第6話 森のくまさん
「じゃあ、品定めだ。あんたらの力を見せてみろ」
僕たち、空閑形真と盾石優は森の中にいる。目の前には不破形司さんと彼の左手の指の全てから出てきた赤黒い肉塊、さっきまで2mの熊だったはずであろう血や肉が散乱していた。血肉の腐った匂いが周囲を襲う
「うっ・・・気持ち悪い・・・」
「形司さん、殺したの?今の熊・・・」
「ん?あぁ、そうだな。今はそれより次はアレをあんたらがやるんだぞ?他のことを心配する暇はない。身構えろ」
すると森の更に奥の方から小さな熊が2匹出てきた。小さいとは言っても1mはあるだろう体をしていた。さっきの熊の子供だろうか
「あんたらがやる・・・?私達が?」
「あぁ、あんたらがあの待遇ってことは能力を持っているってことだ。能力の詳細や練度を品定めするために俺の任務の一部を代わりにやってもらおうと思ってな」
「ゆ、優はまだしも僕は・・・」
「ごちゃごちゃ言う暇あったらあの熊を見とけ。十数人ほどの負傷者と2~3人の死者を出している。おまけに能力を持っているって話だ。気を抜けばやられるぞ。」
形司さんは近くの木に腕を組みながらもたれかかった
子熊たちは⋯怒っているのだろうか。目の前で親が肉塊にされたシーンを見て。子熊の目は悲しさと恨みが同居しているような目をしていた
優は2匹の子熊と形司さんを交互にじっと見つめ、はぁ、と一息はいて言った
「・・・私は殺しはしないよ。捕まえるだけでもいいはずでしょ?形、アレ作る準備お願い」
どうやら優は本当にやる気のようだ。既に片手には半透明な青白い盾が握られている
「・・・ほ、ほんとにやるの?」
「そう、やる。どうも形司さんは手伝ってくれるような様子じゃないし」
形司さんを見ると、そうだ、と言わんばかりに僕らをじっと見つめていた
「あとこの場所なら形の能力を最大限ってほどじゃなくてもかなり使える。さっきのワニと比べたらどうってことない、でしょ?」
トカゲじゃないの、と思いつつ優の真剣な眼差しを見て頷き近くの小石を1つ拾う。右手の5本指で触れるとそれは鎖の形となる
僕の能力は「変形」。触れた対象を変形させる。生きているものはその対象にはならず、無機物が対象となる。しかし、全身の力を使って持ち上げられないものは変形できない
それを使って小石を鎖に変え、優に渡す
「ありがとう。よし、これを使って・・・」
優は持っていた盾のいくつかを地面に配置し、右手に鎖を投石器のように持って回しだした。盾をつけていないということは、いつもの方法ではだめだということらしい。おそらく、いつもので真っ二つにならないようにということなのだろう
ブォンブォンブォン、と優が回す鎖が空を切る音がなり、森全体に響く。その音を聞いてもなお、子熊たちは体をかがめながら一歩前進してきた。どうやらあちらもやる気のようだ
優は子熊の出方をみてなのか、子熊たちは鎖が空を切る音の威圧感からか、どちらも動かなかった
少しの沈黙の後、先手を打ったのは子熊たちのほうだった。二手に分かれ、僕らを左右から挟み込みに着た
優は右の方を見た。厳密には右から来ている子熊を見ていた。右から来ている子熊は左の熊と比べ少し小さい。どんな能力を持っているかは形司さんは話してくれないから分からないが、まずは初見でやりやすいと思った方からのほうが楽だろう。それは優も分かっているはずだ
「まずは1匹ずつ・・・右のお前からだ!」
優はそう言って振り回していた鎖を投げた。その鎖は真っすぐ子熊に飛んでいく。が、その時だった
「・・・!さっきのワニみたいなのか!」
右から来ていた子熊の体が一瞬、ほんの一瞬で3m超の巨体の熊になった。さっきまで1mもなさそうだった子熊が親熊レベルの大きさになり、優が投げた鎖を難なく弾いた
ザザザ、と弾かれた鎖が地面を抉る。
「形、鉄球を!」
「て、鉄球!?」
「そう、鉄球。私の盾だと殺傷力が高すぎる。だったらただの打撃に全振りできる鉄球ならいいんじゃない?だから、早く!」
左右から時速30kmくらいで子熊と子熊だった熊が迫ってきている。何かを考えている暇はない。僕は小石を拾い鉄球にし、優に渡した
と、それと同時に撒菱を無数に作って目の前にばら撒いた。これである程度の足止めはできるだろう
「よし、じゃあそこのっ・・・大熊!これで寝とけ!」
優は鉄球をつけた重々しくなった鎖を横投げでぶん投げた。大きくなった熊は大きくなろうと、撒菱による足の痛みが軽減されずほとんど動いていなかった。そして鈍い音がしながら、腹部に鉄球がクリーンヒットする。そして小さくなりながら子熊はその場に倒れる
「ほ⋯骨大丈夫?折れた落としてたけど⋯」
「まあ大・・・いや、殺した人よりかはいいほうでしょ」
優はそういうと形司さんの方を向く。形司さんはあいも変わらず無表情でこちらを見ている。実際、僕は形司さんが親熊を殺したのを見たわけじゃない。親熊がいたところに血や肉が散乱していたところを見ただけ────
「──い!形!後ろだ!」
「え?」
その瞬間、僕は背中に大きな衝撃を受けて倒れた。あいにく地面は土や草がほとんどだった為、体への衝撃は最低限にすんだ。背中に何か乗っている感覚がする
優が言っていた後ろにいたもの。それは左から来ていた子熊。僕と、おそらく優も、右から来ていた大きくなった子熊に対抗するのに夢中で左から来ていた子熊のことを忘れていた。だから今こうして僕が捕まっている
「うぅ・・・重い・・・」
子熊にしては明らかに重い。こっちもさっきのと同じ様な能力を持っていたのだろうか。確かめようにも、背中にいて見ることができない
「あぁ〜もう、形!動くなよ!」
頭上でジャラララ、と鎖の音がする。直後、鈍い音と共に背中が軽くなった。後ろで何か、子熊が落ちた音がした
「大丈夫か?形、油断するなよ。ヒヤヒヤするじゃん。で、終わったぞ。熊殺しさん」
優は形司さんを睨む。2人の間で恐ろしいほどの緊張感が漂っている。僕は立とうとしたがあんな重いのに乗られて無事であるはずもなく、体中が痛かったため近くの木の下に座っていた。何処かが折れていそうな気がする
すると形司さんが口を開いた
「はぁ、そうだな終わったな。だが、熊殺しか・・・。これを見てもか?」
そういうと形司さんは左手の指から再び肉塊を出した。その肉塊の口から親熊が出てきた。親熊の全身は血・・・赤い液体で染まってはいるが、目立った外傷はないように見える。噛まずに丸呑みしていたということなのだろう
瞬間、強張っていた優の顔から力が抜け、いつもの笑みが戻る
「なぁんだ、だったら最初からそう言ってくれればいいのに」
「OWAは遊び感覚でこれをやってるわけじゃない。いつ死ぬかも分からない、いつ殺してしまうかも分からない。いつ何処で誰から恨まれるかわからない」
いつ何処で誰から恨まれるかわからない、それは今身をもって感じた。最初は大きな熊1匹だけだと思っていたのが、奥から子熊が2匹出てきた。何処から見られているかわからない、そういう意味だろう
「それに、あんたらはつい数時間前まで一般人だったんだ。その実感がまだ足りないだろ?そういう現実味がなきゃちゃんとした品定めができないしな」
「あの・・・その品定めで僕死にかけたんですけど・・・」
「「今生きてるしいいだろ」」
・・・そこ被らないで欲しかったな。と、思いながら空を見上げる
気づかぬうちに空は赤く染まりかけていた。朝の7時くらいから始まった今日の濃すぎる1日。それが今終わりかけようとしている
「そろそろ時間だな。じゃああんたら、帰るか」
形司さんを先頭にし僕は優におぶられながら帰ることにした