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再生のプロローグ  作者: 出落ちの人
憂と剣
23/30

第23話 両腕の痛み

 目の前の人は驚いた顔をしている。僕が急に手をはじいたため、その音に驚き周囲の人もこちらの方を見る。僕、空閑形真(くがけいま)は、僕を助けようとしてくれている目の前の男の人が差し伸べた手を払った


「な、なんで…何して…」


 僕は目の前の人の困惑に特に目もくれずゆっくりと立ち上がる。全身が未だに痛い、未だとは言っても数分前の出来事なので特におかしいわけでもない


 数分前、僕は大きなカラスの突撃に直撃して吹っ飛ばされ、壁に背中を強打した。その痛みが全身を駆け巡り、今は身体の動きを不自由にしている原因となっている


「何しようとしてんだ!そんな状態で何かできるわけじゃないだろ!?」


 特に返答することもなく、僕は出口へと向かう。そして流石にと思い、返答した


「多分、いや多分じゃなくて確実にカラス達は僕を狙ってるから…僕も一緒に行ったらどうなるか…」


「そうか────」


 男の人は何か返答しようと口を開いたらしいが、僕はその言葉に対して特に反応することなく扉を開け、カラス達の前に出る。その直後にカラス達からの集中砲火が僕を襲う


 今僕が能力を使うことができるのは左手のみ。右手に関しては、さっきまでよく使っていたので次からの使用は、右腕の痛みを伴ってしまう。流石にその状況での変形は上手く出来る予感がしなかった。出来たとして腕の骨が複雑骨折するのは避けられない。それだけは流石に嫌だ


「くそっ…!」


 超の超がつくほど全身が痛い。しかしカラス達の突撃を避けるために気合だけで足を動かす


 走って走って走りまくって避ける。自分でもなぜこんなに走れているのかが不思議だった。とりあえず走り続けているとカラス達からの突撃が止んだ。僕も少しでも身体を休ませたいので、カラス達の方に身体の正面を向けて停止する


「はぁ…はぁ……うっ!?」


 やはり身体を蝕む激痛は少しもなくならない。思わず膝をついてしまうが、顔はカラスの方をずっと見据え続ける


 これで目を少しでも逸らしたら、カラスがその隙を見て突撃してくるかもしれない。であれば最低限カラス達の動向を探り、何をされてもすぐに対応出来るように見ておくのが吉だと思ったからだ


(多分もうあの殻に籠る戦法は安定して持たなそうだし。何か、他に…)


 一旦1つ新しい戦法を思いついた。とりあえずはカラス達が突撃してくるのを待つ。しかしこうしてじっと待っていると、全身の痛みで意識が何度も飛びそうになってくる。しかし待っても待ってもカラス達は警戒して突撃してこない


 少し経っても状況は変わらない。僕はあえて目を閉じてみた。落ち着くためということと、逆に隙を作って誘い込むということのためだ。案の定、見ていなくてもカラス達が動き始めたのが分かった


「……ここだっ!」


 目を見開き、握りこぶしにしている左手を向かってくるカラス達の方へ向ける。そして能力を使う。左手の中にあるものは瞬時に変形して壁状になって僕をカラス達の突撃から守る。しかし今回はそれだけではない


「よし、上手くいった…」


 壁の奥でカラスが棘に突き刺さるような音がする。と同時にカラス達のそう、今回の変形はただの壁の生成目的だけではない。壁に鋭い棘を無数に生やし、カラス達を串刺しにしてカウンターまがいのことをする目的で壁を生成したのだ


 一応の確認のために壁を小さくして手の中に収納する。すると案の定、身体に穴が無数に空いたカラスが十数匹ほどぼとぼとと地面に落ちた。前を向くとまだカラスが数十匹もこっちを見ているのが見えた。その数を見てると気が遠くなるのを感じる


「そういや、左手もあと何回だっけ。カメラ作らなきゃよかったか…?」


 こうやってカラスと抗戦する前、そしてカラス達の様子を監視するために張り込むときより前。僕はカラス達の動向を探るためにカメラを能力の変形を使って生成した。しかし、結局カメラの需要も、使うことももうなくなった。正直言って無駄に能力を使ったとしか言いようしかなかった


 そしてこうして今、腕の複雑骨折を警戒しながら抗戦しなければなっている。事実、回数を把握していないために、右腕に痛みが来たことで大きなカラスの突撃に正面衝突してしまった


 しかしそんなことを考えている暇はない。やっと痛みも少しずつ引いてきた間隔もしている。立ち上がって服の誇りを掃う


「よし、左手だけど……そういやあの人たち逃げたかな。とりあえず、左手でもやれるだけやろう」


 まだ足に痛みは残っている。左手を握りこぶしにし、再びカラス達の方へ向ける。カラス達に対して効くかは分からないが、とりあえず挑発してみる。一応言っておくが、僕はその場のテンションで挑発しただけである


「来なよ、カラス。また全身串刺しにしてやるよ」


 どうやらカラス達の心にクリーンヒットしたようで、何十羽のカラス、その全てが僕の方に急降下で突撃して来た。僕からしたら大きな想定外だったので普通にビビって後退する


「ちょ、待、嘘嘘!全部は聞いてないって!?」


 ビビったからなのか、痛くて動きそうになかった足が動き、僕はカラス達の方を向きながら後ろ向きで走っていた。能力の変形はずっと左手で行使中なので、手の中の石の一部分を形兄(けいにい)でいう無数の肉塊のような形にして、握りこぶしの隙間からカラスの方へ伸ばし、カラスの突撃を妨害する


「くっそ、当たらない!なんで形兄あんな当たるんだ!?」


 案の定、こんなことをするのは人生で初めてで、ぶっつけ本番。流石に精度が超がつくほど悪いので、妨害をしているようでほぼ意味をなしていない。しかも妨害に神経を使っているので、後退もしっかり出来ていない


 しかし一応はカラスの突撃に直撃するのは避けれている。だがこの状況をずっと続けるわけにはいかない


「やばい、ジリ貧す…ぎぃ!?」


 後ろ向きに、本来激痛のはずの足を動かしていたこと、後退ではなく妨害に神経をさいていたこと、様々なことが起因して僕は後ろ向きに転んだ。何かに躓いたわけではなかった


 転ぶと同時に、ドンと、背中を強打した。少し、頭も打ったかもしれない


「う゛っ…!」


 自分の中で今まで出したことのないようなうめき声がでた


 背中は、大きなカラスの突撃で強打したばかり。そこにもう一度強い衝撃が加わろうものなら……


 僕はもう立ち上がれなかった。仰向けで地面に倒れたまま、背中の激痛に耐えるのが精一杯だった。聞こうとも思っていない今に、カラス達が鳴き、翼をバタバタと動かしている音が耳に入ってくる


(今度こそ終わったかな…)


 終わりを悟り、覚悟を決めたわけでもないが一応目をつぶってその終わりを待つ体制になった。正直言って転んだことが致命的となって人生を終えるなんてことは、自分で言ってても意味が分からない


「意味が分からな過ぎて走馬灯もないのか…」


 そうやって目をつぶり続ける。しかしいつになってもとどめを刺しに来ない。流石に疑問に思い目を開けてみる。辛うじて首は動かせるので、カラスの方を見てみる


「え…何で……」


 目の前には、さっき僕が手を払った男の人がバットを持って、僕に背を向けカラスに立ち向かうように立っていた。恐怖からか、額には少しの汗が伝っているように見えた


 その人がいることに衝撃を受けていると、今の僕の頭上の方から人影が現れ、僕を脇から抱えて僕を立ち上がらせた。それにも僕は驚き、開いた口が塞がらないまま固定されてしまった。僕を立ち上がらせた人が口を開く


「大丈…生きてるか。よし、あとは私たちに任せて」


 突如のことで訳も分からず、僕は頭の中でクエスチョンマークを浮かべる。てっきり、あの人たちはすでにある程度の距離を逃げているのだと思っていた。そうしたら、僕をカラスから守ってくれ、あわよくばこの場から避難させようとさせてくれようとしているようだ


「任せろって…まさかカラスと…?」


「そうだけど…どうかしたの?」


「いや、あのカラスは────!」


 僕は、僕を掴んでいる人を振り払い、その人の方を向いた。カラスは危険すぎるからそんなことはさせまい、やめさせようと思った。しかし目の前のことに驚き、言葉が詰まる


 僕を掴んでいた女の人の後ろに、10人くらいの人がバットや何やらを持って立っていたのだ。さっき僕が連れられた建物に避難していた人たちの顔ぶれにはいなかったであろう人もいた


「大丈夫か?あんた」

「あっちだと安全だから」

「後は任せな!」「よく頑張ったな」


 その人達が口々にそう僕に対して言う


「次は大人が頑張る番だ。今はその傷をしっかり癒さないと」


 僕を掴んでいた女の人が、僕の肩を軽く叩きながら言った。そうしてぞろぞろとカラス達の方へ全員が向かっていく。僕はその10の背中に対して叫んだ。しかし何故かうまく叫べない


「カ、カラスの突撃は……っ、まともに食らったらっ…!」


「みんなあんたの頑張りっぷりを見てたからさ、大人がやらなきゃ何になるってみんな思ってる。それだけ」


「し、死ぬかもしれないのに?!」


「大丈夫、ここに立ってる大人は全員覚悟できてるよ。ちょっと、遅かったけどね」


 カラスの前に立ち塞がり、僕を最初に守ってくれた男の人が叫ぶ


「よし!みんな、ゆっくりと前進だ。変に刺激するんじゃないぞ!」


 その合図で全員がゆっくりと歩みを進め始める。カラス達はその様子をじっくりと見つめたまま、1匹たりとも動かない。様子を伺ってるのかもしれない。しかし、誰も大きなカラスが頭上からこっちを見ているのに気づいていなかった。僕はさっき仰向けになっていたときに、少し視界の隅に映った気がしたのである程度分かってはいた


 目の前の、前進を続ける人達に対して僕はそれを言おうと口を動かそうとする。しかしさっきの女の人から他の女の人に受け渡され、惨めながらも背負われていた。そしてそのままこの場を背にして連れていかれる


「あ、ちょ、待っ」


 と、僕が言うと僕を背負っている女の人は律儀に止まってくれた。多分年齢的には僕より少し高いくらいな気がする


「待ってって、何?私はさっさとここから逃げたいんだけど…お前の戯言を律儀に聞いてる暇もないよ?」


「…………!?」


(お、ま、え!?ざ、れ、ご、と!?)


 お前と、初対面の人に言われると思わなかったので、流石に目を見開いて驚く。あまりに驚きすぎて全身が痛いことを忘れてしまった


 ……とりあえず言いたいことを言うために口を開く


「あ、え…降ろしていただければな…と」


「あ?はい」


 するとその人はあまりにもすんなりと僕を降ろしてくれた。そして僕に「じゃ、あとは」とだけ言って奥に走っていった。本当に終始訳が分からなかった。僕はその人の背中を見送ったあと、すぐにそこらへんに落ちている小石を複数個手に握り、後ろの方に駆け出した。不思議と痛みと感じなかった


 上を見ると、大きなカラスはすでに降下を始めようとしていた。下にいるあの人達はそれに1ミリも気付いていない。このままだと一気に全員やられるだろう。残念ながら今僕ののどは大きな声を出せないので、僕の能力でどうにかするしかないかもしれない。そのために駆ける


「来た…っ!流石に……」


 そして誰も気付くことなく、大きなカラスは降下を開始した。その図体では想像もつかないほどどんどん加速する


 僕は急停止してそのままの勢いで握りこぶしの右手を前に伸ばし、再び隙間から肉塊的な、触手的な、多分縄を何本も速く、変形をして出来る限り速く伸ばす。しかし、無意識に利き手の右手を使ってしまっていた。さっきよりも大きな痛みが右腕を襲う


「うっ…!?あ゛ぁ゛っ…」


 あまりにも痛すぎて、変形の勢いが落ちる。顔が大きく歪む。その間にも大きなカラスはとてつもない速度で落下中、右腕の痛みに躊躇している場合ではなかった


「き、気合で…何とかなってくれ…!」


 そのまま縄を伸ばし、目の前の多くのカラスに相対している人達の頭上に伸ばす。そのまま大きなカラスが完全に落下する前に、目的地の頭上に大きく伸ばし、展開することが出来た。そして全ての縄を広く伸ばし1つの大きな天井にする


 目の前のカラス達に気を取られていた人達は急に頭上に大きな影が出来て、驚き次々と上を見上げる


 すんでのところで僕が作った壁に大きなカラスがぶつかった。瞬間に天井をさらに厚くする


「お、重い……っ!」


 大きなカラスの突撃は強く、貫通しなくともその勢いで天井ごと持っていかれる勢いだった。僕が倒れるとドミノ倒しの要領で壁も落ち、あの人達の全員が天井の下敷きになって本末転倒になってしまう


 変形で天井と、僕の右手の中にある変形基の物体を繋ぐ縄的な部分を上手く変形し、天井と僕が勢いで持っていかれることがないようにする


 そして少しその勢いが落ち着いたその瞬間、天井を一気に縮めて大きなカラスを捕縛。その後、イフ教の一件で男の人を全力で殴ったときと同じような変形方法。縄的な部分を、虹を描くように変形し、捕縛した大きなカラスを振り上げる


「うお……らぁっ!!」


 あとは自分の力で、勢いをつけて大きなカラスを地面に叩きつけた。ドオオオンと、地面に叩きつけたときの大きな音が響く。そのまま地面がゆっくりと大きく震えた


 縛られ、受け身的なことも出来ない状態だからか、大きなカラスはうめき声のような、よくわからない鳴き声を発する


 後ろから他のカラスの鳴き声が聞こえる。威嚇しているような鳴き声が徐々に近づいてきていた。後ろをすぐに向けるはずもなく、とりあえずのところで移動し、避ける。しかしそのせいで、さっきまで右手で掴んでいた変形元の物体を手放してしまい、大きなカラスが自身を縛っているものを破壊する余裕を与えてしまった


 そして大きなカラスは自由の身となって飛び上がる。その顔は僕の方を向き、睨んでいるようにも感じる


「やべ、せっかく捕まえたのに…」


 そんなことを悔やんでいると、そんな隙を与えまいというようにカラス達が突撃してくる。運よく1回、2回、3回と避けることができたが、4回目で足がもつれてしまい体制が崩れる。そして5回目が突撃してくる


(やばい…っ!直撃────)


 とその瞬間、目の前に人が現れ、カラスをバットで打った。バットが折れて犠牲となったが、カラスはその打たれた衝撃で吹っ飛び、地面に落ちた


 僕が驚いて目の人を見ると、さっき僕を守ってくれた人だった。3度も僕を守ってくれたのだ


「すまん!こんなにいて上のデカいのに気付かず…また戦ってもらって」


「い、いや…本来僕がもっとちゃんとしてれば……皆さんはただ逃げるだけで済んだのに…」


「そんなのはもう終わったことだ。今はひとまずこの状況を全員で切り抜けるんだ」


「…はい」


 僕はまた新たに適当な小石を拾い、鉄の棒に変えて目の前の人に渡す。その人は「助かる」とだけ言って受け取り、静かに握って構えた。僕も今度は左手に適当な小石を持って変形し、臨戦態勢に入っておく


「痛っ…」


「大丈夫か?」


「あ…はい、大丈夫です」


 左腕にもついに痛みが来てしまった。この感じだと今回の変形で左腕も使えなくなりそうな雰囲気だ。やるならこれがラストチャンス、今度は最低限大きなカラスだけでもしっかり仕留めておきたい


 他の普通サイズのカラスについては、今ここで一緒に戦ってくれている人達。あわよくば優や形兄が何とかしてくれるかもしれない。だから最低限、形兄の言っていた主であろう大きなカラスだけでも自分で処理しておきたかった。自分のケツは、自分で拭かなければならない


「ラス1……やろう」


 そう言うと、僕は少しずつ歩を進めだした。進みながら、僕自身が今持つ手札を確認し始めた


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