第35話 返り討ち
僕、空閑形真は、人混みをかき分けながら大通りを走っていた
先日起きた宝石店強盗、その実行犯グループを僕らは追っている
別に僕らは警察ではなくOWAの隊員だが、その実行犯グループの中には能力者がいるので、OWAに事案が降りてきたというわけである
今僕は、その宝石店から街2つ分ほど離れた街で僕らから逃げるような仕草をした人影を追っている
優は恐らくその人の能力で頬に2つの切傷を負った。切傷とは言っても、浅すぎることは今は関係ない
そんな優は、ついさっき僕の目の前から姿を消した。別れただけだと良いのだが、あの埋まった警官らを見てしまえば、もしかしてと思ってしまう
だか、別れたというのも意味が分からない。僕と優は同じタイミングで、人影を見つけて走り出した
であれば同じものを見た、と考えるのが自然だろう。だが、この街では実行犯グループの内の3人が確認されている
「…まさか、同じタイミングで違う人を見つけた…?」
とりあえず、考えている暇もない。今は優の無事を祈って僕が見つけた人影を追うために、足を動かし続ける
人影は僕の視界に捉えられている。僕と似て、人混みをかき分けながら進んでいる人影が少し先に見える
「逃げるってことは…持ってたとしてもそんな戦闘向きじゃない…?それとも誘ってる…?」
僕のような低脳の頭じゃさっぱり分かりはしないが、今は前者だと仮定して急ぐ。しかし僕の足が平均的すぎるので中々距離が縮まらない
追うと同時に懐からスマホを出し、地図を開く。地図には僕が通った跡が表示されているが、どうやら同じところをグルグル回っているらしい。はっきり言ってそれは追いながらでも感じてはいた
正確には至る道はほとんど違うが、必ずさっき優が頬に切り傷を作られたところを通っているということだ。何か、あそこにあるのだろうか
何度か同じところを通った末、僕はいいアイデアが思いついたので追いながら変形を始める。始めてやるタイプの変形なので、少し精神的に疲れる
「上手くいくと良いな……」
そうして変形を続けながら人影を追う。変形に神経を使ってしまっているので、何度かすれ違う人とぶつかったりした
ぶつかった人は何だか目が充血していたり、目をかいたりしていたが、そんなことは気にしていられない
そうして変形を始めてから約2周、流石にそろそろ僕の息も上がってきた。相変わらず同じ道を何回も何回も通っている
なんでこんなにこの道にこだわるのだろうか、と思いながら目の前の角を右に曲がった瞬間だった
「…!?痛っ!?」
曲がり角を曲がったその瞬間、体の節々が浅く切りつけられるような間隔がする。その1つである頬の所に触れてみると、手に少し血がついた
「くそ、なんで…優は血1つ出てこないのに」
「高校生…でも俺以下か?舐めてんのか…どこまで追いかけてくる気なんだ」
そう言う台詞が聞こえ、僕は目線を血のついている手から放して前を見る。そこには物凄いラフな恰好をした男が、驚くような目で僕の方を見て立っていた
その右手には少し錆びついたバールが握られている。発現的に僕と同じの高校生くらい年齢、一応先輩に当たりそうだ
「どこまで追いかけてくるって…あなた達が、強盗を働いたからじゃないんですか…?」
僕がそう問うと、目の前の男の人は大きく舌打ちしてバールで壁を叩き始めた
「あのジジイ…クソが!返り討ちにするも何も、大人じゃなきゃ話になんねぇ。なんで同じ高校生なんだよ。何だよ、ふざけんじゃねぇ!」
「何言ってるの。同じような高校生が相手だとしても、返り討ちは返り討ち。あっちの女子の方は撒いておいたから、先こっち片付けよ」
背後からそう言う言葉が僕の背後から聞こえてくる。僕は驚いて後ろを向くと、こちらも同じくバールのようなものを持った女の人が立っていた
僕は周囲をざっと見渡してみる。そこは人通りの少ない、大通りから外れた薄暗い路地だった。どうやら誘いこまれたらしい
「まずい…かもしれない」
まさか挟みこまれるとは思っていなかった。しかも状況的に、最低どちらか一方はさっきの小さな切り傷をつけてくる能力を持っている
しかも運が悪ければ、人を埋めることが出来る能力を持っている可能性がある。ピンチとかいう生ぬるい状況じゃない。絶体絶命の状況だ
だが女の人の発言的に、優はどうやら無事のようだ。ということは消去法的に埋める能力を持っている人が、この場に揃っていることはなさそうだ
「…なんであの警官の人達を…地面に埋めたんですか?」
「は、今の状況でそれ言うか?2対1、場所的に助けも来ない。馬鹿じゃねぇの?」
僕は最低限聞けることは今のうちに聞いておこうと思ったが、爆速で、しかも煽るような顔でそれを否定された。そしてその瞬間に目の前の男の人は僕の方に向ってくる
「まぁ腐っても犯罪者だし…話通じないか……」
とりあえず右手が塞がっているので、左手で近くに落ちているレジ袋を拾って木刀にする
背後の女の人にも気を付けながら、目の前のバールを振りかぶりながら向ってくる男の人から身を守れるように、木刀を構える
目の前の男の人が一瞬にやけた瞬間、僕の視界が真っ黒になった
「な、何だ…」
僕は困惑して一歩後退する。次の瞬間、背中に大量に何かが撃ち込まれた感覚がして悶絶してしまう。そして急に視界が開ける
そして目の前の男の人の両腕が大きく上に振りかぶられ、僕は木刀を構えなおす隙すら与えられず、バールで右肩を強打された
頭でなかったのはとっさに左に避けたからだが、それでも死ぬほど痛い。気合で右手の握りこぶしを崩すことはなかったが、木刀を持ったままの左手で右肩を抑えたので隙をさらしてしまう
その男はそのまま両腕を左に振りかぶって、僕の右腹部に当てて吹っ飛ばす
そのまま左半身が壁に激突し、左手の木刀を落としてしまう。普通だったらそのまま気絶だろうが、僕も結構麻痺してしまったのだろう。カラスの時よりはましなので、寸前で耐えた
僕は木刀を再び握って立ち上がる。一応立ち上がれはするがそれで結構ギリギリで、歩こうとしても体が言うことを聞かない
しかも、無性に目が痒くてちゃんと目も開けられやしない。僕自身花粉症ではあるが、これほどまでの症状は人生で初めてだ
「ははっ!バール相手に木刀なんて舐めた真似すっからだ」
そう高笑いする男の方に気を取られていると、僕の頭部の右側が鈍器で打ち上げられ、僕は少し左側に飛んで地面に打ち付けられる
鈍器、しかもバールときた。打ち上げられた方を触ってみたが、何だか気持ちの悪い感触がする。考えたくなかったが、思っていたより大きく抉れているようだ
立ち上がれはしたが、視界に焦点がうまく合わない。目の前には相変わらずバールを持った男女の2人が見える
女の方の持っているバールには、少し血がついているように見える。僕はあの人にやられたのだろう
耳が抉られなかったのは幸運だった。両耳が生きているだけで、だいぶ安心感が違う。だが、状況は変わらない
目の前の2人が僕の方に歩いてくると同時に、僕はじりじりと後退する。本来ならここでさっさととどめを刺しに来るべきだが、優の言っていた通り、精神的に興奮状態になっているのだろう
「追っ手にしては弱くない?」
「ったりめーだろ?能力持っただけの高校生が今の俺たちに勝てるわけねぇだろ」
などと余裕綽々な台詞を言い連ねている。現に僕は自他から見ても圧倒されている
後退していながらも、皮膚が何度も何度も切られる。傷を広げるようなことはしてこないのは良いものの、小さな傷がどんどん増える
そうして後退していると、背中に何かがコツンと当たって止まってしまった
その瞬間に男はバールを振りかぶって一気に距離を詰めてくる。だが、間に合った
「花粉じゃないんですか?」
僕がギリギリでそう叫ぶと、男の人はバールを振り下ろす手を止めた
「…は?な、何言って──」
「何か、変だなって思ったんですよね…ただ目を覆われただけなのに…花粉症みたいな症状が出るんですよ?」
目の前の男は、どうやら図星だったようで分かりやすく舌打ちをする。とりあえず僕は話を続けてみる
「付近には公園も無いし…街路樹的にも今の時期…秋頃の花粉は無いだろうし」
「な、何してるの!?は、早く殺──」
僕は右手に握っているものを変形させ、今一番焦っている女の方を狙い、壁から変触を出現させて素早く拘束する
女は小さな悲鳴をあげ、それに瞬時に気付いた男の方は「てめぇ!」と声を上げて、再びバールを振り下ろしてきた
僕は木刀を左の片手で構え、受けの体勢をとる
男は腹から叫びながら、怒りに身を任せて振り下ろす。僕はそのまま木刀で受ける
「流剣対技、流刀」
受けた瞬間、バールに沿って木刀を持ち手に向かって、受け流すように滑らせる。そのまま両手を殴打する
男はうめき声を上げて両手からバールを離し、受け流したので勢いのままバランスが崩れて前に倒れかかる
僕は軽く後ろに回って、背筋あたりに木刀をぶつけて勢いよく男を倒す
「あがっ…!?くっそ、バール──」
男が倒れた瞬間に右手のものをさらに変形させる。地面から変触が何本も出現し、男を地面に縛り付ける
「な、なんだよこの…触手!?動けねぇ…」
とりあえず、この男は能力者じゃない。無力化しても暴走はすることはないだろう
そう思いながら女の方に目を向ける。するとその女の上部に、極小のものが大量により固まってできたような、集合体恐怖症殺しの球体がいくつも浮いていた
それぞれ野球ボール程度の大きさに見える
「…何する気ですか……?」
「うるさい!早く、彼の拘束を解いて!じゃなきゃ…この花粉の塊をあんたに当てるからねっ!」
予想的中、やはり花粉を操作するタイプの能力だったようだ
そう考えていると塊が僕の方に向かってきた。あまり速度はないが少し体が言うことを聞かず、避けにくい
女は軽く拘束されていながらも、花粉の塊を操作して攻撃してくる
「言っててなんだけど…こんな量の花粉どこから……」
時々、見えない極小の花粉が皮膚を切り、目を無性に痒くしてくる
下手なバールを持った相手よりもやりにくい。流石に避けるのもきつくなってきて、塊を左にギリギリで避けた
その瞬間、顔の隣で花粉の塊がパンッと音を立てて弾けた。そのまま大量の個々の花粉が、さっきバールで抉られた傷を追撃してくる
大量の花粉が傷のなかに入っていく、気持ちの悪い感覚がする
「はは!や、やった!そのまま頭の中をグチャグチャに──」
右手のものを変形させて、ナイフを大量に生成し四方から突き付ける。それと同時に拘束している変触で腹を締め付ける
女は声にならないうめき声を出す。その苦しさに花粉の動き、操作は停止する
僕はさっきまで、この路地全体を覆うように透明な膜のようなものを変形して形成し続けていた
最初は、全く同じ道を通っているのでそこに罠を仕掛けようと思ったが、うまくいかなかったので急遽それに変更した
間に合ったというのはそのことで、そうしておくことでどんな状況でも変形することで自分のやりやすい状況下にすることができるからだ
現に、男を素早く拘束できたし女に対して奇襲を仕掛けることが出来た。変形でさらに女の腹を締め付ける
「…僕の頭か、あなたの首と腹か……どっちが早いでしょうね」
「…んなぁ…そっ…ちぃっ…だろぉ!!」
傷の中で花粉が蠢く感覚がした。僕はその瞬間に、ナイフを変形して女の首を一瞬強く絞めて、瞬時に変形を解除する
その瞬間その女は全身に電流が走ったような、震える挙動を見せてから白目をむいた
それと同時に傷の中を蠢いていたものの感覚は無くなり、宙に浮いていた花粉の塊も落下した
塊は落ちた瞬間に一気に崩れ、大量の花粉が空中を舞い始めた
「…あっ!ま、まずい!花粉症が……」
言い終わる間もなくくしゃみが出始め、そのままくしゃみが止まることはなかった
──────────────────
目から涙が、鼻から鼻水が止まらない。しかも顔の右半分の傷が物凄く痛い
痛みに耐えながら、力を込めて鼻をかむ。鼻のかみすぎで鼻の周辺が乾燥してさらに痛いし、ついさっき箱ティッシュがまるまる一箱分消え去った
「形…大丈夫?目、すんごい充血してるけど…」
僕は鼻をかんだティッシュの塊を、優が持ってきてくれたポリ袋にぶち込む。今度は袋が満杯になったので封をする
「だ、大丈夫だ…はっくしょん!……大丈夫だよ」
「なんか…ごめん。いやー…まさかあんなすぐに撒かれるとは思わなかったし」
あの後、僕は優と合流。目と鼻が花粉で無事殺されたので、形兄と周りで待機している警察の人達には優に連絡してもらった
僕と優の方は男女の2人だったが、形兄の方は女の人が1人いたらしい。同じようにバールを隠し持っていたようだが、特に能力も持っていなかったので形兄があっさり制圧したと優は言っていた
ちなみに僕が拘束した男の方は身動きが取れず、警察に連行されていった時には……
『目、目ぇぇ。かゆ…あ”あ”あ”ぁぁぁ』
…などと超鼻声のまま叫んでいた。その様子を見て優とかっこ悪いね、などと会話をしながらその連行を見送った
僕が相も変わらず鼻を勢いよくかんでいると、優が「そういや」と何かを思い出したような言い方をして話しかけてきた
「よく形あの女の人気絶させたね。形って結構臆病だからさ、そういうこと出来るんだーって」
「いや、あれはなんか…不可抗力っていうか……」
正直言って、僕がその女の人の首を絞めたというのは一瞬だし、気絶させるような力加減でやっていたつもりはなかった。しかも気絶の仕方も気絶の仕方だ
僕のイメージする、徐々に白目になってその後に落ちるというようなものではなく、何故か一瞬震えて落ちたような気絶の仕方に見えた
震えと言えば、虎の一件で僕の腕が謎の震えで神経ごとボロボロになったということがあった
僕のこの変形という能力は、僕の自我がある幼いころから常に自分の手にあった能力だ。ただ物を変形するだけの能力だと思っていたが、まだ…まだ何か自分ですらよく分かってないことがあるようだ
「…灯台デモクラシーってやつ?」
そう鼻をかみながら考えていると、優が僕の顔を覗き込みながらそう聞いてきた
「灯台下暗しじゃなくて…?あれ、声に出てた?」
「漏れ漏れよぉ~、というよりさ。その震えってやつ、ほんと?」
「まぁ…僕もよく分かんないけど…」
僕がそう呟くと、優は背中を強めに叩いてきた
「とりあえずは、帰って治療しなきゃじゃない?バールでどこもかしこも殴られてるし」
「…分かったよ」
僕はそのまま、渋々優の肩を借りてOWAに帰ることになった
──────────────────
形真らが帰路につき始めた10分ほど前、目と鼻を花粉で苦しめられている男が待機していた警察らに連行されている最中
その男の無様な様子を見ながら、互いに話している形真と優を少し遠めの建物の陰から見つめている者がいた
それは上下共にボロボロで、お世辞にも服とは言えない布で身を包んでいる男、間流伝であった
右手には相変わらず鉄パイプが握られている。流伝はその方を見ながら一言呟いた
「…脇役の出る幕は無さそうだな」
そうして流伝は、懐ともいえないようなところに左手を突っ込んで何かを取り出した。そうして左手を開いた中に入っていたのは、いくつかの宝石だった
全て半透明でかなり光が反射しており、まるでダイヤモンドのようにも見える
「そろそろいいか」
流伝は宝石を地面に投げ落とし、鉄パイプで勢いのまま突いて粉砕する。何度も何度も、粉々になって見えなくなるまで粉砕した
流伝は宝石を落としていたところを少しの間、じっと見つめていた。そして特に表情も変えずに歩き出し、静かに角を曲がった
盾石優「その震えるってやつさ、マッサージとかに使えたりとかしない?」
空閑形真「え…まずやり方知らないんだけど……」




