第18話 足元からの鳥
僕、形真は少し遅れて形兄と優とOWAの食堂におけるいつもの奥にあるテーブルにて合流した。少しとは言えど、みんなの前からいなくなっていたので、2人は最低限の心配をしてくれていた
「何も言わずにいなくなったから驚いたよ。まあ特に何もないのならよかったけど」
「まあ…うん、大丈夫だよ。ただ話したいことがあっただけだし」
「え?話したいことってな……いや、何でもない」
優は何やら言葉を飲み込んだ。優にしては珍しい。が、僕は特に詮索しようとは思わなかった。多分、ロウルさんから静かにキレられたのが結構片隅に残っているのだろう。そう思ったからだ
「とりあえずみんな揃ったし部屋戻ろ、ほら言ってたじゃん。要害加る・・ん?加乱……か……」
「要害だけでいいだろ」
「あ、そっか」
どうやら青憂団の幹部である要害加乱苦郎さんの下の名前がなかなかでないようだ。まあOWAに来て要害さんほどの長々しい名前を見聞きしたことはなかったので、少しは仕方がないのかもしれない
「で、その要害さんが今日は休めってみたいなことを言ってたからさ。その言葉に甘えて今日は明日明後日に備えて早めにゆったりしよう?」
「……そうだな。明日突如任務が降りてくるようなことがあった場合、今日無駄に体力を使っていてはやりようもないしな」
「僕も、ちょっと気張りすぎたし……」
「形真は今回何か話したのか?記憶だと何も口に出していない気がするんだが…」
「ま、まあまあ、無言のほうが気張るってことあるじゃん。とりあえず戻ろ戻ろ」
いつも通りド正論で僕の心が少しばかり抉られてから、3人全員で帰る準備を始めた。全員が席を立ったところで優が「あれ……?」と言って話し出した
「そういえば誰か忘れてない?一緒に青憂団のところに行った気が……」
「鍵山正吾、俺のことを忘れてんだよ」
優の背後に突如、正吾さんが現れた。そういえば青憂団の拠点の入り口で別れたあと、一度も見ていなかった気もする
「あ〜正吾さんか。ねえ正吾さん、正吾さんって何処にいるか分か…ん?」
「いや俺…あ?」
その場の全員が首を傾げ、形兄だけ深いため息をついた
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部屋に帰ると僕はベッドに、形兄は向かいの椅子に腰かけた。少しして形兄はあきれた声で言った
「お前結構堂々と居るけど、この部屋の住人でも何でもないだろ。なんで居るんだお前」
形兄は一緒に付いて来て部屋に入り、床にすぐに座った正吾さんに対していつも通り冷たく接する。そういう僕も実際は居候である。到底言えた口ではない
「何でもないわけでは無かねえか、一応隣人なんだし」
正吾さんはそう言って形兄の冷蔵庫から(勝手に)拝借したペットボトルのコーヒーを勢いよく飲み始めた。いや流石にこれほどまでのことは僕でもしないと思う
「プハァ、うめえ……んで、体験することにしたんだろ。このままストレートに入る感じか?まあ、優はそうする気満々っぽいが……」
「僕はそこまでは…あっ、そういえばちょっと疑問なんですけど……」
僕がそう言うと正吾さんは飲んでいたペットボトルに蓋をし、聞く体制になった。僕から質問するのが珍しいにもほどがあり、正吾さんからしたらどんなものが飛んでくるか分からないからかもしれない
「その……OWAって警察だと対処が無理なのが任務になるわけじゃないですか、そんな組織の中には派閥があって・・イメージですけど、派閥そのものはOWAで力を確固たるものにしたいってことが多い気がするんです。だとすれば派閥から見れば少しでも多く戦力的なのが欲しいはずで……」
「まあ、なるほどな……」
「……だから体験入団っていうのは建前で、実はその期間が終わったら即強制入団!っていうようなことが起きそうな感じがして・・考えすぎですかね」
僕の疑問を特にまじまじともいえない雰囲気で聞いた形兄と正吾さんは少し笑った。僕は形兄の笑った顔は見たことがなかったのだが、正吾さんは少し笑った、といえるわけではないくらいの中程度の声量で笑ったので吹っ飛んでしまった
「「考えすぎだ」」
まあ…そんな気がしてはいたが、2人が声をそろえて言うということは中々に的外れのようだ
「別に組ごとの人数競争はねえよ。政治と違って組の所属人数が権力に直結するこたぁない。OWAは権限をトップに集中させるってどこかで決まってたんじゃなかったか?まあ日本支部内だとまともな方な狩磨と詰白凛しか真面目にやってないらしいからな。俺は後者のほうは知らんけど」
権限……いわゆる権力的なのがトップの3人にあるというのはついさっき聞いた。ただ詰白凛という人が(正吾さんが知らないだけで)真面目にやっているというのは初耳の情報で少し驚いた。てっきり狩磨さんしかしっかりやっていないと思っていたのだが───と、形兄も続いて話し出す
「権限が集中している代わりに独裁性がトップ層に存在しないのが唯一の救いだ。歴代のOWAのトップを調べたことがあったが、あくまで戦闘面での力はあるだけで、組織の権限は欲していないというのが全支部で共通していた」
「へー、なんで?」
「なぜかは分からなかったが、恐らくそれがOWAという組織が今まで続いてきた要因なんだろう。形真は知らないだろうが、最低限正吾も知っての通りOWAは100年、200年、国際戦争というものが存在する前に設立されている説があるほど長い。歴代のトップには直接敬意を称したい」
「へ〜、すげえな。形…形司がそこまで調べてるのは初めて聞いたな、珍しい。色んなことに興味なさそうだったのに……」
「歴史学に興味があったことが一時期あった。これはそれの名残といったところだ」
正吾さんは「へー」と言って、ペットボトルを再び開け、今度は静かにコーヒーを飲んだ。正吾さんの口から小さく「苦っ」と聞こえた
─────────2日後─────────
食堂にパチン、と将棋の駒を打ったときの音が鳴る。前は形兄の部屋で優と形兄が打ち合っていたのだが、今回は盤を食堂に持ってきて打っている。正吾さんは優の隣に座り、まじまじと観察している
「よし……角の斜線も切れてる、守りも固めた、じゃあ……攻める!」
優は棒銀という攻め方を取って、攻め始めた。形兄は静かに指し手を観察しながら駒を打つ。そんな様子を見て形兄の隣に座っている志田優里さんが言う
「よく分からないんだけど、優って将棋好きなの?最近毎夜毎夜私と打ち合ってるけど……表情的には好きっぽくもないような……」
「今はいいでしょ……えっと、王手!」
優が飛車を持って打った一手を全員が見る。正吾さん的には「お、良いんじゃね?」と良い一手のようだ。対照的に形兄は冷静に言い放つ
「王手か、前よりは良くなってるな。ただそこだと…はい、ただで駒を取れる。桂馬の存在を忘れてたな」
「あ”〜悔しい、最近こんなミスばっか……ねえ、形兄だけじゃなくて優里もさ、何でこんなに将棋とかゲームとか強いの?最低限レスバだったら優里に勝てるんだけど───」
優が話している最中に形兄のスマホが2、3度鳴る。形兄が右ポケットからスマホを取り出して開き、新規の通知を確認する。少しの間眺めると、スマホの画面を僕たちの方へ見せた。優、正吾さん、優里さんの3人がそそくさと集る
どうやら送り元は青憂団のようだ。しかし3人に遮られ、他の詳しい情報が書かれている部分がよく見えない。しかしそんなことは誰にも知られることはなく話が進む。優が最初に声を上げた
「え、これって街中に行けるってこと?」
優が形兄に質問する。その声色は少し踊っていた
「まあ、行けるんじゃないか?ただ、対象の鳥を見つけるまでにどれくらいの自由時間があるかだな。鳥がすぐに行動を起こしてしまえば自由時間が即消滅するわけだが───」
「っ~~っしゃあ!色々行くぞ~、まずはコンビニでしょ、アイスとジュース……あ、100均にも行って、とりあえず一旦買い溜めしよっかな……」
行こうと思うところを指で一つ一つ数えながら、1人でブツブツと何かをしゃべっている優に対して、正吾さんは少し引く
「なんか……結構現実的だな、買い溜めなんて。若めの奴らってファストフードとかカフェとかよ、映え意識で行くとこ決めるんだと───」
正吾さんの隣にいた優里さんが正吾さんの頭を軽く叩く。正吾さんは「あだっ」と言って叩かれたところを右手で押さえ、少しよろめく。すぐに正吾さんは優里さんの方を向き、言う
「おいなんだよ、俺特になんも…………すまん、ああ悪かったな」
正吾さんは優里さんの顔をしっかり見ると、顔を曇らせて急に多分良い意味で態度を変えた。どんな顔をしているかが分からず、僕も優里さんの顔を見る。が、今の僕では誰かの顔を見て、その人が何を訴えようとしているかは分からないので、読み取るのは諦めた。ただ、優里さんが正吾さんを睨んでいる、ということは分かった
僕が持っている方のスマホを確認するためにポケットを探る。スマホを見つけて取り出し、電源をつけるとゆっくりと画面が光る。特に新しい通知が来ているわけではなかった。OWAからも、他の誰かからのも
あの日、スウェルさんとロウルさんの一件から、一度も僕のスマホにOWAから任務などの連絡の通知が来たことはない。多分、今回も形兄に来たということはちゃんとしたのは今後もほとんどないのかもしれない。そう考えると少し悲しくなった
「どうしたの、何か新規の連絡でも来てる?」
僕がスマホを特に何もすることもなく眺めているのを見て、優里さんが僕に声をかけた。周りを軽く見渡すと、優里さん以外の3人の全員がすでにいなくなっていた
優里さんは、僕がよく会っている形兄、正吾さんを含めた大人組3人の中でもとりわけ面倒見がいいように感じる。根拠は、優を結構飼いならしているからだ。普通の優だったらあんなに夜な夜な毎回ゲームをしようとしない。優が誰かに、ましてや大人に懐くなんてほとんどない気がする
「あ、いや特に新しいのはないです。えっと…みんなは……」
「みんなついさっき各自の部屋に戻ったよ。優と形司は出発の準備、正吾は…まあみんな解散するからだろうね。やっぱりあいつはマイペースだよ……」
「そういえば……優里さんってどこか所属してる派閥ってあるんですか?」
「私?まあ、「Higher of Sword」、「剣の極」ってところには所属してるけど、あくまで表面上だけね。そこからの任務は受けてないし、基本は実戦訓練とかしかやってない……かな。それがどうかした?」
「あ、いや…ただどこに所属してるかを聞きたかっただけなので……」
「そう…とりあえず早くみんなの所に行った方がいいかもよ。準備ができたらすぐに出発するらしいから。じゃ、私は打ち合いの訓練があるから、頑張ってね」
優里さんはそう言って僕に背を向け、歩いて行った。さっきまであんなにワイワイしていたテーブルに、もう僕1人しかいない。一度スマホの電源を切り、腕を伸ばしながら席を立つ
形兄のスマホに通知が来たということは、おそらく────のではないだろう。そうでなければ僕のスマホに通知が来るはずだ。今回の任務もそれには関係はない。だが、何事も経験は大切だ。それに今回のが関係なくとも、関係があっても、少し遠回りをしてみて経験値を少しずつ積んでいくのは、のちに何かに役に立つ。そう言われてきた
一旦その考えに従ってみるのもいいかもしれない。そう思い、ゆっくりと食堂を後にした
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隣で優が勢いよく深呼吸している。何度も何度も、たくさん深呼吸している。少しすると、満足したのかグググっと羽を伸ばし勢いよく脱力した。脱力した勢いで少しよろめく
「はあ……久しぶりだあ。こんなにちゃんと外の空気味わうの」
あの後僕が寮に戻ると、形兄と優は準備が終わっているようで、入り口に立っていた。形兄は能力を行使するのに使う指を隠すための手袋を着けていた。優は色々と優は買うために少し大きな肩掛けバッグに、色々なマイバッグを入れていた。エコ思考らしい
僕が寮に着いたときにはもうみんな出発する直前なのもあって、僕は最低限の荷物、スマホと小さなショルダーバッグの2つのみを持ってきていた。一応財布は持っている。そういえば、優はお金は持ってきているのだろうか、優の持っているバックからは財布が入っていなそうだ
今、僕ら3人は最近ではなかなか来ないような結構都会的な場所にいる。言葉の通り久しぶりということで優は何度も深呼吸していた。優にとっては幸せかもしれないが、僕からしたら、人込みが嫌い。しかも頭が痛くなりがちなのであまり来たくはなかった。が、任務となっては仕方がない
「やっぱり早めに着きすぎたか……青憂団側が指定した時間より2時間くらい時間があるな」
スマホのロック画面を見ながら形兄は言う。隣の優は不敵な笑みを顔全体に浮かべながら、「ということは……」と言い、さらには少し優にしてはキモイ笑い方をした。次の瞬間ガッツポーズをして言い放った
「2時間の自由時間……!予定通り、買い溜めとブラスアルファだーっ!」
そう言い放った直後に優は猛ダッシュで走り去った。2時間のほとんどを買い溜めで使いそうではあるが、優はもうここにはおらず、今は言えなかった
「えーっと、形兄は何を……」
「基本はあいつの付き添い、隙を見て自分自身の買い物だな。あんなにはしゃいでるんだ、下手に色々と口が滑られるのも面倒くさい。とりあえずは、見ておかないとな。あとは……聞き込みだ」
形兄もゆっくりと優が行った方に歩いて行った。自由時間、僕はその合間で何をするか考えていなかったので、何をするか考えるために、歩道の真ん中で1分程度立ち止まった。日曜の真昼間ということもあり人通りが多く、考えている最中に数人とぶつかってしまった
結局、自由時間で何をすればいいか分からず、スマホで連絡を取り合いながら形兄と一緒に行動するためにその場を小走りで去った。自由時間に限らず、任務についても分からないので一緒に行動した方が後々いいからだ
「形兄のとこに行くには、ここを右に……あ痛っ、あ、すみません。しっかり前を見てなくて……」
スマホの画面で行く場所を見るのに精いっぱいで、曲がり角で人とぶつかり転んでしまった。すぐ立ち上がって謝り、相手の方を見ると、相手の方は転んではいないようだった。どうやら男の人っぽい
「すまない、儂もよく見ていなくてな。いつもなら避けれたんだが……その様子を見れば大丈夫みたいだな。それじゃあ、双方気を付けよう」
一人称が儂……なかなか聞くことのないタイプの一人称なので少し困惑してしまった。僕が困惑しているうちに、相手の男の人は歩き始めており、すでに僕の後ろの方に行ってしまっている
しかし、それからは特に1分も時間が経っているわけではないので、もう一度謝るのも兼ねて聞きたいことを聞くために、後ろを向いてその人を探した。後ろには人込みがあった。人込みと言っても10人程度の疎らな込み様だ。だが、その中にさっきの男の人の姿は無かった
あの人は、一人称が儂という割には(顎髭は多いが)比較的若めの顔立ちだったし、ボサボサに伸びた髪もあった。創作物でよく見るような典型的なホームレスの例である、ボロボロな衣服も着ていた。たとえ人込みに飲まれていても、すぐに居場所が分かるような容姿のあの人が
見つからないなんてあるのだろうか
しかし、そんなことに長々と時間を使う意味は特に無い。あの人が何か罪を犯したわけでもないし、恐らく今回の任務はあの人に直接関係するものではない……はずだ。今すべきはこの角を曲がって進み、形兄と合流することだ。こんなところで時間を食ってはいられない
色々と心にもやもやしたものを抱えながら、形兄がいるであろうところに向かうため、足を動かしだした