第12話 泥臭い全力
「いや、スウェルさん・・僕はそんなのやったことなんて・・・」
僕はスウェルさんからの提案を聞いて困惑している。それは僕がそれを今までで一度もしたことがなく、成功する可能性もあるとは限らないからだ。が、スウェルさんは僕のことを真剣な眼差しで見てきている
「少年よ、残念ながらそれをしなければ状況は変わらない。ただ、それによって確実に変わるかも、変わったとしてそれが改善されたことなのかも定かではない。が、今はそれにかけるしかないんだ。よろしく頼む」
そういうとスウェルさんは同じソファの後ろに隠れていた教団員の2人を向き、指示を出す
「お前らはルナワァ等に続いて奥の部屋に行き、CV-v2を取りお嬢さんの援護をしろ。最低限、流れ弾を食らってくたばるような下手な真似はしないこと。急げ!」
その指示を受け、2人は重症のロウルさんを連れている教団員2人と共に奥へ進んでいった。僕はその様子を一瞬見届けると、スウェルさんに提案されたことを実行に移す。成功するか否かは今は気にすしていると優が危ない。もう意を決するしかなかった
「ス、スウェルさん。とりあえず準備ができました。あとはどうすれば・・・」
「よし、あとは隙を見て実行するだけ──」
壁に何かが勢いよく衝突する音がする。音のする方向を見ると優が壁にもたれかかって苦しそうにしているのが見えた。2回目だ。僕は嫌な予感がして侵入してきた男の人2人のほうを見ると、銃の人は相変わらず入り口付近にいたが、刀の人はさっきまでいた場所にいなかった。少し、銃の人の顔が余裕のある者の表情をしているように見えた
すぐに頭を引っ込め、後ろを見ると人が立っていた。刀の人だ。息が多少上がっているが一見外傷もない。優を蹴り飛ばしてすぐにこちらへ来たのは明らかだった
「あのガキしぶとかったぜ・・・そしてぇ、あとはお前らだけだ」
奥からだろうか、ドアの開閉音が聞こえる。教団員の2人はCV-v2なるものを持ってきて優の戦いに参戦しようとしたのだろう。が、その決着はつきもう王手にかけられている状態で動けないようだ。男2人は言い放つ
「ふぅーっ。もう詰みだ、あのガキの腹に銃弾をぶち込んでやった。殺してはないが再起は不能だろ。さっさと諦めて、流れに身を任せて死を選べ」
「一応ここから逆転しようったって無駄だからな。不破形司は今頃死にかけだぜ?なんたって俺らの上の奴らに近い力を持つエイラが居るんだからなあ。単独でここの入り口を警備してた奴ら全員を一層出来る。勝ち目はないぜ」
刀の冷たい刃が僕の首にかざされる。皮1枚が刀で切れ、血が首を伝う気色の悪い感触がする。今にも首を切断されそうで今までに感じたことのない恐怖が背筋を伝う。この距離ではスウェルさんが想定していたことは実行できない
作戦は失敗した。それは僕が決意するのがあまりにも遅かったからだ。優は疲れていたのに無理をして戦っていた。その状況なのに優はまだ耐えているだろうという浅はかな考えのもと、決意するのを先延ばしにしてしまった。僕のせいだ。そう思っていると隣のスウェルさんがおもむろに立ち上がった
「その少年は我々イフ教とは何も関係ない。首を切断して殺すのであればイフ教幹部の私を先に殺すべきだ。今すぐその刀をこちらに向けろ」
「ああ、知ってるぞ。お前が幹部であることも、このガキどもがイフの信者でもないことはな。だがこいつらはお前らに味方した。それはつまりこいつらはお前らに関係したってことだ」
「おい、相馬。そう急ぐな、俺らのすべきことはイラつくガキを殺すことじゃない。イフの幹部の首をとり、イフを綺麗さっぱり消すことだ。まずは先にその老いぼれからだ。気持ちはわかるがな」
刀の人は1つため息をつき僕の首から刀を離す。僕は途端に過呼吸になりその場に倒れる。首を動かしたいが、傷口が広がるかもしれないと思い、下手に動かしたくない。やっとの思いで四つん這いになり移動して少しその場から離れる
刀の人やスウェルさんのところを見ると、刀の人がスウェルさんの首に刀をかざし、今にも首を真っ二つにしそうだった
「ス、スウェルさん・・・!」
「この掃除は次のステップへ進む。お前、幹部の首をもってなあ!」
刀の人は刀を大きく振りかぶりきろうとする。その刀がスウェルさんの首に触れ───
「相馬!右だ!」
「は?───」
視界に突如として優が現れる。そのまま盾を足にかざしたまま刀の人を蹴り飛ばして壁に激突させる。スウェルさんの首に刀がかすり、小さな傷ができた。僕は着地した優の腹部を見た。服が少し血でにじんでいるが、もう血が止まっているようで広範囲にはにじんでいなかった。刀の男は壁に激突したことで壁にもたれかかった状態で気絶した
「さて、逆転できそうなんじゃない?」
優の様子を見て銃の人が目を見開き驚く。「なぜ・・」と一言おいてから話し出す
「確かに女のほうのガキの腹に銃弾を撃ち込んだはず・・・しかも残ってるCV-vβで撃った。なぜ貫通すらしていない?さらにその後相馬が壁に激突させたはずだ。なぜ動ける?なぜ立てる?なぜ──」
「何ごちゃごちゃ言ってるのかは分からないけど、私は昔から丈夫だから」
突如、月の光が差し込んでいるほうの窓の先に赤黒く巨大な何かが現れた。それは徐々に大きくなっていき、おそらくこの廃ビルよりも大きくなった。この場にいる全員が目を見開きそれに釘付けになる。だがスウェルさんはその状況を見逃さなかった。隙ができた
「少年!やるんだ!」
僕はその言葉に反応して走り出す。銃の人は僕が走り出したのを見て銃を構え僕のほうに向ける
「何してる?撃つぞ!」
僕は構わず走る。銃声が響く。その銃弾が僕のほうに音速ほどの速度で向かってきているのは言うまでもなかった。しかし、金属音がし僕に銃弾が当たることはなかった。僕は目的地へ向かって走る。目的地は────────鮮血で染まった床に落ちているただの棒切れだった
「何するかわからないけど、形の邪魔はさせないよ」
優が盾を投げて銃弾を防いでくれたようだ。が、それと同時に優は力尽きたようでその場に倒れた
「くそっ、無駄なあがきをしても生きる時間が少し伸びるだけだ」
僕は棒切れを左で拾い、銃の人に向ける。スウェルさんは僕のことを見て、今すぐやれ、という目をしている。スウェルさんが提案してくれた作戦、成功するかも、成功して勝てるかどうかも分からない。が、今はこれに賭ける。賭けるしかない
「そんな棒切れで何を・・・というよりこの距離、たとえその棒切れではなくても俺の行動より一手遅れる」
「うぐっ・・あんまり好きじゃねえが、人質だ。オイ!」
銃の人は再び銃を僕に向ける。それと同時に気絶していた刀の人が起き上がり、瞬時に優のほうへ向かう。今の発言だと、優を人質にする気だ。しかし、刀の人の体の動きが突如止まる。この能力は──
「お前にはすでに触れている。お前の体は動けない」
「──っ!この老いぼれがあっ!」
「相馬!?だが、1人やれば・・」
銃の人は突然のことで驚くが、すぐにまた僕のほうに銃を向けて、引き金に指をかける。勝負は一瞬、僕は左手に持っている棒切れに能力、「変形」を使った
「なっ!?」
棒切れは銃の人が引き金を引き終わる前にその人のほうへ伸び、持っていた銃を強奪し投げ捨てた。さらにその後、その人の体に両腕もろともに巻き付き、勢いよく僕のほうに引き寄せた
「引き寄せただけが何になる!最も近くなった瞬間に反撃をするぞ!」
僕はそんな言葉には耳を傾けず、右拳を強く握りしめ構える。そのまま、引き寄せた勢いに乗せて・・・
「僕は今ここにいる中で一番弱い!でも、みんなが作ってくれたこのチャンスで勝たなきゃいけない。だから僕は──」
拳を前に突き出した。引き寄せる速度が結構速かったからなのか、拳が銃の人の腹部に深くめり込み、骨が数本折れた音がした。銃の人は胃液か何かを口から吐き出す
「ただ泥臭いパンチをするんだぁ!!」
スウェルさんの提案通りに作戦は成功した。本来、僕のパンチを腹にめり込ませることは作戦外だったが、最終的にそれが勝敗を決めた一手になった。その代わり右手がものすごく痛い
「よし、よくやった。どうやら勝敗は決したようだな」
さっきから使用し続けていた変形の能力で、もとの棒切れに戻す。使用し"続けていた"おかげか、左手に痛みが走ることは一切なかった。同時に、引き寄せた銃の人が白目をむいて倒れる。その様子を見て刀の人が叫ぶ
「い、いや、まだ俺らが優勢!勝機はある、エイラが居る!あいつならもう不破形司をすでに・・・っ!」
「そのエイラってのはこの女のことか?」
声のほうを見ると、入り口部分に形兄が指から無数の小さな肉塊を出して立っている。いつの間にか窓の先にあった赤黒い何かが消えていて月の光が差し込んでいる。今思えばあれは形兄の肉塊だったのだろう。エイラという人は強いと言われていたので形兄が無事かどうか確かめるために体全体を見てみたが、目立った外傷もなく、3階の窓から落ちた時の怪我も1つもないようだった
「な・・エイラが・・!?」
形兄が肉塊を1つ、前に差し出す。その肉塊はエイラという名前らしき女の人を持ち上げていた。その女の人の手首足首の先は噛み千切られたような跡がありない。両腕は、まるで水を絞った雑巾のように曲がりに曲がっていた。肉塊はその悲惨な状態の女の人を投げ落とす
「う・・・グロイ・・・」
「どうやら無事に解決したようだな。だが形司どの、その仕打ちはやりすぎなのではないか?」
「仕打ちか・・他人の脳天に風穴開けた奴らの仲間だろう。それで生きているってことは相当優しいほうだ。で、この女を含めた全員を拘束してそこの壁に立てかけろ」
形兄は一息ついて全ての肉塊を指にしまう
「OWAに持っていくのも面倒だ。だから今ここで何もかもを、吐いてもらう」