第3話 能力科学博物館の地下
能力科学博物館
それは動物園や水族館と同等、あるいは少し劣るくらいの数が全国にまばらに存在する、能力や能力科学の歴史、概要の展示や展覧、子供向け授業を行っている能力科学における総合博物館の通称である。そんな博物館が、僕、空閑形真が住んでいる地域にある
今、僕とその幼馴染である盾石優はその博物館の前にいる。今日は一応平日ではあるので、駐車場は博物館で働いている従業員や清掃員の車が5、6台ほど、正面の駐車場には珍しく有給を取れた、はたまたそれ以外の理由か、お客さんの車が10数台あるだけだった
僕らがここに居る理由、それはつい数分前に謎の男の人から渡されたとある紙を、この能力科学博物館の受付の人に持って行けばいい、と言われたからである
ただ、その男の人から、オーダブリューエー?というものが何なのか、紙の内容はどんなことを意味しているのか、なぜ紙を渡すのがここでなければいけないのか、様々な大切であろう情報が聞けておらず、色々と頭が混乱していた
「能力博物館…あんま来ないしな。ここで合ってるよね?」
僕の前に立っている優が言った。顔はよく見えないが、中を見て回る気満々の顔をしていそうな気がする。本来の目的を忘れていなければいいのだが……
「……入ってみる?」
「あの子供、命の恩人が誘ってくれたわけだしね、入るでしょ。せっかく救ってもらった命なのに、期待に応えないのは色々とおかしいじゃん」
あの人は成人ではないのだが、ツッコむのは面倒くさいからやめておいた。選択肢は2つ。博物館に入るか、入らないか。
しかし、実際の選択肢はもうひとつしかない。それは優も同じだろう。あの人が色々と謎であれど、僕らの命を救ってくれた恩人というのは覆らない。そんな人からの期待(?)には応えなければいけない、そういう謎の使命感が僕らを後押しした
「よし、形。行くか!」
「う、うん」
彼女を先頭として僕らは博物館に入っていった
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博物館の中は広かった。市立の博物館ではあるのだが、創立の際に市民からの多くの募金により建ったため、比較的大きく建てることができたのだと叔母が言っていたことを覚えている
博物館に入ってすぐに目的である受付は見つかった。優は見つけても何も言わずスタスタと進んでいく。優は早々と受付に向かうと、受付の人を呼んだ
「すみません」
受付の人はすぐには出てこなかった。僕はその合間に展示品等があるところを覗く。1本の長い廊下、その廊下を囲むように展示品が並んでいる。特にそそられるようなものは無かった。少しすると、受付の人が出てきた
「はい、何でしょう?」
「あの、この紙を渡せばいいって言われて…、お願いします」
優はそう言って謎の男の人に渡された、中二病らしさ全開の紙を受付の人に手渡した。受付の人はそれを見て少し考え込んだ後、「こちらです」とだけいい、僕らを奥へ通した
少し階段を下ったあと、奥にはエレベーターのようなものがぽつんと置かれていた。そこからはこの博物館には到底似合わないような独特な雰囲気が醸し出されていた
「どうぞ、お乗りください」
その声に誘われるように僕ら2人はそれに乗った。そのエレベーターは何処かの目的地へ動き始めた。速いようで、遅いようで、不思議な感覚に襲われた。エレベーターの扉のようにはガラスが付いており、外の様子が分かるようになっていた
「ねぇ、優。これ何処に行くの?」
僕は心配になり隣にいた優に声をかけた。その心配をくみ取ってくれたのか優は話し出す
「さあ、なんか面白そうなところに行くって言うのは分かるけど……嵌められたとかではないだろうし、大丈夫でしょ」
それに少し安心だけして僕は瞬きを一回した。その瞬間、エレベーターの外側の景色は一変した
博物館とは違う、灰色の壁や天井、ざっと数百人の人たち、そして視界の端で飛んでいるロボット……
「「うわぁぁ!?」」
突如視界の端にロボットが現れたことに驚いて、僕ら2人は素早くエレベーターの四隅の一角に避難した。よく見ると、ロボットは敵対的なものではないことが分かった
「あ、そんな怖がらなくて良いよ。君たち、入隊志望者でしょ?」
目の前のロボット…いや、AIだろう。ロボットとは違って語彙が豊富な感じがする。そのAIが声をかけてきた
「入隊……あっ、ここがOWAなの?」
「うん!そうだよ〜」
どうやら本当に合っていたようだ。それを確認すると優は「これのことなんだけど」といってAIに、いつ返されたのか、あの紙を見せた
「この紙⋯龍目さん、珍しい人が来たよ。うん、あの系列の人からだ」
なにやらこのAIはタツメという人と通話みたいなのをして連絡を取り始めた。そうこうしているうちにエレベーターは到着し自動ドアが開いた
エレベーターの中から見ていたよりも空間は大きく、ざっと見た雰囲気だと有名な競技場よりも広いのではないかと疑うほど広い
「君たちか、珍しいというのは」
ふと声がした方を見るとブカブカな白いパーカーを着た30、40歳程度の男の人が突っ立っていた。両手をパーカーのポケットに突っ込み、結構なたれ目でこちらを見ている。顎に薄っすらと生えているひげが、良いアクセント?になっていた。右手をポケットから出し、手のひらをこちらに向ける
「例の紙、見せてくれないか?」
「え、あ、はい」
その男の人に言われるがまま優は紙を渡した。するとその人はその紙を読みながら言った
「自己紹介がまだだったな。私はOWA日本支部総司令を務める埋橋龍目だ……」
龍目さんの顔はみるみるドン引きしたときの顔に変わっていく。読み終わると、紙を勢いよくクシャクシャにした
「チッ、あいつ…いや、あいつらか。こんなの書きやがって……まぁいい、こい」
「あ、はい!」
「え、ちょっと。待って……」
龍目さんに言われるがまま、僕らはついて行く。少し歩くと龍目さんは電話をしている、とある男の人に声をかけた。当たり前だが、見たことはない。半袖を着ていて、黒っぽい赤と真っ黒の二色で禍々しく彩られたアームカバーのようなものを身につけていた
「おい!形司!ちょっと任せるぞ」
「────回か。あぁ、すまない切るぞ……何のようだ?うちの支部のトップさまが俺に」
ケイジという男は電話を切り、半ば諦めているような顔をしてこっちを向き、その人は僕らの顔をまじまじと見た。色々と悟ったのか、「なるほどな」と一言つぶやき、また話し出した
「お前ら、名前は?」
「盾石優です!」
「あ、え、形真です」
僕らの名前を聞いた形司さんという人はため息を1回する。そして後ろを向いて歩き出した。と、同時に話し出す
「こいつらに色々教えたりすればいいんだろ?龍目」
「あ?珍しく飲み込みが早いな。じゃよろしく」
そう言って龍目さんは一瞬でどこかへ行ってしまった。本当に一瞬だったので、どこへ行ったかはよく見えなかった
少し先で形司さんがこっちを見て待っている
「何ぼーっとしてる?時間はあまり待ってくれないぞ?」
「「は、はい!」」
謎の男に言われて来たこの場所。知らない人、知らない場所、何をするかも何が起きるかも全く知らない。ただ分かるのは、(優の言葉を借りると)面白い何かがあるかもしれないということだけ
龍目さんはこの形司さんという人に、僕らを任せる、と言った。ということは長い付き合いになる……のかもしれない。とりあえず、今はこの人についていくしかない。気付くと、優はすでについて行っており、僕だけが取り残されていた
特にこれといった意味はないが、強いて言えばこれからの展開の高揚感と、よくわからない吸い込まれるような感覚に襲われながら、小走りで形司さんと優のあとに続いて行った