第9話 盾石優は舐められる
私は他人の地雷を踏まないように気をつけてはいるはずです
不破形司、及び形兄によるイフの軽い説明の後、僕らは黒いコートを着たイフ教の信者らの内の1人が出現させた大きいソファに対面するような形で座りながら話をしていた
僕ら3人はソファに左から僕、空閑形真、形兄、盾石優の順で座っていた
向かいのソファにはさっきまで信者らの先頭にいた中年風の男の人が座っていて、その隣に若い男の人が1人立っていて、他の人が後ろに疎らに並んでいる
さっきまであんなに険悪な雰囲気だったのに、ものの数分でそんな雰囲気はほぼ消えた。が、優は腑に落ちない様な顔をしている
「ゆ、優。大丈夫・・・?」
「まぁ、大丈夫ではある・・はず」
一息のあと、ソファに座っている中年風の男の人は話始めた
「改めて申し訳ない。2カ月前に部下へ申請の指示はしていてな、いつもであればこれくらいの時期に完了していたのだが。そこを確認せずに来てしまいこのようなことになってしまった。幹部の一人として、恥ずかしく思う」
そう話したあと男の人は座ったまま頭を下げる。それに合わせて後ろの全員も頭を下げた
今話した目の前に座っている男の人はスウェル・E・増山と名乗った。さっきの言葉の通り、彼はイフ教の幹部とのことらしい。隣に立っている男の人は幹部補佐でロウルという名前だと紹介された
今の様子を見て形兄が話す
「あーっとな、俺らに謝罪するんじゃなくてそっちの上とか、こっちの上層部に謝罪してくれ。一応報告はしておくがな・・」
形兄によると、イフ教というのは実質OWAの管理化にある唯一の教団であり、新しい教会を建てる場合、イベントを開催する、それらのような大きな事をする場合はOWAにそれを申請するという取り決めがあるらしい
が、基本的には最初のアルタの説明の時に説明されない内容のようで、優もそのことは初耳だった。何故説明されないのか疑問だが、取り敢えず今は目の前で進んでいる話に耳を傾けることにしている
「了解した。それで、そちらのお嬢さん・・?にも謝らなければならない。あのような発言をしてしまい申し訳ない」
そう言ってスウェルさんは優にも頭を下げる
「あ、あぁ。まあ謝ってくれるのは良いんだけどさ・・」
優は腑に落ちない顔をし、少し唸りながら頭を掻く
「なんだろう、小娘がダメってことじゃなくて、お嬢さんがいいってわけじゃなくて⋯⋯、丁寧がいいって云々ってわけじゃなくて・・・」
優は更に唸り、髪をぐちゃぐちゃにし、ついに何か諦めたような顔になり手を止めた。そして空気の抜けた風船のようにゆっくりと背もたれに倒れる
「なんか、すいません。もう打丈夫です・・」
「・・なにやら1人で盛り上がっているようだが。して形司どの」
スウェルさんは少し不思議そうに優を見ていたが、突如として形兄を見て話を振った。形兄はそれに反応して眉をひそめる
「その2人は新しい方ですかな?」
「そうだな。新しいも何も、昨日入ったばかりだ」
スウェルさんは少し悩んでから隣で立っていたロウルさんを見る。そして無言で目だけで指示を送る。するとロウルさんは早々と部屋の奥に足を進めていった
「実はうちのロウルも比較的最近に入った者なのだがな、総合的な能力がとても高くて既に幹部補佐にいる。が、戦闘面は中の下ほどだ」
長い棒状のものを持ってロウルさんが帰ってきた。その棒は徐々に薙刀に変化する。スウェルさんは続ける
「そこでだ、そちらの2人とうちのロウルで手合わせを願いたい。形司どのの顔を顔を見ると、少し手を焼いているようだ。そして私はロウルに力をつけてもらいたい。どうかな、リガイのイッチというものにならんか」
僕と優は同時に形兄の顔を見る。形兄の顔は相変わらず感情乗っていない人形のようだ。形兄は少しのため息のあと、小さく頷き言った
「そうだな。利害の一致とまではないが、こっちも戦闘うんぬんに悩んでたところではあるからな。お言葉に甘えさせてもらおう」
優は驚愕の顔で形兄に噛み付く
「いやいや、ちょっと待って。私たちは良いも何も言ってないけど。なんでそんな早々と進んでるの」
「昨日熊とやっただろう、あれは討伐任務の中でも標準難易度だ。盾石は形真の鎖を武器としていたし、形真に至っては目立った行動を取っていない。強いて言えば囮になって死にかけたことか?」
不意に形兄から飛んできた言葉の棘が僕の心に深く刺さった感触があった。中々に鋭く、少し背中が曲がる
「基本的にはあの熊とタイマンを張って勝てるほどの強さじゃないと超あっさり死ぬぞ。残念ながら拒否権はない、せいぜい頑張れ。ちなみに形真の鎖を使うのはナシだ」
どうやら僕らの了承の有無に関わらずに色々決まりそうだ。優は少しため息をつき今の会話を静かに聞いていたスウェルさんを向く
「そのロウルって人とタイマンなんだろうけど、その前にまず1つ聞いておきたい。能力は何?」
「・・・ロウル」
スウェルさんは左を向き、ロウルという人を向いて言った。それにつられて僕もロウルさんを見る
彼は見た限り白髪の青年だ。彼のことを聞いた上で改めて見ても、やはりいかにも優秀な雰囲気が漂っている。さっきまで少しの笑みがあった気がするが今はない。目を閉じていたその人はスウェルの言うことを聞くと、ゆっくりと目を開けて話し始めた
「改めまして、ご紹介に預かりました。僕がロウルです。それで・・・」
ロウルさんは優の方を向く。その目は少し瞼が落ちていた
「僕の能力についての話ですよね」
「え。あ、はい」
「まあ立ち話もなんですし、試合ながら話しましょう。ではあちらの場所で──」
2人は10mほど離れて向かい合った。優は改めて盾を1つ召喚し取手を右手で強く握りしめた。ロウルさんはさっき持ってきた薙刀を右手で軽々持っている。光が反射し刃が怪しく輝く。壊れるはずのない優の盾が破壊されてしまうかもしれないという迫力さえ感じさせられた。
「さて。試合と・・話を始めましょうか」
そう言い放つとロウルさんは薙刀を右手で回し空を切る音を響かせながら優の方へ歩んでいく。優はその様子を見て身構える
「先ほどの答え、僕は能力を持っていません。残念ながら僕は僕の条件を知らない⋯つまりは達成していない」
彼の顔が少し曇る。が、すぐにその曇りは晴れた。優は質問する
「へぇ、じゃあその薙刀に戦うための種があるってこと?」
ロウルさんは答えない。ただゆっくり前進する。大体あと7m。彼は話し続ける
「それも仕方はありません。世界に条件を達成し能力者と呼ばれるようになった方々は100人に1人いるかいないか・・・。条件になり得る事象は人の数、つまり無限にあるとも言え、しかも無限の内の1つの条件しか当人に当てはまらない。いえば宝くじの一等が当たるか否か」
ロウルさんはため息をつき停止する。一瞬の静寂が過ぎる。優はさっきの質問に後悔したのかバツの悪い顔をし力が緩んだ。大体あと5m
瞬間、ロウルさんはその優の隙を見逃さず、素早く間合いに飛び込み薙刀を両手で振るう。優は運良く反応ができ、盾で防いだ。薙刀と盾がぶつかり、大きな金属音が空間を震わせる
「っ・・!痛っい・・・能力なしでこんなに飛ばされるの!?」
優は防いだ。が、力が緩んでいたため飛び壁に激突・・・激突ほどではないが当たった。優は少し苦しんだがすぐに立ち上がって身構えた。諦めては居ないようだが額には汗が流れ、体も少し震えている
「優!」
僕は近寄ろうとしたが、形兄の腕によって制止された
「ダメだ。あんたの心配も分かるがな」
「え・・なら・・!」
「この経験の浅さであれほどまで耐えるのは流石だと言える。普通はあんなにすぐに立ち上がれない。だが見る限り、盾石はあんな状況にもう一度なったら立てなくなる。それを防ぐために助けに行きたいんだろ。だとしても、今はあくまでも手合わせ程度のものだ。ケガくらい当たり前だ。今は見守るんだ」
どう見てもロウルさんの速さは手合わせ程度の速さではなかった気がする。というよりケガが当たり前って激しすぎやしないだろうか。ちなみにロウルさんは、またゆっくりと優に近づいていっている
「・・・あなたがそのような質問をするということは、それが周りでは当たり前なのでしょう。実際あなたと仲が良く、古くからの付き合いだと見て取れる彼も能力持ち。しかもOWAとの関係もお持ちで・・・それが当たり前になるのは仕方がない。まあ僕は逆ですけどね。記憶の中では1人ほど能力を持っていた人もいましたが、結局その人も・・・まああなたには関係ないですね」
「ふぅ、危ない・・さっきから何かと話してるけど、何のこと?あなたには能力はない。それで話は終わりでしょ。私に関係ないとか、さっきからの話全部に当てはまるでしょ」
「そう、僕は能力を持っていないというさっきの話は終わった。そして次はあなたに常識を学んでもらうために話しています。能力を持たない人が多い世の中で能力を持っているかではなく、何の能力を持っているかを真っ先に聞くガk⋯お嬢さんの、その常識の無さですよ」
「ロウル、常識がないは言い過ぎでは・・・」
スウェルさんがロウルさんのこれ以上の発言を止めようとすると、優がまた髪をぐちゃぐちゃにし始めた
「・・・あ゙ぁ゙~う〜」
優の顔が歪んでいく。常識がないと言われて怒りが頂点に達したのだろうか。優は叫ぶ
「だからお嬢さんじゃないってぇ〜〜!」
「「そっちぃ!?」」
僕とスウェルさんの声が廃ビルの周囲一帯に響くこととなった