第26話 ATのミスについて
青憂団の研究所に続く大きな扉がゆっくりと開かれた。隣の盾石優はその扉の奥に広がっている研究所を見上げるように見て、特に感情の乗っていないような声を上げる
扉に一番近い不破形司、通称形兄は扉が完全に空いたのを確認すると、そのまま特に何も言わずにその中に入っていく
僕、空閑形真は入っていく形兄と優に、少しだけ駆け足でついていきながら研究所の中に入室した。ここに案内してくれた、青憂団に入っている女の人である菅原究診さんは僕らの後ろについて入る
「あの動物は…」
僕がついて歩きながら研究所の中をキョロキョロと特に興味もなく見ていると、ひときわ大きな檻に閉じ込められていた動物達が目に入った。僕はその動物達を以前見たことがあった
数日前に鍵山正吾さんと共にATという、言ってしまえば動物を違法取引に使用していた組織に潜入したときに、数々の小さめの檻に窮屈そうに閉じ込められていた動物達だった
そう僕が頭の中で思い出して少し驚いていると、後ろから究診さんの声が僕の耳に飛んできた
「その檻の動物達は、全て正吾と形真さんがATに潜入して壊滅させた後に青憂団の後始末を行う集団が回収、収容した動物です。回収及び収容時にこれといったストレスのかかっている動物は少なかったので、ATは管理に関しては良くしていたと考えています」
管理を良くしていた、というのは恐らく動物に対してしっかり管理していた、ということではなく、売り出す商品に対してストレスをかけてしまえば売値が落ちるから、それがないように管理していた、という意味のことだろう
そのまま奥へ奥へと歩いていくと、大きな何かが入っているとても大きな檻が進行方向に立ちふさがった。形兄はそれの間近に行くと足を止め、その檻の中に入っている動物を静かに見始めた
その直後にその場所に着いた僕と優もその檻の中をまじまじと見る
中には大きな黒い生き物が丸くなって動かずにいた。どうやら眠っているようだ。そして僕と優はその見た目に見覚えがあり、僕らは両目を大きく見開いて少しだけ驚く
頭から尾のようなところだけでも2mは裕にありそうで、真っ黒な羽に身を包んだその身体。あの大きなカラスがこの大きな檻の中で静かに眠っていた
「大丈夫です。盾石さんが打ち込んだ数発の睡眠弾と共に、昨日注射した睡眠薬のおかげで当分は目を覚ますことはありません。しかし、やはり主というべきでしょうかね。10箇所、それ以上の銃弾による風穴が空いているというのに、全く肉体そのものには大したダメージが入ってない。一番決定打になっているのは、盾石さんの盾の側面ですよ」
究診さんは大きなカラスを見てそう言う
僕がそれを聞き、改めてカラスの身体を見てみると銃弾の風穴とは全く違う、大きな切り傷があった。あの時見た優の盾と同じくらいの大きさだ
そのまま少しの時間4人で目の前の大きなカラスを眺めていた。その沈黙を破るように形兄が究診さんの顔を見て尋ねる
「それで、調査の結果はどうだったんだ?流石に能力を所持しているタイプだったはずだが」
「ああ、そうでした。中々に綺麗な黒だったもので……どうぞ、これが結果です」
究診さんは懐からA4くらいの大きさの紙を出して形兄に渡した。形兄は両手でそれを持つ。僕と優はそれに書かれいているものを見るために形兄の下へ寄り、その紙を覗く
究診さんは僕らが紙を見ながらも、説明を始める
「結論、このカラスは能力を所持しています。ただ、肉体系の能力は持っていない」
「肉体系の能力がないのか?この体躯で能力がないってことは、これが素体なのか」
「はい、突然変異なのかは不明ですが、今の状態が素であるということは判明しています。能力については、紙にも記載されている通り『カラスの翼を操る』というものの1つが能力になっているようです」
「あぁ!だから下半身とか頭部の半分とかが消し飛んでても、普通にカラス達は飛んでたのか」
優はなるほどといったような顔をしながら、結構エグそうな発言をする。しかし優がそれに気付いていないので、僕含めた形兄らもスルーする
「そして能力に関しては、効果範囲は被害範囲と同等の半径約300m。距離に応じて能力の効果が薄れるということはないようです。恐らく、このままこのカラスを生かしておいたら、被害範囲が広がりに広がり、トップが出動するレベルになっていたかもしれません」
「えっと…今の時期でやれて良かったってことですか…?」
僕の疑問に対して、究診さんは首をゆっくりと横に振る。言わずとも、それが違うということは分かるが、究診さんは口を開く
「いえ、もう少し早ければもっと良かったんですよ。今回の事例に関しては、結局捕獲のために一般人も参戦する事態になってしまった。任務内容の詳細、しっかり見ました?OWAの指針にとって、中々にきつい事態になったんですよ?まあ、結局OWAに関する情報が外部に漏れることがなかったのが唯一の救いなわけですが……」
究診さんは髪を軽く掻く。そうして深くため息を1つつき、僕と優の方を見る
「お二方は、才能があっても経験値がない。正直言って今回のような事例はお二方のようなレベルの経験値の隊員が出動するような事案ではなかった」
「え?じゃあなんで私たちが────」
「今回お二人が任務に行くことができたのは不破さんのおかげです」
そう言って究診さんは形兄を睨む
「不破さんは日本支部の中でも、どちらかといえば強者側に数えられる実力者の1人です。だから2人が行くことに目をつぶったわけですが……当の本人が上手く機能しなかったので、少し見る目を変えたほうがいいみたいですね」
究診さんは再びため息をつく。そして「気を取り直して、本題に戻りましょう」と言って再び口を開く
気を取り直すとはいっても、さっきまでの言葉で僕の心の中には申し訳なさばかりが渦巻いている。優や形兄に関してはよく分からないが、最低限僕は気を取り直せなかった。そんなことは気にされずに話は進む
「今回の事案に関しては、先日のATが関係しています。ATそのものというより、ATの大きなミスによって起因した事案ということです」
「ミス…例のか」
「はい、例のです」
「え?え?ちょ、ちょっと待って、私その例のこと何も知らないんだけど、何それ」
優が例のミスということに反応して2人に対して疑問を投げかける。正直言って、僕もその例のミスのことを全く知らないし、聞いていない。大人間の秘密なのか、何なのかは全く分からないが、普通にどういうことなのか知りたい
「え、聞いてないんですか?てっきり……まぁ、ある程度は想像つきますけど。一応説明しておきましょうか」
究診さんは面倒くさそうに説明を始める。なんだか、この1分くらいで一気にこの人に対するイメージが激変した気がする
「2日前、お三方がカラスとの戦闘にいそしんでいるのとほぼ同刻、監獄への収容が完了したATの頭目である白頭に対し、鍵山正吾隊員による尋問が行われ、それにより以下のことが判明しました」
究診さんは右手を顔付近まで上げ、人差し指を立てた
「1つ、違法取引を行っていたこと。2つ、以前せん……いえ、殉職者が発生したこと。3つ、とある動物を4匹逃がしてしまったこと。この3つ目が今回の事案に大きく関係していることです」
究診さんは右手で3を示し、僕と優へさっきよりも強く向けてきた
今言ったことから予想するに、恐らくその逃がした動物の1匹がこの大きなカラスだということなのだろう。ということは残る動物は後3匹
「えっと、その残りの3匹って何なんですか?」と、僕は不意にその疑問を口に出す。究診さんはその疑問に対して、待ってましたと言わんばかりの恐ろしい速度で返答した。少しびっくりした
「どうやらATが逃がしたのは、他に亀、虎、蛇らしいです。しかもその動物全てにGPSを仕込んでいないので現状の追跡も不可能、何らかの行動に出るのを待つしか方法はないとのことです」
「体躯に関してはどうなんだ、このカラスと同じような体躯をしてるってことか?」
「いえ、どうやら全ての動物がこのカラスのような体躯ではないとのことです。ただ……頭目である白頭の記憶があいまいだそうで、あまり信憑性は……ないです」
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「────だそうだ、良かったな。お前らの罪が加算されなくて」
「ということは、今すぐここから出れるということか?」
「それとこれとは話が別だろうが、事案が別だから無理だな」
ここはとある監獄の尋問室。ここにいるのはOWAの隊員である鍵山正吾と、ATの頭目に当たる白頭、今は正吾による2度目の尋問が行われていた
ただ、今回は尋問が主な目的として行われているのではなく、2日前に起きた形真らによるカラスの捕獲及び討伐任務の結果を報告するために、この尋問が行われていた
「そうか無理か……そういえば、他の3匹についての居場所だとかの目星がついているのか?」
現在、OWA日本支部の約1割の力はとある1つの事案に注がれている。AT、その組織が逃走を許してしまった動物、カラス、亀、虎、蛇の4匹の捜索である
2日前の形真らの任務の戦いでカラスは捕らえられ、現在はOWAの組の1つである青憂団が硬い牢に封じ込めている。残るは亀、虎、蛇の3匹であり、その3匹はカラスと違って早々に行動に移すわけではなく、静かに身を潜めているようだった
今回の事案によりOWA上層部及びOWAに繋がっている界隈の者は困惑、結局OWAの約1割の力が捜索に注がれるに至る。すでに2日経っているわけであるが、一向にしっぽが掴めず捜索は難航。本日の未明に行われたOWA上層部による緊急対策会議において、長期に渡るであろうという結論に至ることとなった
「いんや、全くもって目星がつかん。まぁ、だからそれも聞くために今日ここに来たんだが……その台詞じゃあお前は知らねぇな」
正吾は素早く席を立ち、早歩きでこの部屋の出口である扉に向かいドアノブに手をかける。白頭は静かにその背中を見送るも、正吾は特に気付くことなく扉を開け、そのままその監獄を後にした
「くそっ…やっぱ熱いな」
ここは、ディーサイド岩溜地下最終監獄。通称リアライズヘル、と呼ばれるこの史上最も人権というものが存在しないこの監獄は、ハワイ諸島の火山の地下に存在する、能力を持つ犯罪者を収容するための監獄である
世界には能力をもつ犯罪者を収容するための監獄は、他にもいくつか存在するが、この監獄は一味違う。通称の通り、囚人はまさに地獄を実感することとなる
火山の地下及び溶岩だまりに近いという影響により、どんな時期でも常時室内温度が50度を超え、冷却機能を使用し続けなければ監視員や看守等が熱中症により死亡しやすい。なお、囚人のいる牢屋には冷却機能が搭載されていない
かつ海の下でもあるので正面突破以外の脱獄は不可能であり、正面突破に関しても構造により能力ありきでもほぼ不可能に近い
人権がないというのは、当地獄に収容された犯罪者は、週1のペースで行われる実験に「使用」されるということ。人体的なもの、精神的なもの、能力的なもの、様々な実験を可能な限り行わされる運命にあるからである
軽いものから自ら死を望みたくなるものまで、人の心があるものからこれっぽっちもないものまで。行われる実験の種類は非常に多種多様さまざまである
正吾はこの地獄から外に出ると、青空を見上げて大きく深呼吸をした
「よし…行くか」
正吾はそう言うと、日本支部へ帰還するために歩き始めた
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「刀とか、使えたらいいよなぁ……」
包帯を完全にとることができた右腕、その手を見つめながら僕は小声でつぶやく
ここはOWA日本支部の食堂。青憂団の研究所で大きなカラスとかの話を聞いてから1週間後、僕は怪我がほとんど完治したので包帯を取り、今は軽いリハビリ期間のようなものになっていた
「絶対形兄ってチート使ってるよね」
「だよな、絶対この状況何週もしてるって。同じ人生周回ゲーミングしてるって、絶対そうだって」
毎度恒例、目の前のテーブルでは優対形兄の将棋が行われている。この場には正吾さんもおり、正吾さんは優の味方として参戦している。僕はもちろん観戦である
形兄はいつものように圧倒的に強く、優が攻め入る隙すら全く無かった。そんな状況に、優と正吾さんは形兄に対してケチ付けることしかできていなかった
「そんな戯言吐く暇があったらさっさと次の手を指してくれ。そっちはもう必死、今回の一手で王手を指さないと盾石の負けだぞ」
「く……正吾さん、逆転の一手は…っ!」
「ふっ…」
正吾さんは優からの問いに、まるでそれを知っているかのように、意味深な反応を示した。正吾さんにしては、結構不敵に笑う。優がそれに対して、教えてほしいと懇願すると、正吾さんは自信満々に口を開いた
「ないっ…!投了をお勧めするっ…!」
正吾さんは膝から崩れ落ちる。別に崩れ落ちてはないが、テーブルにその顔面を突っ伏して泣き始めた
くそぉ!とかなんとか言ってる。結構いい年した大人がこんな惨めな泣き方してていいのかとは思ったが、流石にこのあまりにも絶望的な盤面でそうならないのがおかしいので、スルーしておいた
優はその様子を見て軽くドン引きする。優には人の心があるのだろうか?
「うーん…じゃあ、投了で」
優による投了で、この勝負は幕を閉じた。その後、感想戦なるものが開始されたが、僕は将棋に関しては全くの無知なので、参加することも許されなかった
そうして感想戦も終わり、この場の全員が食堂の飲み物を片手に持ってくつろいでいる形になっていた
「形も…将棋しない?」
「えっと…やめとく」
「やっとけば後のことを予測できる力なるもんがつく。そうすりゃ任務で大怪我負ったり、変に失敗せずに終えることができる。結構有用だぜ?俺やってないけど」
正吾さんは将棋をやるべき理由を、それっぽい理由を並べて僕に言った。しかし最後の一言で信憑性がガクンと下がった。改めて、やろうとは思わなくなった
「そういえば盾石、そっちには任務の連絡はいってるか?こっちの方は来てないが…」
「こっちは…おっ来てる。明日からか、今日はまだ半日分あるし、ゆっくりと準備しますか」
「俺も出向いた方がいいか?」
「いや、内容的にカラスの時みたいに苦労はしなさそうだし…まあ私は結構運良いから、死にはしないよ。私1人で大丈夫」
優と形兄は、任務についての会話を始めた。優の返答に形兄は了解を示し、僕に顔を向けてきた
「形はどうだ?あらかたの予想はついているが…」
「多分、その予想通りだと思いますけど……はい、来てないです」
「まぁだろうな。形真は今、能力の使用を制限しなきゃならない状態だし…能力を使わなかったらただのか弱い少年だ。そんな奴に任務を出すなんて、そんなに青憂団の上は腐ってねぇよ」
正吾さんはウーロン茶を口に含みながらそう言う。それに続くように優もカフェオレを口に含むが、どうやら想定よりも苦かったようで即座にコップを口から放した
僕は、コップに入っている飲み物に反射する自分の顔を静かに見つめながら、今後のことを考えた。しかしこれといった良い考えが見つからず、そのまま固まってしまう
それに気付いたのか、優は僕に対して、どしたの、と声をかけてくる
「いや…能力以外にも戦う手段が欲しいなって」
「CG使えば?私でも使えるし」
「前から思ってたけど、クリエイトガンって何?いやまず、そういうのだったら僕の能力でも再現できそうだし…そういうのじゃなくて」
「なんだ、肉弾戦ってことか?」
「まぁはい、多分それです。僕が前回大怪我負ったのはそのせいでもあるので…」
「CRはダメなのか?」
「いや武器の話じゃなくて、戦闘技術のことですって」
正吾さんはウーロン茶をさらに口に含むと、両腕を頭の方に組んで考え始めた。すぐに考えがまとまったようで、組んだ腕をすぐに前に持ってくる
「お前ってまだ正確には青憂団には入ってないんだっけか」
「え、まぁ…いわゆるお試し期間って言いますか」
「そうか、じゃあ話が速い」
そう言うと、正吾さんはスマホを懐から取り出し、どこかへ電話をし始めた。正吾さんのスマホの画面に、「志田優里」という文字が出ているのが一瞬だけだが確認できた
志田優里さんとは、寮部屋が優と隣である女の人で、よく優と夜な夜なゲームやら何やらをしているらしい
正吾さんは「とりま来てくんれい」とか言うと、電話を切って僕の方を見た。そしてゆっくりと口を開く
「『剣の極』って組は、どうだ?」




