第17話 青憂団
「あの・・紹介も何もまず組?っての説明が・・・」
「いや、それを今軽く説明しようと思ってたんだが・・お前国語力雑魚だろ」
しっかり図星で僕は全く言い返せない。僕は学校のテストで、国語で30点以上を取ったことはない。まあ他の教科も50点超えたことはほとんどない。僕が自分の能力の上手い使い方が、スウェルさんに教えられるまで分からなかったのは多分そのせいだろう。理解力も想像力もない、能力を使う1人の人としてかなり致命的なことなのかもしれない
「お前がバカな部類なのは良ーくわかった、だからバカでも理解できるように例え話を交えて教えてやろう」
正吾さんはそういうと口を一文字にし、黙り込んだ。少しして助けを求めるように形兄へ顔を向ける
「あー・・何から話しゃいい?」
「お前もバカだな。どんなのなのかとか、種類とかからでいいんじゃないか」
「ほいほい、俺もバカの一員ですよっと。そういうのから説明すればいいのか・・・」
正吾さんの発言に、まるで昨日のようにものすごく頼りになるような人っぽい雰囲気は一切感じられない。多分、仕事になるとスイッチが入って別人のようになるような人なのかもしれない。または、僕がバカなだけで実は全く変わってないかも・・・。そうこう考えていると淡々と説明が始まった
「まず理解してほしいのは、組っていうのはあくまでも通称のなかの1つに過ぎないってこった。それっぽい呼び名であれば別にいい」
「それっぽいって、チーム・・みたいなのでも?」
「そそ~、俺は一番効率がいいから組って言ってる」
「効率ねぇ・・文字数が少ないから、をそれっぽく言っただけだろ?まずそう言ってるのお前しか見たことない」
正吾さんの説明に水を差すように形兄は言い放つ。それに反応して正吾さんは何やらまくし立てているが、その様子を見るに形兄はナチュラルに水を差すような性格のようだ
「まあそんな話は置いといて・・とりまどんなもんなのか、組ってのは言ってしまえば部活みたいなもんだ」
「あの・・僕今までずっと帰宅部なんですけど・・」
「そうか、でもそういうやつでもこのシステムは分かる。OWAには3つの部活がある」
3つ・・そういえばさっき2つと言っていたような気がする。が、そこについては何も触れられないのであんまり関係ないのか、言い間違えただけなのかもしれない
「1つは陸上部、人気満載で大量の部員が入る。1つは美術部とか吹奏楽部、陸上部には劣るがまあまあ人気なもんでぼちぼち人が入る。最後の1つは囲碁将棋部とか写真部だな、ああいうのは訳が分からなくて入る奴がほとんどいない。つまりほぼ存在しないと同義、ってことは2つの部活しかないってことだな」
さっき2つと言っていたのはこれだからのようだ。最後の3つ目のチームは、外面がひどいのか内面がひどいのか、はたまた決めつけられた印象が悪いのか、何にせよ「ヤバそう」ということは分かった。と、1つ僕の頭に疑問が浮かんだ。反射的にそれを口にする
「あの・・帰宅部でも分かるってのは・・」
「そう、それな。そいつはだな───」
「やあ正吾、それに形司。調子はどうだい?優里は・・いないようだね」
正吾さんの後ろに人が急に現れた。170cmくらいはありそうな身長に少し低い男っぽい声、だが素顔は仮面みたいなものを被っており分からない。実際は急ではないだろうが、最低限僕は気付きもしなかった
「おぉ、いいところに来やがったな汚水野郎。なんも知らねえこいつに組について説明してたんだ」
「へえ、団を・・彼に対して、正吾が?君が誰かに教える側に回るなんて珍しいね。いつもは形司に教えてもらう側だったのに」
その人は小さく笑う。正吾さんは少し舌打ちをし、不機嫌そうな顔をする。うすうす感じてはいたが正吾さんは結構キチガイの部類に入るタイプの人間なのではないだろうか・・・。僕らをさくっとああいうのに巻き込んだり、その他諸々含め
「そんなことはどーでもいいだろうが今は。まあいいか、とりま双方自己紹介からだろ。じゃまずはお前だ、形真」
「え、あ・・空閑形真です。OWAに入ったのは一週間くらい前・・だと思います」
「空閑、ねぇ・・」
目の前の人は僕の苗字をつぶやき、少し顎に手を当てた。僕の苗字に既視感があるのか、まるで自身の記憶の中を探っているような雰囲気をしている。何なのか分からず僕がその人の顔ならぬ仮面を見ていると、その人はそれに気づいたらしく、はっとして僕らのほうを見る
「あぁ、すまない。少し昔の記憶に浸ってしまった。自己紹介だったね」
そういうとその人は軽い咳ばらいをし、握手するために右手を出してきた
「私の名前は龍神狩磨。団の1つの「青憂団」の統制を務めている。多分、名前だけなら聞いたことがあるかもしれないけど。よろしくね」
聞いたことのない名前だ。僕は差し出されたものは本能的にとってしまうというよく分からない性分なので、頭に?を浮かべながら狩磨さんの手を取って握手を交わした。ここ一週間近くで見聞きした名前の記憶をたどってみたが、その中に龍神狩磨という名前は1つもなかった。本当にこの人は誰なんだろう、仮面の下はどんな顔があるんだろう、という考えが頭を巡り、さらによく分からなくなった
「正吾、彼に団ごとの説明はしたか?」
「いや、そこまでは・・・」
「であれば、団ごとの拠点に案内しよう。ついでに歩きながら概要も説明しておくよ」
そういって狩磨さんは後ろを向いて歩き出す。それに正吾さんもついて行ったので僕もそれに続く。狩磨さんが数歩先に進んでいる隙に、僕は疑問に思っていたことを正吾さんに聞く
「あの・・狩磨さんって、有名な人なんですか?」
「あぁ、汚水野郎か・・あいつは日本支部のトップ3人のうちの1人、その中でも一番のやつだ」
トップ、あの時形兄も言っていた、OWAにおける凄そうな人。が、あくまでそれは僕の妄想でしかなく、実際のところは何も知らないし、聞いたこともない。だが、今が一番聞くのにいい機会だと思い質問する
「トップってどんなのなんですか?今のところ何も知らないんですけど・・」
「トップについてってことか、あーたしか・・正式名称が「OWA各国地方支部準最高権限保持者」って感じな名前だったはずだな」
「準だとトップじゃないんじゃあ・・・」
「いんや、実質的にトップなはずだ。OWAの世界の総合的な最高権限は埋橋龍目ってやつが持ってるんだが、大体のOWA隊員、俺も含むほとんどがそいつの最高権限保持者っぽい行動を見たことがない。日本支部のトップ2と同じくらい謎なやつだ」
埋橋龍目・・・聞いた、いや会ったことすらある。このOWAというところに来た直後に、子供っぽい男の人に渡された紙を渡した。そういえばその時に龍目さんという人は自身のことを日本支部の総司令だとか何とか言ってはいたが、何か騙されたのだろうか
「んでもってそのチップ野郎が仕事ほぼしてねえから実質準最高権限保持者がトップに立ってる。んでもって今目の前にいるこいつがトップオブトップと名高い、事実上日本支部最高権限保持者。龍神狩磨、いわば水の神だ」
水の神、ということは狩磨さんは水の操作をする能力持ち。しかも「神」とまでついているのだから相当能力の使い方が上手いということだろう。しかし、普通は初めて会ってみてすぐわかるようなものではないが、トップと感じれるような雰囲気がこの人からはしない
そこを言うと形兄や正吾さんからもOWAの「先輩」といった雰囲気は、正直言って微塵も感じられない。なぜそんなことを考えているのかというと、僕は先輩後輩という関係性が嫌いなタイプなのでOWAは楽にいれるところではある
「じゃあトップの他の2人は・・どんな人なんですか?」
正吾さんによると日本支部のトップは3人、そのうちの1人が狩磨さんだとすると僕があっていない人が2人もいることになる。正吾さんは「他か・・」といって少し回答に渋る。10歩歩いたくらいで思い出したように面を上げる
「そうだな、他の2人は汚水野郎よりも自由奔放、本当にOWAの隊員なのかってレベルで活動をしていないっぽいもんで俺も会ったことはあるがよく知らねえ。名前は・・吹矢カザナと、詰白凛だったかな・・どっちも女だったんじゃないか?」
性別については正直どうでもいいが、トップなのに他2人がしっかり機能していないということを聞くと、この組織の安全性が結構心配になってしまう。ただ、優が都市伝説じみたものが好きでよくそれ系の動画を見せてもらうことがあるのだが、OWAのようなものがあるというような趣旨の動画は見たことがないので、結構情報漏洩については心配はいらないのかもしれない
「さあ着いた、ここがOWAの陸上部。私がトップに立っている青憂団の主要拠点だ」
拠点にしては周囲となんら変わらない扉、何の変哲もない自己主張性の全くない壁、圧倒的質素と言わざるを得ないような外観で、とてもこれが人気の団であると言えるのか少し心配になった
「質素に見えるだろう、実際そうだから否定はしない。ただ、ここは拠点と言ってもあくまで活動場所じゃない。うちは結構いろいろなことをやっていてね、この拠点の広さじゃそれら全てを格納して行うことができるような立派な広さを持ってるわけじゃない、そこでここはみんなで和気あいあいとくつろぐところにしてもらいたくてこういう形をとっているんだ」
狩磨さんは扉をゆっくり押した
「さあ、ようこそ。我が青憂団へ」
それにつられ、僕と形兄は入っていく。しかし、数歩先を歩いていたであろう正吾さんは気付くと僕らの後ろにおり、入ろうというそぶりを一切見せなかった
「おい正吾入らないのか・・ああ、そういえばお前拠点が嫌いなんだっけな」
形兄がそういうと、正吾さんは重々しくうなずく。その顔は少し歪んでいた
「まあ・・な、今でも好きにはなれないし、好きになんかなりたくないね、あの空気感は。俺は食堂のあの飯のにおいがするところのほうがいい」
正吾さんはついてきたにも関わらず後ろを向いて帰っていった。と思ったが、急に足を止め何かを思い出してこっちを向いた
「そういや、優も連れてきたほうがいいか。どうせあいつも無所属の1人だろ、じゃあ連れてくるから先に入ってろ」
────────優を郵送中─────────
今、右の真隣には目をキラキラと恐ろしいほどに輝かせている優が座っている。そして左の真隣にはいつも通りの無表情さの形兄が座っている。そしてその間に座っている僕
左右で見えるものが違いすぎて、まるで晴れと雨の境界線にいるような感覚がする。優は正吾さんに郵送される際に、初期の説明でされなかった軽い補足、分かりやすい説明をしてもらい、どうやらものすごく楽しみにしているようだった
向かいには狩磨さんと、タバコを吸っている中年風の男の人が座っていた。その男の人はタバコのせいなのか若干やせ細っていて、体調が良さそうにはほぼ見えなかった
その人は、白い煙を口からゆっくり吐き出すと、灰皿にタバコを押し付け僕らの方を見た
「始めまして、狩磨に聞いているかもしれないが自己紹介をしておく。俺は青憂団の幹部、および参謀を務める要害加乱苦郎と言う。基本的には狩磨に代わり、当団全体の指揮取り、他幹部との報連相等の連携、あとは細かな雑用を任されている」
自身を要害と名乗った男の人は再びタバコを吸い、白い息を噴出した。その煙の強烈な臭いが鼻に侵入し思わず顔をしかめてしまった。優は咳を何度かし、形兄は顔の前で手をパタパタと振っていた
「ああ、申し訳ない。いつもの癖でな、タバコを吸うのが日課になっているんだ。そうじゃなきゃ色々とやっていられなくてな。それで、入団についての説明から始めたほうがいいか?」
要害さんはタバコを灰皿に入れると狩磨さんと僕らの方を交互に見る。狩磨さんは2、3回首を横に振った
「いや、この子らはうちに入団するとは決めてない。あくまでも今回は説明を受けに来たといったところだ。そうだね?」
「そう・・いや、私はある程度決めているつもりだよ」
「そうか、ではそちらの形真くんは?」
「あ、えっと・・・、まだ僕の中で団?っていうのがあまりはっきりしてなくて・・」
「そう・・じゃあ今回はかなりいい体験になるんじゃないかな───ん。おっと、龍目さんからか。すまない、私は席を外す。うちは君たち2人とも大歓迎だから、一応形司もね。いい答えを待っているよ」
狩磨さんはあっさりとこの場から立ち去ってしまった。要害さんはこの状況でもいつも通りのことのように涼しい顔をして「さて、何から話すか・・・」と呟いていた
「基本は正吾に教えてもらっだろうし・・そういえば各団が何を主軸として行っているかは知っているのか?いや、正吾ならしないだろうな・・、そうだな、今からこの団の主軸の説明をすることとしよう」
「んぇ?主軸、ってことは目標とかなにしてるとかってこと?」
「そう、そんなところだ」
この青憂団というのは、「不条理な能力者を無くす」という目標の元、OWAの能力研究の大元を担ったり、所属する能力者と連携して潜入調査および組織瓦解の達成を主な活動としているとのことだ
「潜入調査については、正吾と共にそれを経験しているから説明は要らないだろう。能力の研究は・・能力歴史学とかで習ったことがあると思うんだが、能力学の始祖であるロウワージ卿もOWAとの接点を持っている」
ロウワージ卿。能力というものをしっかりと学んでいればその名を知らぬことはないほど世界で有名な、20世紀に世界で初めて能力の研究を始めたとされる世界最高の能力科学者の1人。そう習ったのが小学生の時、今になるまでずっと授業でこすり続けられている名前の1つだ
そんなすごい人と接点があったとすると、このOWAという組織はいつ頃からこの存在しているんだろう、という疑問が浮かんできた。少なくとも20世紀以前、100年前には存在していることになる
「そして研究そのものはロウワージ卿が行っていた研究方式を基礎として、こことはまた別の場所を当支部の最高権力者から頂いて研究をしている」
最高権力者。つまり埋橋さんのことを言っているのだろう。それから、僕らがある程度飲み込めた時に、まるでそれが分かったかのように合わせて要害さんがまた話しだした
「基礎情報は話し終えた、今までを聞いた上で何か質問したいことは?」
「じゃあはい。捜査とか研究ってよく指示される任務と同じ?もし違うとしたらどっち優先になるの?」
「任務とそれらは結論別物だ。あくまでも任務外で行うことを想定された上のものだからな。ただ、捜査は任務の中の1つでもある。とはいってもどちらも優先順位は変わらない。メインかサブかの違い、そのくらいの認識で十分だ」
「へえ・・結構あっさりなんだね。どうしよう・・OWAに入ったときには何も考えてなかったけど。でもそんな簡単な話なんだったら入ってみようかな・・・」
優の台詞を聞くと要害さんは想定だったのか、多少の困惑しているような顔になった
「え・・ああなるほど、てっきりすでにこの青憂団に入るということを決めていていると考えていたんだが、本当に手探りの状態で来たのか・・・それだったら形司も何か話してくれれば良かったんだがな」
「俺は何も知らないぞ。要害さんも分かっているだろう、俺は無所属の完全フリーな隊員だし、それを揺るがすつもりはない。俺からしたら誰がどこに入りたいとかは特に関係ない・・・とは言ったが正直、俺もそこのところは正吾からある程度伝わっていると思ってた。俺の情報不足だ、申し訳ないな」
形兄は無所属。ってきり新規に入った人は強制的にどこかの団に入るようなものだと思っていた。正吾さんが
「ま、まあ・・手探りの状態であれば本人たちに聞いても意味はないしな。仕方ない・・・して2人はどうするんだ、このまま手探りのままうだうだしてても勿体ない。どうだ?お試しでってのは」
お試し、ということは正吾さんの説明に倣うと、体験入部的なものなのだろうか。僕は意見を求めようと隣の優を見る。優は小さく「お試しならまあ・・」と言って、ある程度要害さんの意見に賛成寄りといったような感じになっている
多分優に新しい意見を求めるのは無理だろうな、と思い次は形兄のほうを見る。すると形兄はすでに要害さんにいくつか質問し始めていた。一応新しい情報が手に入るかも、と僕もその会話に耳を傾ける
「お試しってのはどこからどこの範囲だ?青憂団直属から少々任務が降りてくるのは最低限なんだろうが、その回数だとか、研究まで触れるのかとか」
要害さんはその質問に対して頭を抱え、考え始めた。少しして前を向き直ったが、あまり正解が定まっていないようだった
「そうだな・・回数は分からないが、最低1週間、最大1、2か月程度くらい任務を言い渡すといったところか。研究は、基本的に限られた者のみが関われるものだ。俺もあんまり関わったことはない、だから研究関連はないんじゃないか?」
形兄はある程度は納得したようで、それ以上重ね重ね質問することはなかった。その様子は優も見ており、それによって迷いがほとんど消えたようで、「よし、やる!」と意気揚々と声を上げた。そして優は勢いよく顔を僕のほうに向けてきた。とてつもなく嫌な予感がする、ちょっとばかり逃げたい気分だ
「形もついでにやろ!ものは試しってよく言うし。形兄は・・一旦一緒にやってほしいかな。色々教えてほしいこともまだあるし」
そうなるとは思っていた。そしてあっさり形兄もそれについて承諾し、すでに次へのステップに移るか否かというところまで来ていた。こういう時に断れないと後々まずいことになるかもしれない、これからは気を付けないと、と僕はひそかに心の中で考えた
「3人全員ね・・・了解。あとで狩磨にはいい返事が聞けたと伝えておく。じゃあ今から言う場所に即向かってくれ・・なんてことはないから、今日は自室で静かに過ごしていてくれ。降ろせる任務ができたときにまた連絡する」
少し重厚感のある音を立てながら、形兄によって扉は閉められた。僕以外の2人は少し羽根を伸ばしてその場をあとにする。そういう僕はなかなか足を動かせずにいた
知りたいことがあった、それは今しか聞けないと思った。だがそれをあの人たちが知っているのだろうか、いや、知っているはずだ。知っていなければどうしてそう言っていたのか
そう感じた途端、体は勝手にUターンを始め、目の前にある扉の中へ吸い込まれていった