神父に続くように目の前に現れた階段を降りてゆく。

 これからもっとすごいこととはなんだろうか。そう不安と好奇心に胸を高鳴らせ、少し湿っぽい地下室へ続く階段を下ってゆく。

 コツコツ、コツコツ。

 二人分の靴と階段のコンクリートがぶつかる音のみが空間を支配する。時々、ぽちゃんと水滴が落ちる音が聞こえ、ここがどれぐらい深いのか思い知らされる。

 何段か階段を降りたのか、若い夢花でさえ足に痛みを覚え始めた時、階段の終わりが見えてきた。

 そして、その終わりからは青白い光が見え、なぜか体が引っ張られる感覚に教われた。

 その感覚に従うように青白い光の漏れる空間に足を踏み入れる。

 夢花ははぁっと思わずと言ったように息に似た声を漏らした。

 目の前に広がる空間は、教会の地下にあるとは思えないほど幻想的で神秘的だった。

 水晶やアメジストのような石が天井から大小吊り下がり、まるで鍾乳洞のようだ。壁も床も同じ石を敷き詰めたようなそんな空間に夢花はまるで物語の主人公になった気分になる。

 思わず、近くにあった石に手を伸ばしそっと触れる。

 チャリン。

 鈴が鳴るような妖精の囁きに似た音と共に夢花が触れた場所の色が変わり桃色に染まった。そして、何かが呼ぶような声と水晶やアメジストに目があるような、それほど多くの視線を感じ、思わず神父を振り返った。


「……ここは?」

「ほっほほ!そんなに焦るな。まずはあの剣に触れてみろ。……全てがわかるはずじゃ」

「あの剣……?」


 夢花は小首を傾げながら神父が指差す方に視線を向けた。

 そこには色とりどりな石に刺さった剣が一つ光を浴びて佇んでいた。赤、青、黄色、白、黒、桃色、水色、翠、ベージュ、コバルトブルー、銀色、金色。光の加減かもしれないがそんな色に見えた。そもそも、こんな地下深くに何故、光が届いているのか。

 それこそまるで神がそこにいるような、そんな神聖な雰囲気に夢花は一歩、また一歩とゆっくりと近づいてゆく。

 剣の目の前にくるとその剣の精密な装飾と彫り物に思わず息を呑む。神がこの地を守るためにここに刺した物のように凡人に触れることなどできないようなそんな異様な雰囲気を放つ。弱い魔物ならば近くに寄っただけで死んでしまうような、そんな力強さも感じた。

 だが、夢花にはこの剣に触れなければという謎の使命感と耳元で聞こえる聞き取れない何かの囁きに似た声に導かれるように、手を伸ばす。

 夢花の指先が剣の持ち手部分に触れた瞬間、剣から眩しいほどの光と強風が吹き荒れる。

 思わず顔を両手で目を覆い、目をつぶってしまう。数秒もしないうちに強風が止み、光が収まるとそっと目を開ける。

 だが、そこは先ほどの神秘的な空間とは違い、自信を取り囲むように薄暗い霧が夢花を囲むように渦を巻いていた。

 キョロキョロと辺りを見渡すが、神父の姿はそこにはなく、まるで自身だけが世界と遮断されたような心地になる。


『きゃーー!』


 そんな夢花の耳に女性の叫び声が聞こえる。


『魔物だ逃げろ!!』


 続いて聞こえてきた男性の声も恐怖にまみれた声だった。

 夢花は反射的に声のした方、自身の後ろを振り返ると、そこには霧の中に映し出された燃え盛る町のような物が見えた。

 幼い子も、男性も女性も、老人も逃げ惑うように迫ってくる魔物から走っていた。

 思わず手を伸ばすが触れる直前で、まるでそこに何もなかったかのように霧に戻ってしまう。

 少し息が上がる夢花の後ろからまた声が聞こえる。


『やめろー放せ!!』


 男性が大型のトロルのような魔物に鷲掴みにされて叫ぶ声。


『この子だけは!この子だけは!!』


 許しを乞う、老人の声。

 どれも耳を塞ぎたくなるような悲痛な声と、魔物たちの嘲笑う笑い声。

 骨の軋む音、何か液状のものが飛び散る音、家崩れる音。

 目を閉じてみても、耳を塞いでみても、聞こえてくる声と風景に夢花息はどんどんと上がる。

 肩で息をして、冷や汗をかく夢花の耳に凛とした落ち着いた声が届いた。


『夢花、聞いて。貴方は多分唯一生き残るでしょう』

『やだ、お母さん、お父さん』

『そして、俺たちの事もきっと忘れてしまう』

『だけれど、時が来たら思い出す』

『お前に課せられた使命と』

『守るべき未来を』

『『私たちの大切な夢花。どうか未来で――』』


 全ての音が止み、抱き合う一つの家族の姿。

 自身の名をした少女は自身の同じ髪色に涙を溜め込んだ緑色の瞳をしている。

 自身の名を読んだ女性は夢花にとてもそっくりで同じ髪色、瞳の色をしていた。男性の方は目の色は同じだが、髪色は赤みがかった茶色をしていた。

 その光景を食い入るように見つめ、先ほどまで荒かったはずの息もすることを忘れてしまう。

 まるで、過去に経験したことのあるようなそんな感覚に、ぎゅと胸が締め付けられる。


「なぜ、なぜ、忘れていたのだろう」


 思わず漏れた声は驚くほど情けかった。

 頬を伝う生暖かい水滴を乱暴に拭い、その幻影を抱きしめる。

 勿論抱きしめることなど叶わず、だけれど自身を抱きしめたまま目を瞑る。


 自身がこの孤児院に来る前の記憶は一切なかった。

 それを不安に思い、神父に相談したが、時がくれば思い出すと言われていた。

 それは成長すると同時に自身を励ますために言ってくれていた言葉だと思いその質問をする事もなくなっていた。

 幼かったから覚えていないと言い聞かせてきた。

 だが、その記憶は意図的にこの剣に閉じ込められていたのだと夢花は理解した。

 自身の生みの親も、生まれた町も、町の人たちもみんな魔物に殺されて、滅ぼされた。

 なぜ、数ある町の中自身の住む場所が狙われて自身だけが生き残ったのか。その真実を知る権利が自分にはあると奥歯を食いしばる。

 大きく息を吸い、力強く閉じていた目を開く。

 その目には決意と共に、殺意も宿していた。

 再び強い光が現れて、先ほどまでなかったあの剣が目の前に現れる。

 その剣は霧の中でも光が当たっていて、道を示しているようだった。

 夢花は決意を込めてその剣を強く握る。そして、ありったけの力を込めて、剣を強く抜いた。

 そして、それを掲げてると先ほどまでとは比にならない光を放った。それに反響するように、周りの霧が渦を巻いて強風が吹き荒れる。

 霧が一瞬収縮し、弾けるように飛び散った。



「……全てを知ったか?」

「……あぁ。俺は全てを知る。そして、町を滅ぼした魔物を……全て狩る」


 夢花の目を見た神父は深い息をつき、普段柔らかく笑っている顔から真顔になる。

 深淵のような、だがあたたかい光を宿した黒い瞳で、夢花を見つめその眼差しの奥深くまで見るようにしばらく無言で視線を交わし続ける。


「お前さんは旅に出なくてはならない。記憶と共にそのことを今日伝えようと思ったのは夢で見たからじゃ」

「夢……?」

「あぁ。魔王が、迫っておる。その剣に記憶と共に選ばれたお主は旅に出なくてはならない。その過程で真実は全てわかるじゃろう。ボロボロのお前さんを拾った日から、この日が来なければ良いとずっと願っておった。だが、一介の神父の願いなど叶わぬな」


 少し寂しそうに、悲しそうに眉を下げた神父は夢花に背を向ける。

 神父が背を向けたまま階段を上がる。その後を追うように夢花も階段に足をかけた。

 踏み出す直前、もう一度剣の刺さっていた場所に視線を向ける。

 そこには光に照らされてた剣のなくなった十二色の石が夢花を見送るように輝いていた。

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