04.クリスの休日
「さてと、どこに行こうかな」
今日はクリスの仕事は休みである。
クインとしての仕事も終わり、ユークリッドと会う予定も無い。
久しぶりに、クリスがクリスとして生きる時間なのだ。
そんなわけで、クリスは城下町を歩いていた。
もちろん服は庶民が来ているような服装だ。
「まずは食事して、それからどこに行こうかな?あまりお金もないし」
クリスは公爵家から給料としてもらっているお金を頭の中で数えた。
公爵家からもらっている給金は少ない。
公爵令嬢の身代わりと言う重大任務を背負っている割に低賃金なのは理由がある。
一つ目は、王太子の婚約者としていい暮らしをしているのにこれ以上欲張るなと言う意味。
二つ目は、もし金があり街で一般庶民にあるまじき金の豪遊をしてしまうと怪しまれるから。
そして、クリスは公爵家を裏切らない。
公爵家の信頼を裏切るほどの馬鹿でもないし、もし裏切った際にどうなるかもきちんと理解している、
そんな事を公爵家は理解しているから、給金は安いのだ。
そんなお金を持って目的の食堂へ向かおうと歩いていると。
「そこの君、ちょっといいかい?」
「え、僕ですか?」
「そうだ」
そこに立っていたのは、フードを深く被って顔を隠している人(声からして男性)と、その背後に控える男性二人。
背後の二人は帯剣している事から、護衛であると判断できる。
ちなみに、フードを被っている人は珍しいが、別にフードで顔を隠す=不審者と言うわけではない。
この国はとても平和だが、盗賊や獣、そして魔物に困っている地域もある。
兵士は積極的に治安維持に出ているが、戦死や大怪我をする人は少なくても怪我人が出る事は多い。
そして、傷が顔に残った場合、その傷を誇りに思うか恥ずかしいと思うかは人それぞれ。
だから、フードで顔を隠す人は珍しくとも即通報とはならないのだ。
そんなフードを被った、手前の人物。
(え、まさか……)
声の感じでなんとなく感じるものがあった。
そして、体格。
こちらに向かって歩いている際の動き。
「失礼、実は平民の案内人を探していてね。君にやってもらえないだろうか?」
そう言いながらフードをはずすと……
(ユ、ユークリッド様!!)
そう、その男性は、自分(正確には自分が影武者をしているクイン・フィーリア公爵令嬢)の婚約者、ユークリッド・ヴァルフィシュタインその人だったのだ。
「ユ、ユークリッド様!」
そう言ってクリスは跪く。
ユークリッドの顔は既に平民にも知られており、跪くのは平民クリスには当然の行為だ。
「あぁ、気にしなくていい。今はお忍びだからね」
「し、しかし」
「いいから、顔を上げてくれ」
そう言って顔をあげたクリスに、ユークリッドは笑って言った。
「さっきも言ったのだけど、私は平民の暮らしという物をより理解したくてね、適当な平民を選んで案内してもらおうと思っていたんだ」
「なん……」
クリスは今、なんで僕なんですか?と言おうとして、止めた。
外見の事を深く言われ、ばれるのを恐れたためだ。
しかし、断るわけにもいかない。
一平民クリスが、恐れ多くも王族の言葉に逆らえるわけないのだから。
「か、かしこまりました。ですが、僕ごときがユークリッド様にご満足いただける……」
「ユークリッド、だ」
「はい?」
「様はいらない。敬語も不要だ。それに、私が満足できるかは問題ではない。私は、平民の暮らしが知りたいんだ。そして、その平民の一例として、君を選んだ。君は普段通り、自分の行きたい所に行けばいいんだ。私の事は単なるおまけと思ってくれ」
「そ、そんなオマケなどと」
そう言って慌てるクリスを見ながらユークリッドは
「敬語はいらない、と言ったはずだよ。さぁ、立って」
そう言われて、クリスは立ち上がった。
「さぁ、僕の名前を読んでみて。もちろん、様抜きででね」
「ユ、ユークリッド」
「よく出来ました」
そう言ってユークリッドは笑った。
その笑顔は、全ての女性を虜にするような優しい笑顔だった。
「ところで、君の事は何て呼べばいい?」
「あ、僕の名前は、クリスと言います」
この国でクリスと言う名前はありふれた名前だ。
小さな村でも二、三人くらいいる事は珍しくない。
だからクリスはそのまま名乗っている。
いくら使用人クリスが既に死んでいる設定だとしても、変に凝って別名を名乗ると逆に失敗してしまう可能性も有るからだ。
「そうか。ではクリス。よろしく頼む」
「かしこ……わかったよ、ユークリッド」