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再生のプロローグ  作者: 出落ちの人
憂と剣
14/19

第14話 潜入準備

 7月6日、日本支部の不破形司(ふわけいじ)さんの部屋。僕、空閑形真(くがけいま)形兄(けいにい)の寝室の床に、壁に寄りかかって座り天井を眺めていた。当たり前だが、部屋には形兄もいる


 別にぼーっとしているわけでは決してない。今だ音沙汰のない、イフ教の幹部であるスウェルさんからの直接な新しい情報が全く来ないことが何故なのかを考えていた。新しい情報というのは、先日の若い人3人の襲撃によって頭を撃ち抜かれたロウルさんの安否についてだ。可能であれば翌日に安否を報告する、とスウェルさん本人に去り際に言われたのだが、それから数日経っても音沙汰がない


「どうした形真、音沙汰がなくて心配か?まあその通りなんだろうが。安否なんてものは場合によっては普通で数か月、悪くて数年以上分からない可能性がある。そんなハプニングは何度も何度もあるようなものの一つだ。気にしなくていい、今は他のことに集中しろ。じゃあ先に行ってるぞ」


 形兄はそれだけ言って先に部屋を出て行った。その時の形兄の顔は何一つ変わりない普通の顔で、その顔が今の言葉の信憑性を物語っていた。ちなみに幼馴染で僕と同じくOWAにいる盾石優(たていしゆう)、通称(ゆう)はあの日の後に2回ほど任務を負い、そのどれもを無傷で無事に終えている


 そんな中僕は任務を負うこともなく形兄の部屋で数日を過ごしていた。幸いにもOWAから支給された学習道具で基本的な科目の勉強が可能ということ、インターネットに繋ぐことのできるテレビが部屋に配備されているため娯楽には困らないことによって完全に無駄な数日間を過ごすことにはならなかった


 自分でも何を思ったのかは分からないが呆然とした感情でテレビをつける。ニュースがやっていたが特に気になる内容のものはほとんどなかった。いくつか気に留まったものでいえば、各地で数名単位の行方不明者が相次いでいることと、世界各地の中小企業の一部が何者かからの襲撃やサーバー攻撃を受けているといったものだ。しかしこれといった感情は湧いてこなかった


 ここ数日はなんだか心に小さな穴がぽつんと開いているような不思議な感覚が続いていた。それがロウルさん関係なのか、それ以外のものが原因なのかは自分でもわからない。が、とりあえずは形兄に来いと言われている。重く感じる体を持ち上げ、部屋を出た


──────────────────


 部屋を出て寮の出入り口付近へ向かうと、そこには優と、先端付近が赤い長髪で大人びた容姿の女の人が僕に向かって手を振っていた。僕はそこに向かって少し小走りで近づく


「おはよう形!よく眠れた?最近顔色悪いようだけど」


「おはよう、形真くん。どう?形司は、あいつ感情がなかなか面に出ないたちだから意思疎通するの大変でしょ。何年も付き合いがある私とかでもまだ完璧にできてないから。同情するよ」


「おはよう・・ございます。別に、大変じゃないですよ。心配することではないです」


「おぉ・・・珍しいね、形司と普通に意思疎通ができる奴なんて。ま、せいぜい頑張ってね。じゃ行こうか」


 この女の人は志田優里(しだゆうり)。優の寮の部屋の隣の部屋で暮らしている人らしい。どうやらすでに優とは夜な夜な優の部屋でほぼ毎日ゲームをするほどの仲らしい。ただ、9割9分優が負けるらしい。優は優里さんを、家族みたいな人だと言っていた。出会って数日なのにもうそのような関係になれるのは、流石のコミュニケーション能力を優は持っているとしか言えない


「そういえば形真くん、初回の日以来任務は負ってるの?優については毎夜毎夜耳に胼胝ができるほど聞かされているからわかるんだけど」


「いや・・あの日から一度も来てないです。はは・・おかげで最近暇です」


 嘘だ


「いやいや形、任務がないのはこっちからしたら羨ましいよ。少しここにくるものもあるから」


 優は自身の胸、大体心臓のあたりを人差し指で何度か軽くたたく。その時の顔は少し苦しんでいるようにも見えた。そうこうしていると食堂につく。多くはないが、すでに何人かの人が居て談笑をしているのが見受けられた


 正吾さんや優里さんから聞いたのだが、食堂はただ食べるだけの場所ではなく情報共有の場所として重宝されているらしい。寮の部屋で話す変人も稀にいるそうだが、寮に入っていない人も中にはいるため基本的にはこの食堂での情報交換が行われる。実際、優からの優里さんの紹介はこの食堂の中でされたものだ


 周囲を見るが、形兄の姿が見えない。いつも食堂で席を取るときにはまったく同じテーブルだが、そこにもいない。そのテーブルには人が居た。が、そこには形兄ではなく鍵山正吾(かぎやましょうご)さんが居た。タブレットのようなものを持ち髪をかきむしっている。何やら悩んでいるようだ


「形司・・あぁ、正吾。どっちみち誰でもいいけど・・形司がどこに行ったのか知ってる?」


 正吾さんはよほど集中していたのか、優里さんに声をかけられるまで僕らが後ろに来ているのが気づかなかったようで、少し体が震えた


「おぉ、シダか。形・・そういえば確かさっき、任務がきたとか何とか言ってどっか行っちまったな。俺もよくわからん。ま、そんなことも分からないなんてお前も情報に疎いな。植物のように色々なところにちゃんと根を張っておいたほうがいいぜ?"シダ"植物」


「だから私はシダ植物じゃ・・いや待って、あんた全国の志田さんに申し訳ないと思ったことないの?まぁその顔見たら思ったことなさそうだけど。だから話す人が私と形司しかいないのよ」


「あ゛?てんめぇ・・」


 何やらこの平和そうな食堂で大喧嘩が起きそうな嫌な予感がしたので、僕はどうにか話をそらそうと、さっきまで正吾さんがタブレットで何を見ていたのかを聞いた


「あぁ、そうだな。とりあえずお前ら全員にも教えておきたかったんだ。じゃここら辺に座ってちょっくら聞いてくれ」


──────────────────


「───ってことだ。優里と、そこの少年少女2名はどう思う?」


 正吾さんからされた話をまとめると・・・

 どうやら正吾さんは憂団(ゆうだん)(?)というものから指定された任務で、動物を不法飼育している団体への潜入と調査、あわよくば壊滅を命令されているらしい。タブレットにはそれについての詳細が書かれているようだ


 どうやらOWAに所属する能力者は基本的に、大半が戦闘向きの能力、一定数にサポート向きの能力を持つ者が多く、正吾さんや優里さんが知りうる限りでは、潜入向きの能力を持つ人はOWA日本支部のなかでも片手で数えるくらいしかいないらしい


 ちなみになぜこんなに悩んでいるのかというと、今現在その団体に一時的に派遣していたOWA隊員がいたのだが、数日前に連絡が途絶えたことで、得られた情報が五本指で数えることすら余計なほど少ないらしい


「あーっと。正吾も分からないんだったら私もお手上げかな。憂団も無茶なもんだ」


「そうなんだよ、別に文句はないんだぜ?ただ、もう少し情報がないとなぁ・・・」


 今入手済みの情報は、

「団体が動物を不法飼育のために使用している倉庫が北東北のどこかにあること」

「不法飼育されている動物の総数は400で、うち能力所持の動物は10体であること」

「団体の名称はAT(アニマルトレード)、確認できた正式な所属人数は5人であること」

 以上3つのみ。派遣された人との連絡が続いた期間が本当に短かったんだなと容易に感じられる


「その・・団体の名前にトレードって入ってるってことは、不法飼育した動物を使って違法取引してる・・とかですか?」


「そう、それは俺も考えた。だからこの任務の通達が来た昨日の夜に少し俺なりに外部調査をしてはみたんだがそういう違法取引の形跡はなかった。たぁだ、以前海外から動物を取り寄せて日本国内の小さな規模のいくつかの今は廃業済みの動物園に送っている、っていう正式な取引が残ってた。昔の名残なのか、はたまた・・・まあ情報が出てこないからには何も分からん」


 正吾さんの調査でも何もわからないということが分かると、全員だんまりしてしまう。が、優がそんな停滞している状況に一石を投じる


「えーっと、それで正吾さんは何に悩んで、何について助けを求めたいの?まあ先に団体について教えてもらうのは良いんだけどさ。そこ知らないとアドバイスも何もないよ」


 3人全員が正吾さんを見る。全員呆れ顔をして無言でじっと正吾さんを見ている


「あ、やべ」


「正吾・・・さすが、国語系科目のみ人生で二桁以上の点数とったことない男は違うわ」


「一桁台・・?形でも最低20点くらいなのに」


「え、優。なんでそれ言うの」

「待て待て、テストは言語能力に直結・・・するのか?いや、それでもこの場で公表することはないだろ」


 僕と正吾さんの低知能がされされたところで少しだけ周囲が明るくなった感じがした。少し落ち着き、正吾さんが再び話し出す


「あー、悩んでいるところか。そうだな、端的にいえば間に合わないってことだ」


「「「間に合わない?」」」


「ああ、憂団から指定されている任務完了の期日が示されてる。明後日、こんなに情報の少ない状況じゃ無理、はっきり言って俺だけじゃ不可能だ」


「・・だから力を貸してくれる人が欲しいって?」


「そう、そう言うこと。可能であれば情報調達が得意な奴とか索敵能力がある奴とかいいんだが。優里は一番最初に除外として・・・」


「ちょっと、早い早い──」


「1週間くらい前だっけか?そのときのイフ教関連の話だとおj・・優はそういうのに長けている訳じゃない。んでもって他には頼れる奴はいない」


「それはあんたが交友関係私たちくらいしかいないからじゃ・・」


「うるせぇ、まぁそんなところだからなんか少しでもな。ネット使うの上手い奴とか、東北のほうに交友関係広い奴とか、なんか協力してくれる奴欲しいんだよ」


 正吾さんは再びテーブルに置いてあるタブレットに向かい、顎を手に乗せる。そんな正吾さんに向かって優が「ん?ちょっと待って」、と言った。が、何も言いださずに黙ってしまった


 そういえば僕も一応いるのに忘れられてるな、と思った

「そういえば形もいるのになんか忘れてない?」


「!?」


 優が僕の名前を出したのがとても想定外で数日ぶりに驚いてしまった。自分のことを自分で考えているときに偶然なのか優がそれとほぼ同じことを口にした。実は優は僕が知らないだけで心が読めるエスパーか何かかなんだろうか


「え、形真が・・?あぁすまん。んで、形真は何が得意なんだ?」


 ・・悪意はないらしい。この感じだと前に優が話していた僕の能力のことについてはほぼほぼ覚えていなさそうだ

 とりあえず優は、僕の能力は生物以外であればほとんど効果のあるものであるということ、システムさえ理解できれば基本的に何にでもできるということ、限度は分からないけれどどこまでも伸ばせるということを正吾さんに教えた


「なるほどな~、上手く使えれば十分な協力者に成りえるか・・オッケー、空閑形真採用!」


「えっ。あの・・突如過ぎません・・?」


「いやいや、その顔だと形。今日もまた任務来てないでしょ?暇だしちょうどいいんじゃない」


「うそでしょ・・・」


──────────────────


 今僕は、寮の正吾さんの部屋の中にいる。まあ、形司さんの部屋の隣ではあるのだが

 正吾さんはゲーミングチェアのような椅子に座って机に向かい、パソコンとにらみ合いをしている。僕はそんな正吾さんの後ろにある低いテーブルの脇に正座で座っている。で、何故か優も僕の隣に足を伸ばして座っている。・・礼儀はないんだろうか


 なぜこの場に優が居るのか、それは優の生まれ故郷が東北のほうにあるからだ。それでもって彼女の親戚関係が東北に籍を置いているらしい。そこから例の団体やその団体の倉庫の場所に近づきやすくなるかもしれない、という算段だ


「よし・・出発準備完了。んじゃ優は優里と一緒に30分後発の下りの新幹線に乗って今すぐ東北に発ってくれ。お前の親戚さんから良さげな情報得れたりなんだりしたら、これでちゃんと報連相してくれよ」


 そういって正吾さんは自分のスマホの画面を軽くたたく


「・・了解。それじゃあ行ってくる」


 そういって優は部屋を出て行った。ドアを開けたときに、外に優里さんが立っていたのが見えた。見る景色が優のなんとも言えない背中を最後にドアは閉まった。僕と正吾さんはその様子を見届け、正吾さんは僕のほうを見る


「そんじゃ、あとはお前にこれからいうものを作ってもらえれば完了だな」


 正吾さんは作って欲しいものをその設計図や組織図も見せながら提示した

 大型動物用設置型捕縛装置20個、大型動物用麻酔薬20個、遠隔ステルスドローン10機を作ることになった。とりあえずまだ概要が分かりやすい捕縛装置から作ることにした。3個作り終わった瞬間、右腕に痛みが走り、作るのを止めてしまった。その様子に正吾さんは気づいたようで声をかけてきた


「どした形真。腕痛むのか?」


「あ、まあ・・はい」


「・・心当たりがありそうな顔だな。その能力、何かあんのか?」


 少し躊躇はしたが、僕は自分のこの変形という能力は一日で片手につき6回しか使えないことを告白した。回数を経るごとに状況差はあるが、使ったほうの腕が痛んでいく。以前6回使ったときは、骨が複雑骨折していた、といったことがあった

 実際、スウェルさんに言われる前にあの作戦を躊躇したのは、能力の行使を続けた場合は何回能力を行使したとしてカウントされるかが分からなかったからだ。結果的に1回分としてカウントされたからあの作戦は成功することができた


「まじか~、何もそういう能力は万能だと思ってたんだが。そういう代償もあるのか・・・」


「はい・・今日はあと右腕が4回と左腕が9回です。なんか、あんまり力になれそうにないです」


「あ~、ん?いや出来んじゃないか?その継続的に使うの応用して。なんというか・・」


 正吾さんはジェスチャーをしながら教えてくれた


「歯磨き粉の中身とかさ、すごく少なくなったけど出したいときあるじゃねぇか。そのときに、こう端から出口までニュ~って指で全部絞り出すじゃんか。それみたいな感じでずっと変形し続けて端からニュ~って作りだすってのはどうだ?」


「あー・・やるだけやってみます、はい───」


 ───あっさり成功した


「できたな」

「できましたね・・」


 そんなこんなで45分程度で全部作ることができた。左腕も使い、少し痛んだがそれ以外特に問題なく終わった


「そういえば・・普通の人用の催眠薬とかスタンガンとかは作らなくていいんですか?なんか潜入捜査ってそんなのを使うイメージがあるんですけど・・」


「ああ、そういうのはこの部屋の・・形真の後ろ、そこのロッカーに全部入ってるぞ。基本的に今頼んだの以外全部そろってる。本当に大助かりだ、ありがとな」


 正吾さんの言う後ろのロッカーを開け、中身をのぞいてみる。視界に入ったのは、スコープ付きのライフルやスタンガン、何かの液が入った針、暗視ゴーグルなどなど。そういう系が好きな人が大興奮しそうな物品の数々が、多く並べられていた


「よし、こっちも準備完了だな。はてさて、今何時~?」


 正吾さんが首を動かすにつれられ、僕も同じ方向に首を動かす。その先には時計があり、ちょうど正午を差していた


「あ~っと、想定の時間までまだ4、5時間もあるのか。うし!俺らもゆっくりあっちに行きながらご当地でも堪能しまっか」


「あ・・はい」


 僕らは必要なものをバッグにつめ、出発に向けて準備を整えた

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