第31話 あいつの息子
「背中は……大丈夫なのか?」
僕がこの部屋に入り、席について少し経った頃。藤原晴はそう言ってきた
「まぁ特には…そっちは大丈夫じゃないっぽいですけど」
藤原晴は今から4日前、コンビニ強盗をしたことにより僕、空閑形真の任務の戦いで負けを喫した
そしてその戦いの際、僕が作った木刀の勢いにつけた一振りで額から血が少し出て、少し骨にヒビが入ったらしい。そしてその前に鼻にも打ち込んだので、鼻も変に折れており鼻を包むように顔全体に包帯が巻かれている
「いやまぁ…そんなことはさておき、本当に話をしに来るとはな……」
僕が藤原晴と戦い、勝って確保してとある事情でその場から立ち去る際に約束ですらない口約束で、後で話をするということを約束していた。もちろんそれは多分、僕の母である空閑明日香のことである
藤原晴はどうやら母との小学校時代の同級生らしい。中学時代や高校時代はどうなのかは本人に聞かなければ分からないが、僕の母について聞くには絶好のチャンスである
僕と藤原晴は今、厚い板ガラス1枚を挟んで互いに椅子に座って相対している
藤原晴は現在、強盗を起こしたコンビニから直近の留置所に仮収容されている。警察の尋問やら何やらをここで連日行っているらしいが、とりあえず基本的に全て自白をしているので特に苦労はないらしい
そんな状況下、警察の尋問がある程度の一区切りがついた今。OWA、青憂団の幹部及び参謀である要害加楽苦郎さんが、尋問を行っている警察側の上層部にいるOWAを知る人に働きかけてくれたらしい
そうして今こうやって時間を取ってもらって藤原晴と話をしようとしている。今この部屋の外にはOWAにて基本的に行動などを共にしている不破形司、形兄がいる
少しの沈黙の後、藤原晴は疑心暗鬼が生じている顔で口を開いた
「して、お前は……あいつ、空閑明日香の何なんだ?」
「えっと…息子です」
僕がそう言うと、藤原晴は勢いよく椅子を吹っ飛ばしながら立ち上がり、目の前のガラスに両手を叩きつけながら目を大きく開いて僕を見る
「お、お前…あいつの息子ぉ!?本当か!?」
思っていたよりも勢いよく来られたので少し僕は驚いてしまった
「え、あ、まぁ…そうです」
藤原晴は「はぁ~」と納得と驚きを孕んでいるような声を出しながら、座ろうと腰を下ろす。しかしそこには椅子がないので藤原晴は「うおっ!?」と叫んで尻から落ちた。瞬時に僕の視界から消える
「え…?大丈夫ですか?」
「あぁ、いやまぁ…少し驚いただけだ。まさかな、まぁ年齢的にもそうか」
そう言って藤原晴はゆっくりと立ち上がり、「そういうこともあるもんだな」とつぶやきながら吹っ飛んだ椅子を拾い、定位置に戻して再び座った。そうして藤原晴は口を開く
「それで、今あいつは何してんだ?仕事とか、まさか地元住みか…家を継いでるはないだろ」
「えっと…言いにくいんですけど────」
僕はそのまま、僕自身は母と物心がついている状態で会ったことがないということ、僕の叔母、母から見て妹である空閑静奈も何も教えてくれなかった。なので今こうやって知っているであろう藤原晴と話している、ということを本人に伝えた
「そうか…あいつがいわば行方不明ってことか。それで俺に何を聞きたい?」
「えっと、じゃあまず母がどんな人だったとか…」
「そうだな…あいつは結構学級でも人気のあるやつで、男女共々から好かれてたっけな。最低でも10回くらいは告白されたりもしてた。俺は一応明日香の仲良し連合の中にはいたな」
なんだか、僕の性格とかと真反対過ぎて色々と思ってしまうことがある。しかし今回はそんなことで気を落とすためにここに来たわけではない。もう1つ質問をする
「えっと、後は…一番直近の母に関する記憶とか……?」
今までの発言から、藤原晴は最近母との面識がないようだ。少なくともここ15年以上は
根拠は、僕という息子の存在を知らなかったことだ。15年以内に面識があれば必ず僕の存在を、見ることはなくとも知ること自体はあっただろう、というものだ。僕のその質問に対し、藤原晴は頬杖をついて悩み始める
この様子だと藤原晴はかなり長い間母と会っていないようだ。15年以上を最低とすると、年齢的に大体25年以上は会ってないのだろう。であればこうなるのも必然なのかもしれない
「あまり記憶にないな…なんというか、高校卒業の時が最後だったから30年も前か。あれ?そういえばあいつ……」
「何か思い出した感じですか?」
「あぁまあな。名前は覚えてないが、明日香は確か付き合ってる奴がいたはずだな。誰だったか……流石に明日香の仲良し連合の奴だったような…」
藤原晴は目を閉じて上を向き、再び悩み始める。僕がその様子を見ていると藤原晴はゆっくりと僕の方を見てくる
「そういやお前、名前なんだっけ。一番大事なところを聞いてなかったな」
「あ、えっと、空閑形真です」
「名字は別に要らないだろ。いや要るか、姓が明日香の方ってことは婿入り結婚だったってことになるしな。ってことは一層誰だったか分からなくなるな……」
僕はふと疑問が1つ浮かび、特に何も考えずに口に出してみる
「その、仲良し連合?っていうのって同じ学校の人の集まりなんですか?」
「あぁ、そうだな。小学とか中学の頃は同じ学校の奴で限定されてた気がするが……高校に入って仲良し連合が疑似的な瓦解になって、それでもみんなで集まろうってなったな。んで、元々仲良し連合だった奴が同じ学校の元々入ってなかった奴を連れてきて…って感じだったかな。高卒以降は進路が様々過ぎて流石に完全に瓦解したはずだな。それがどうかしたのか?」
「いや、変わってないのであれば調べやすいな…って思っただけです」
「ふーん…あそうだ」
藤原晴はそう言うと、何かを思い出したかのように目を少し見開いた
「初期メンの誰かだった気がするな。まぁ、初期メンが誰だったかの記憶もないが……実際俺自身、初期メンじゃなかったしなぁ…というより形真くんって明日香、母親のことは知りたいのは分かったが、父親のことは知りたいと思わないのか?」
「いや、そこらへんは特に……」
そういえば、僕は父についても何も知らない。母と父、両親共々僕は会ったことがないということは、血が直接的に繋がっている家族が僕の近辺にはいないということだ。しかもその理由を僕は知らない
それでさらに僕は言われて思い出した。僕の家族と言えることが出来るのは叔母だけである。親戚もいるかどうかを僕は知らなかった
同じくOWAに入っている盾石優とは幼馴染で長年の付き合いではあるが、流石に親戚というわけでもない。そう考えると、僕という人間は一体何なのだろうと考えてしまった
「────────い!おい、大丈夫か?聞こえてるか?」
僕はその声で現実に引き戻された。自分で気付かぬ間に自分の世界に深く浸かってしまっていたようだ。藤原晴は少しだけ不安そうな顔で僕を見ていた
「あ、いや、大丈夫です。少し考えてました……」
「そうか、とりあえず俺が君に提供できる情報はこんなもんだと思う。もし思い出した時、次は刑務所での面会になるな」
「そうですか…分かりました。ありがとうございました」
僕はそう感謝を軽く述べて席を立つ。そのまま後ろを向いて出入り口である扉へ向かって、ドアノブに手をかけた
「そうだ形真くん、言い忘れてた」
そう言う藤原晴の声を聞いて僕は振り返ってその人の顔を見る。前僕と戦った時のような敵意マシマシのような顔ではなく、優しさに包まれた、藤原晴本来のものであろう顔で僕を見ていた
「はは…クソガキとか言ったり、殺しかけたりして、すまなかったな。謝って許されるものじゃないだろうが、最低限謝罪はさせてくれ」
「…大丈夫ですよ。死んでないだけマシなので、じゃあまた」
僕はそう言ってドアノブを引き、この部屋から出た
僕が部屋を出ると、向かいの方の壁に形兄が寄りかかっていた。僕が出てきたことに気付くと、寄りかかるのを止めて僕の方へ近づいてきた
「話は終わったようだな」
「はい、とりあえずは」
「俺はその部屋の奥にいる奴と形真が何を話してきたかは知らないが…留置所にいるのと話すことがあるってことは大体の想像がつく。で、質問だ。何か欲しい情報を得れたか?」
形兄には今回僕が母のことを知るために動いていることは知らせていない。とりあえずこの事案に関しては、加楽苦郎さんのみが知っているだけで十分だと思っているので知らせていない
なんだか母を知るためだけにこのOWAに入ったというのは、なんだか恥ずかしく感じてしまう。だから下手に他人に教えようとは思っていない。もちろん優にもである
「まぁ、ある程度良い感じのは…ですね」
「そうか。あぁ、別に詮索はしないから安心しろ。自分の調べた情報を無理に他人に横流しする義務はないしな。とりあえず、帰るか」
そう言って形兄は背を向けて歩き始めた。僕はそれに軽く返事をしてついて行く
「どこか寄りたいところとかあるか?適当なコンビニでもいいが…」
留置所を出ると、形兄はスマホの画面を見ながらそう言った
「寄りたいところ……なんか良いお店とかあればですけど」
「あ~、こことかどうだ?」
「あぁ、まあ行ってみたいっちゃ行ってみたいっていうか…」
「じゃあ、ここのカフェで腹を肥やしてから帰るか」
そう言って、僕と形兄はとあるカフェへ足を動かした
──────────────────
「なるほど…これといって空閑明日香本人に直接つながるような情報は得られなかったか。とりあえず、お疲れ様」
僕がOWAに帰還した後、藤原晴の任務を僕に出した上、警察側に交渉してわざわざ時間を作ってくれるように働きかけてくれた要害加楽苦郎さんに対して、青憂団の主要拠点にて得られた情報の全てを伝えていた
そして今の加楽苦郎さんの台詞の通りで、どうやら良い情報は1つも手に入らなかったらしい。僕のようなそういうのものが初心者な者には良いものが得られた気がしたが、やっぱり経験が足りないようだ
「ただ、お前の母親がこの世に存在してるということは確定された。それだけで十分な成果と言えるだろう」
「そう…なんですか?」
「あぁ、もし存在しないことが確定された場合はその瞬間に、する価値のない事案であるとして俺は降りることになってた。だがこうも転がれば、俺も安心してこの事案に手を出すことが出来る」
「……ありがとうございます」
「感謝の言葉なんて要らない。とりあえずこれを見てくれ」
加楽苦郎さんはそう言いながら目の前に置いてあったパソコンを操作し、とある画像を表示させたパソコン画面を僕に見せてきた。僕はまじまじとその画像を見る
その画像は、何十人もの人の写真が並べられていた。2人一組のような形で並べられていて、左に子供、右に大人という形だった。子供の写真の方は所々色褪せた証明写真のようなものだったが、大人の方は画角が色々とバラバラだった
僕は加楽苦郎さんに対して疑問を投げかける
「これは…?」
「空閑明日香と藤原晴が小学校の頃にいた学級、そのクラス写真だ。これらはアナログで保存されてたもので、青憂団のスパコンでも引っかからなかった。それにプラスで現在の写真、これに関しては日本及び世界各地に点在する防犯カメラの映像のもの。よく見てみれば、全て似たような顔立ちをしているだろう?」
そう言われて僕もよく見てみると、本当に似たような顔立ちをしてる。少し違うように見えたりするが、多分画角が原因だろう
加楽苦郎さんはゆっくりと画面をスクロールさせていく。所々、見つからなかったのか大人になったときの画像が存在しないものも見受けられた
少しすると加楽苦郎さんのスクロールさせる手が止まった。そしてとある部分を人差し指と中指で拡大させる。そこには空閑明日香と書かれた名前と小学校時代の顔写真が添付されてあった
長く降ろされた艶の結構ありそうな髪に、カメラに向けられた満面の笑み。そりゃあ本人が中心の仲良し連合ができるのも当然だろう、と思わせるような顔をしている昔の母の姿がそこにあった
僕が少し右に視線を移すと、そこには母の大人の写真は存在しなかった
「…まぁ、そういうことかもしれない。ただ、今お前の母親は裏社会にいる可能性だってある。それであればスパコンに引っかからなかったのにも少しは頷ける。まぁ、少しだけだがな……」
「少しだけ……」
その後はこれと言って大きな会話には発展せず、加楽苦郎さんが今後も関連性のあるであろう任務を持ってきてくれる、とのことで一切が終了した
そうして僕は青憂団の主要拠点から出ると、形兄の部屋。実質的に僕の帰る場所である寮の部屋に帰った。扉の前に行くと特に何も考えずに扉を開ける
部屋は一般的なマンションの間取りをしていて、扉を開けた瞬間に一番最初に目に入るのは少しくらいの長さの廊下である。廊下を歩いていると、奥の方で複数人の談笑が聞こえる
何を話しているかは分からないが、形兄と優がいるということを僕の脳内で確定させながら廊下を過ぎて、多分リビングであろう所にいる人達を視界に入れた
「えっ…なんでここに…?」
「やぁ、久しぶり……というよりまずは謝らなきゃいけないな。あの時は申し訳なかった」
そう言ってその人は僕に向かって軽く頭を下げた
僕はその人のことを知っている。しかし決してある程度の良い関係値というわけでもないし、僕からしたら結構悪い思い出の中の人物だった
目の前にいるのは以前イフ教の一件にて刀を持って優と近接戦をした男の人だった。名前に関しては特に覚えてはいない。形兄が何か本人に対して言っていたような気がしたが、それでも全く覚えていない
僕は困惑しながらその場に突っ立っていた。そんな様子を見かねてか、その人の隣に座って僕のことを静かに見ていた形兄は、僕に隣に座るように促してきた
僕はその一声で我に返り、促しに従って椅子に腰掛けた。そうして僕は少し見上げるようにして恐る恐る口を開く
「それで…どうして……」
その問いに対してその人は、一瞬乾いた笑みを浮かべると1つため息をついてボソボソと話しだした
「まぁ、そういう顔されるのは分かってる。逆にこれで笑顔で聞いてくる奴なんかいねーもんな……そうだな。謝罪と、これからのための挨拶っちゅうもんをするためだな」
その人の顔は、あの優と戦っていた時の荒々しく好戦的な顔ではなく、静かで落ち着いていて優しい顔になっていた。その人に何があったのかは分からないが、気付くと僕のその人に向けていた警戒心は解けていた
「俺はこれからOWAで世話になることになる。正直言って顔を知ってんのはおまえらしかいないもんでなぁ…」
「よく分からないんですけど…心を入れ替えたからって感じですか……?」
「いや…罪滅ぼしってわけでもある。あの地獄だけで償えたとは微塵も思っちゃいない。というよりそう思わせるほどあそこが地獄だったのかもしれないが……んなこたぁどうでもいいんだ。まず、よろしくっていうことを今回は言いに来た」
そうして、少しの沈黙が流れる。多分この沈黙を作ったであろう当の本人は、この状況に困惑しているようで完璧に顔に出ていた。困惑のしすぎか、小さく苦笑いしながら天を仰いだ
地獄というものが何なのか僕には開幕見当がつかないが、人の性格がガラッと変わってしまうほどイカれているということは想像がついた
そうするとその人は助けを求めるような目をして形兄を見た
「こ、これは…滑ってるみたいなものか…?」
「あぁ、残念だったな。オリンピックの決勝に乱入した状況で、リンクに入った瞬間に転んだぞ、お前」
「はは…終わったな、こりゃ。初っ端から言葉選びとかを間違えたか」
「いや、それより初対面から人のことを刀でボコスカ叩いてきた犯罪者が言葉選び間違えたとかもないでしょ」
優の言葉が心に突き刺さったようで、その人の顔からは苦笑いも消えて机にうなだれた。うなだれながらも声だけは笑っている。傍から見たら凄いおかしい人にしか見えない
2対1プラスアルファみたいな状況になっているわけであるので、僕は恐る恐るで一応聞いておきたいことをその人に聞いた
「そういえば、名前って…?」
「あぁ…お前には言ってなかったか……俺の名前は川井相馬。一応、『剣の極』に入ろうって考えてる。どちらかと言えば刀を振り回す方が好きだしなそれじゃあ、雰囲気的に俺はここで……」
そう言って相馬は席を立って部屋を去った。僕は静かにその背中を追う。そうして出入り口の扉が閉められると僕はすぐに机に向き直って形兄と優の顔を見た
「そういえば何で優いるの!?」
冷静になって考えてみると、OWA日本支部の寮というのは一般的な寮と同じで男女別で分かれている
そんな状況で、しかも部屋の中という基本的にプライベートな空間の中に優がいるのが色々とよく分からなかった
「え?私達結構長く一緒にいる仲でしょ?ねぇ?形兄ぃ?」
「ま…まぁ…そうだな」
「いや形兄も凄い嫌そうなのが顔からにじみ出てるけど……」
「いやいや、それで言うと形も形兄の部屋に住まわせてもらってるでしょ!形兄のプライベートはどうなるの?」
優は急に立ち上がってテーブルの上に立つ。立った時の衝撃で机が凄く揺れる。僕はその迫力に負けて身を少し引いてしまう
「い、言われてみれば……」
優は僕のその発言により高々と笑う。形兄は「机の上に立つな」などと優に対して言っている。僕はこの状況に対して苦笑いに似たようなものしか出てこなかった
そうして、僕からしたら特に任務もない平和っぽい一日は過ぎていくのだった




