第27話 OWA総合的最高権限保持者
今現在、空閑形真は硬めのマットが地面に敷かれたとある訓練場に、木刀を両手で持って構えていた。両腕には小手がつけられている
よく見ると、形真の手首や腕には打撲痕があり、打ち合いで当てられたのだろうと容易に想像できる。顔を見れば汗で前髪が濡れ、息は荒くなっていた
目の前の10mほどの所には、OWA総合的最高権限保持者である埋橋龍目が左手、片手のみで木刀を持ち、緩い感じで立っていた
全く構えているとは言えないその立ち方は、はたから見ると龍目が今の状況に真剣な趣で臨んでいるとは思えない。しかしそんな中、龍目は声を出す
「行くぞ」
その声と共に、龍目は地を勢いよく蹴り、パーカーのフードを揺らしながら形真に急接近。そのまま木刀を振りかぶる
対する形真は木刀を防御の体勢で構えなおす。その顔には少しの恐怖を孕んでる
龍目の木刀が振るわれると同時に、形真はその木刀を木刀で受け止める。瞬時に龍目は木刀を再び振りかざし、形真に向かって振るう。しかし形真はそれも難なく木刀で受け止める
しかし形真は「くっ…」と声を漏らし、受け止めた衝撃で少し後退する。龍目はその隙を見逃さずに一歩前に進んで、追撃するために木刀を横に大きく振りかぶる
勢いよく振るわれた木刀は、そのまま形真の脇腹付近をめがけて当たりに行く。形真は体勢を立て直すのに精一杯で、木刀で防御する暇がなく、左腕の小手でその攻撃をガードする
結構振りかぶっていたので、案の定形真は少し後方に飛ばされ、マットの上を転がる
しかしすぐに立って龍目の方を見る。その様子を見ると、龍目は片手で木刀を構えながら口を開いた
「今のは小手で受けるんじゃなく、避けるべきだった。今回は緩く当てたが、これ以上の威力をまともに受けたら、お前の命の綱の腕を失うぞ」
「は…はい！」
形真の返事を待たずに龍目は走り出した。形真は、今回は防御の体勢ではなく、迎撃の体勢に入った
龍目が木刀を振りかぶり、そして振るう。形真はそれに合わせて木刀を交差させるようにぶつけに行く。しかし形真の予想に反し、龍目は途中で振るうのを止めて即座に形真の視界から消える
「なっ…」
形真が一瞬の困惑を見せた隙を見て、龍目は瞬時に脇腹、背中、右足にそれぞれ一撃ずつ打ち込んだ。形真は軽く悶絶してその場に倒れる
「やはり段々と良くはなってきている。まだ3時間半しか経っていないにしては早い成長速度だ。とりあえず少し休憩を入れよう」
そう言って龍目は形真を引き上げて、訓練場を出た
なぜこのような状況になっているのか、話は約半日前に遡る
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「『剣の極』って組はどうだ？」
僕、空閑形真は目の前にいる鍵山正吾さんの提案を聞き、少し悩む
「剣の極」という言葉は聞いたことがあるが、どこで、いったい誰の口から聞いたのかあまり思い出せなかった。僕が頑張って重い出している最中、僕の真隣に座っていた盾石優が口を開いた
「えーっと、それって青憂団とはまた別の団？」
「そうだな。青憂団は研究の技術向上だったりが結構主でやってるが、剣の極はまた別で、武術だったりの戦闘面の技術向上だったりを主にやってる」
正吾さんは懐を探り、何かを取り出す。それはナイフだった。よく研がれているのだろう、照明の光を強く反射する刃で、僕は目を細めてしまう
「俺はそっちに入ってないからよく分からんけど、多分奴らの結構実力のある方であれば、俺が念入りに計画を立てて奇襲をして、やっと余裕で勝てるような奴がゴロゴロいる」
一応余裕で勝てるんだ……と、僕は結構自信満々にその言葉を発した正吾さんに向けて、少し呆れた目を向ける
「あっ、『Higher of Sword』…」
と、僕は『剣の極』という言葉を、どこで誰から聞いたのかを急に思い出した。僕が発したその言葉に、正吾さんは少し驚いた反応を示す
「おま……よく剣の極の正式名称知ってんな。実はもうすでにあいつらに誘われてたとかそういうオチか？」
「あ、いや…優里さんから少しだけ聞いたので、ちゃんと知ってるのは名前だけです」
「あのシダ植物がか…珍しいもんだな。あいつが剣の極について他人に話すなんて」
そうやって会話をしていると、奥の方からとある人が歩いてきた
「なんだ、いつものメンツがお揃いで。何だか私だけハブられていたみたいだけど」
僕と優は声の主の方を見る。そこには志田優里さんが右手を上げていた。優里さんは、寮において優と隣の部屋に住んでいて、夜な夜な優と何かとゲームをしているらしい。なお、結構正吾さんと仲が良いようだ
「おっ、結構早めのご到着じゃねぇか。シダ植物にしては」
「だから、全国の志田さんを敵に回す気？というより植物ってどこから来たの、私の能力植物と何ら関係ないんだけど」
優里さんは少し呆れながら頭を軽く掻く。少し掻いた直後、優里さんは隣のテーブルにある椅子を近くに寄せて座り、改めて正吾さんの顔を見た
「それで、何の様なの？別にこの後予定があるわけじゃないけど、珍しく正吾が直々に連絡してきたから来てやったってのに……これでもし変な用事だったら喉元掻き切るからね？」
正吾さんを見る優里さんの目は、まるで般若のようで、本当のところはこの後予定があることを物語っているようだった。あまりにもの迫力で、正吾さんは恐れ戦き、縮こまってしまった
優里さんの迫力に縮こまりながらも、正吾さんは恐る恐る口を開く
「えーっとですね……シダしょ…じゃなくてあなたが所属なさっている剣の極についてのことでして…」
「え…なんで？正吾は青憂団に入ってるはずなんじゃ…？」
優里さんは正吾さんが言っていることの内容が読めず、少し困惑を顔に出してしまう。そんな優里さんに対して、こんな状況でひっそりと姿を潜めていた不破形司、僕と優が形兄と呼んでいるその人が口を開いた
それと同時に形兄は僕の肩に手を置く
「この形真って奴が剣の極にお世話になりたいらしくてな」
「いや、別にそんなんじゃ…」
その少しの言葉を聞いて、優里さんはどうやら理解したようで、顔を普通に戻した。こんな少しの会話からある程度察せるとは、流石OWAに所属する良い年の大人なんだな、と思った
「なるほどね……どういうこと？」
「「分かってないんかい！」」
優と正吾さんが同時に大声でツッコむ。優里さんは分かっているような顔をしていたが、すぐに怪訝な顔をし、そう言った。全く、どんなに頭の悪い僕から見ても紛らわしいものである
「あーえっとだな────」
その後、形兄が間に入って必要最低限のもろもろを優里さんに説明した。そうすると再び優里さんは理解したような顔をし、今度は深く頷いた。流石に今度はしっかりと理解できたようだ
「なるほど、そうなると別に私が直々にでもいいけど……そうなると青憂団直属の任務への復帰に関しては、結構遅くなるし…」
優里さんは1人、右手を口に当てて考える。今この場にいる僕含めた4人は特に悩むことなく、悩んでいる優里さんのことを見ている。この様子から察するに、多分この場には優里さん以外の剣の極に入っている人がいないらしい
優里さんは少し悩んだ後、何やら思いついたようで、顔を上げる
「そうだ、あれは…いやどうだろう。今本人がいるか…」
優里さんは再び顔を下げ、眉をひそめて悩み始める。少しすると優里さんは少し疑念を抱いているような顔をしながら頷き、席を立った
「とりあえず今回ばかりは行った方が早い。形真くん、一応優も、暇があれば……行くよ、剣の極、『Higher of Sword』へ」
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どこに行くか分からないまま、僕と優は優里さんの後について行く
その間に、剣の極についていくつかのことを教えてもらった
まず剣の極という組は、青憂団と違って日本に限定される組でなく、世界各国の支部に点在する、世界で最も規模の大きい組織であるらしい。そのため、青憂団と違って組の正式な頭はおらず、各支部の中でも最も力のある者が、実質的なトップについているとのことだ
そしてこの日本支部における頭的存在は、青憂団のトップである龍神狩磨さんと同じで、日本支部の準最高権限保持者である詰白凛という人がトップについているらしい
どうやら、その詰白凛という人は、戦闘面において世界中で見ても誰も寄せ付けないほどの強さを持っているとのことで、どうやら今はその凄い人と会って、直談判するために今歩いているとのことだった
そうこうしているうちに、恐らく目的地であろう所についた
「ここは…？」
「ここは、剣の極が主となって運営している『総合戦闘訓練場』だよ。剣の極が運営してはいるけど、利用者に関しては別に剣の極みに入ってる人が多いってわけでもない。入っていようが入っていまいがここは誰だって自由に利用が可能だからね」
優里さんはそういって入り口を通り過ぎ、受付のようなところに行くと足を止めた。そこにはOWAが誇るらしいAI、アルタがいた。アルタは「どうしたの？」と優里さんの顔を、その小さくかわいらしいような目で見つめる
「アルタ、今から詰白凛さんと話せる？結構急なわけで申し訳ないけど」
アルタはその質問を受け、少し考えたような表情をする。その後アルタは申し訳ないような顔で返答した
「ごめん、今詰白凛さんはいないんだ。ロシアでリューリュさんと実戦想定型合同訓練をしてる最中だよ」
「そう……」
優里さんは残念そうな顔をして、僕らの方を見てくる
「ごめん2人とも、急に連れ出しちゃって。残念だけど今日は一旦お暇させてもらって、また後で────」
「詰白がどうかしたのか？志田優里」
急に僕の背後から結構太い声が聞こえてくる。僕はそれに驚いて身体をビクンと動かし、恐る恐る後ろを振り向く。優はすでに後ろを向いていた
僕が後ろを振り向くと、見たことのある容姿の人が瞬時に目に飛び込んできた
大体30、40歳程度の顔、白いブカブカのパーカーを上半身に纏い、両手をそのパーカーのポケットに突っ込んでいる。目は結構垂れ目になっており、目の下には結構クマが出来ている。顎には薄っすらと髭がある
その人は────
「え…なんで総合的最高権限保持者がここに？」
優里さんはその人を見るとすぐにそう声を上げる
この人の名前は、たしか埋橋龍目といって、OWA日本支部総司令を務めている…はずの人だ。しかし以前正吾さんに聞いたが、どうやら本来はOWA総合的最高権限保持者と呼ばれる世界的に見てもOWAの中で最も強い権力を持っている人らしい
僕にとっては、初対面早々その人に役職をだまされたようなものだった。しかし、真意は分からない
「別に俺がここにいようが迷惑にはならないだろう。で、詰白に何の様なんだ？志田優里、残念ながら今ここに詰白凛はいないぞ」
「いえ…そのことについてはそこのアルタに確認済みです。用は……」
優里さんは、逐一丁寧にここに来た経緯を目の前の龍目さんに対して話した。龍目さんはすぐに理解したようで、「なるほど」と一言おいて、話し出した
「能力を使わない戦闘方を身に着けたいのか……じゃあ俺が直々にやろう」
優里さんは、その発言を聞いて目玉が飛び出るくらいに驚く
「えっ！？マｊ…本当なんですか！？」
「あぁ…大マジだ。今は特に溜まっている仕事も、予定もないしな。今に関しては暇を潰しにここに来たんで、丁度いいもんだ。で、志田優里。一度確認しておくが、主にこの空閑形真をやってやればいいんだな？」
「え、あ、はい。そうです」
「分かった。とりあえず後は俺に任せておけ。これからついてくるか帰るかはお前の自由だ」
そう言うと龍目さんは、僕と優の方を向いた。僕と優がわけもわからず困惑していると、龍目さんは目を動かし、僕と優の全身をなめるように観察し始めた
「え…え？」
「ちょちょ、何々？」
僕と優がその様子に更に困惑していると、龍目さんは観察を終えたようで、僕らの目をしっかりと見つめてくる。その目はどこか機械的で、理由はわからないが引き込まれるような感覚に襲われる
「とりあえず盾石優に関しては特に追加で訓練しなければいけないことはないな。応用がほしいくらいか……一方空閑形真は、なるほど。色々と基礎から訓練しなければならないところがあるな……」
突如と謎に分析されたようなことを言われる。まさか今の一瞬見ただけでそういうのが分かったのだろうか。驚きと同時に、凄いと思った。流石、総合的最高権限保持者と呼ばれるだけはあるのかもしれない
「ついてこい、空閑形真。盾石優と志田優里に関しては、ついてきたかったらついてこい。第三訓練場だ」
そう言うと龍目さんは踵を返し、訓練場の入り口に入っていった。自動ドアが開き、龍目さんはその中に吸い込まれるように、スタスタと中に入っていく
僕はそれを見ると、駆け足で龍目さんについていく。龍目さんはそのまま第三訓練場という表札が壁にかけられた扉に入っていく。僕はそれを確認すると、扉が完全に閉まる直前に身体を横にしてするりと入る
「痛っ！？」
僕が入った瞬間、顔に何か棒のようなものが当たった。そしてそれに驚き、僕は尻もちをついて背中をドアに軽くぶつけてしまった
「あ、すまん。しっかりキャッチできると思ってたんだが……」
「なんか、僕さっきよりも更に舐められました？」
「いや、特に変わらない。ただ…」
龍目さんは僕の困惑した目を見てため息をつく。これは、相当呆れているようだ
「ここに入った瞬間、お前に対する訓練は始まっている。一瞬でも隙を見せたら首にこの木刀を突きつけられていると思え」
言われて僕は気付いた。僕の首には木刀が突きつけられており、その木刀は龍目さんが片手で持っていた
木材の冷たい感触が首筋を伝う。流石に木刀なので首が切られることはないだろうが、ゼロ距離でもこの木刀で気絶させられてしまいそうだった
龍目さんはそうやって少しの間僕の首に木刀を突きつけ続け、そうしてゆっくりと木刀を僕の首から放した。龍目さんは踵を返し、木刀を片手にこの訓練場の中央のようなところへ歩いて行った
「なに傍観してる、そこにある木刀を拾ってこっちに歩いてこい」
僕はその言葉に驚き、さっき僕の顔面に当たり地面に落ちた木刀を両手でつかむ。そして急いで立ち上がり、駆け足で龍目さんについていく
大体の中央につくと、龍目さんは急に足を止めて後ろを向き、僕の方を見る。そして片手で木刀を持って、腕からだらりと力を抜く
「さぁ構えろ。まずはお前、空閑形真のある程度の実力を見極める時間だ」
「え、あ…はい！」
僕はしっかりと力を込めて両手で木刀を握り、刃先を少し離れている龍目さんの鼻先付近に合わせる。構えることはできたが、攻めていいのかも分からず、額に少し汗を流す
「来ないのか…じゃあこっちから行くぞ」
そう言うと龍目さんは地面を勢いよく蹴り、初動もなく僕の方に向かってきた。木刀が大きく後ろに振りかぶられている
僕は木刀による攻撃を受け止めるために、龍目さんを目で追う。運の良いことに、速さはロウルさんよりまあまあ遅く、ある程度は目で追うことができた
ロウルさんとは、僕がOWAに入って初めての任務。イフ教との一件にて一度だけ戦ったことのある人である。その人はあまりにも速すぎて目で追えず、優とは違って一撃も入れられず、一撃も防御することができずに敗北した
そのロウルさんが別格だからなのかは分からないが、速い速度の前例を見ているので実はカラスの件でもどんなに速かろうと目で追うことができた。そして今回もである
「いや無理────」
目で追うことは出来ても、それに反応して行動に移せるかどうかは全くの別物。僕は防御の姿勢を取る間も与えられずに懐に潜られ、龍目さんはそのまま脇腹に木刀の一閃を────
「なるほどな」
僕が軽い恐怖で目を反射的につぶっていると、そう言う龍目さんの声が聞こえた。そういえば脇腹に木刀がぶつけられた感覚もしない。僕は恐る恐る目を開ける
そこには脇腹すれすれ、すんでのところでビタ止めされた木刀。木刀を振りかざしたままの体勢を保っている龍目さんが、僕の眼下あたりにいた
あまりにもギリギリ過ぎて、僕の顔は勢いよく青ざめ、そのまま額には滝汗が流れる
龍目さんはゆっくりと木刀を僕の脇腹から放し、そのまま後ろ歩きで元の位置に戻る。そして龍目さんは独り言をつぶやき始める
「目では追うことは出来ているか……だが反応がいまいち。色々とやりたいところはあるが、まずは基礎だな」
そうして龍目さんは僕の方を向き、口を開いた
「構えろ。これから悪いところを厳しくしていきながら、打ち合いを何度も何度も行う。必要最低限の休み以外は取らない。最速でレベルが上がる最も効率の良い方法だ」
「え…本当なんですか…？」
────────そうして、現在に至る
埋橋龍目「あぁ、忘れてた。小手だ、これ両腕につけろ」
空閑形真「えっと、結構腫れて……手遅れだと思います」
埋橋龍目「……すまん」
