第10話 奇襲
ロウルさんがゆっくりと足を進めていく。進む先には壁に背をつけ、額に少しの汗を流した盾石優がいる
ロウルさんは能力者ではないらしい。が、さっきまで壁から7~10m離れていたであろう盾石優を薙刀の一振りで壁に吹き飛ばした
「あれで、中の下・・・」
ロウルさんはその力を持ってしてもイフ教という教団の中では中の下の実力らしい。僕の感覚がおかしいのか、そっち側の人たちの感覚がおかしいのかどうなのかは分からない
ただ、今分かるのは、このことがよく分からないのは僕だけで、つまり今ここにいる人の中で僕、空閑形真が最も弱いということだ。・・・自分でも何を考えているのか分からない
「そう、ロウルは我々の中では中の下。あやつに飛ばされるということは、あのお嬢さんの実力は、我々基準だと下の中以上といったところか。だが始めたてで一発耐えるとは⋯⋯これからに期待が出来る有望な人材のようだな、形司どの」
スウェルさんは不破形司、通称形兄に向かって声をかける。形兄はスウェルさんのことは見ずに優のロウルさんの方を見ている。が、一応聞いてはいたようで反応する
「あんたが思っているより盾石は強くはない。わかってるだろう、これは手合わせだ。つまりロウルは手加減をしている。その上で盾石はあの状況、それはあんたの予想のハズレを意味するぞ」
そうこう言っているうちに優とロウルさんの手合わせ(?)は進んでいく。気づくとロウルさんは既に優に接近していて、薙刀で何度も何度も優を斬り込んでいる
一方優は盾で防いではいるが、斬り込まれた勢いで何度も壁に叩きつけられている。休む暇もなく斬りつけられているため、ずっと盾の裏でじっと耐えている
「くぅっ・・・、どうにか、抜け出さないと⋯!」
優が抜け出す隙を探している間にも、ロウルさんによる連撃が優を襲う。それは優の敗北が近づいていっていることを意味している
「抜け出すも何も、この膠着状態だとなにも出来ない・・・でしょう!」
優を正面から襲い続けていたロウルさんは突如優の右に出現し、薙刀の峰を振るった。出現というよりかは周ったのほうが合っているだろうが、僕はその瞬間を見れなかった。当然、優は反応できずに打ち上げられる。が、倒れずに立ったまま着地した。その様子を見たスウェルさんは何かが分かったように呟く
「・・・なるほど、いい目をしている」
「いい目?」
「ん、見えなかったか?そちらのお嬢さんは今のを目では追えていたようだな。本当に、あれは磨けば相当に輝く原石だ」
改めて僕は優を見る。だが見たとしても何もそれについては分からない。分かるのは、優は──
「くそ・・っ!殺す気かっ!?」
様々な物が切れた音がした。ロウルさんは真っ二つになった薙刀の持つ方をつかみ膝を付いている。額にはさっきまで出る予兆さえなかった冷や汗が出ている。その量は、ロウルさんにとって今の状況があまりにも想定外であることを物語っていた。後ろの壁には細い曲線の穴が空いており、そこから外の光が差し込んでいる
一方優は、ボールを投げ終わったかのような体勢で固まっていた。何度も何度も肩で息をしているが、その顔は達成感に満ちた笑みになっていた
「私の盾って結構特殊でさぁ。どんなに攻撃されても壊れないんだよ。ま、そこはあんたも分かるだろうけど。私の盾の縁はさ、凄い鋭いんだよ、鉄もあっさり切るくらい⋯⋯はは、想定外みたいだね」
「想定外、そうですけど・・流石に殺す気で投げるのは──」
「殺す気?はは・・そんなんじゃないよ。信頼だよ、ただの。あんたなら避けれるだろうってね」
「・・・無駄な信頼ですね」
優はもう一度盾を生成し構える
ロウルさんは付いていた膝を持ち上げ刃が無くなりただの棒となった薙刀を強く握り直した。顔は俯かれ影がかかっている
「舐めていた訳では無い。が、想定外が起きた。どうやら力量を見誤ってしましましたか・・・」
ロウルさんはゆっくりと面を上げ、まるで居合をするときのような構えをとって思いっきり優を睨んだ
「が!隠していることがあるのは僕も同じ。僕の本気も少し見せて上げましょう!」
ロウルさんから今までにないほどの圧を感じる。持っている棒は短いのに間合いがとても広いように感じる。僕の直感が、間合いに入ってはならないと、警告をするほどの圧だ
優はそれを見て重心を更に低くし盾を構える
「それじゃあ、受け止めてみようか」
2人の間にかつてない静寂が一瞬訪れる。ロウルさんが1つ、息をついた。それから静寂が途切れるまで一瞬すらなかった
「連剣術!居の連っ!」
ロウルさんはその場から姿を消す。気づいた時には優と1mもないくらいの距離にいた。が、どうやら体が固まって動かないようで、その場から動けず手足のみならず指先の少しすら動かせない。歯を食いしばって入るが、現状は変わらないようだ
優は直前までの緊張感からなのか、はたまた疲れなのか、ヨロヨロとその場に座り込んだ
「スウェルさん!何故!?」
ロウルさんは勢いよくスウェルさんを見る。僕も釣られスウェルさんを見ると、スウェルさんは右手の人さし指と中指を立てロウルさんに向けていた。その指が少しだけ光を帯びているようにも見えた
「・・・ロウル、やり過ぎだ。お前も分かるだろう、これは手合わせだ、本気を出すものではないぞ。しかし、連剣術などいつ、どこで覚えた?しかも、居の連を使えるのか・・・、どうやらお前の評価を改めなければならないようだ」
スウェルさんは手を下ろす。途端にロウルさんはスイッチが切れたようにその場に倒れる。ロウルさんはすぐに立ち上がり優に手を差し伸べながら声をかける
「まぁ、やりすぎたかもしれません・・・。さて、立てます?」
「いいよ、自分で立てる」
優は立ち上がるとそそくさと足を進め、ロウルさんの横を通り過ぎ、さっき僕らが座っていたソファに寝転んだ。優はソファの心地よさをかみしめながらゆっくりと伸びた
「結構疲れたよ。あんなに何度も何度も切りつけられてさ。次の形のが終わるまで伸び伸びしておくよ」
そういえば次は僕の番だった。形兄に軽く背中を押され少し前に出てしまう。ロウルさんは優に向いていた体を僕の方に向ける。まるで「かかってこい」と言わんばかりの顔だった
「えっと・・・、手加減、してほしいんですけど・・」
僕のその発言を受け、ロウルさんは眉をひそめた
「手加減・・・、どうやらあなたは相当自信がないようで。まぁ、そう気張らずに、僕はこの真っ二つにされた"CR-v2"でやりますから」
CR-v2というものが何なのかは分からないが、どうやら本当に拒否権はないようだ。僕は変えたまま放置していたショットガンを拾い上げ、色々な投擲物に変えていく。腕に少し痛みが走った
「それじゃあ始めましょうか」
勝敗は一瞬で付いた
僕はロウルさんに向かって軽い爆発を起こす投擲物に変えた上でいくつ投げたが、「そんなものは通用しません!」と言いながら全て弾かれてしまった
次の瞬間には懐に入られ、首に棒をかけられあっさり負けてしまった。実に10秒程度の出来事だった
「・・もう少し手加減したほうがよかったですかね」
「いや、そいつにはそれくらいが丁度いい。盾石とは違って、全く戦闘をしてこなかったタチのようだからな。早くその問題を解決しないと後々まずいことになってくる」
ロウルさんの独り言に形兄が答える。一方スウェルさんは何やら意味ありげにブツブツと呟いていた
「あれは・・・、いや、まさか・・・、だとすれば、なるほどな──、いやだが・・・」
スウェルさんは面を上げ、僕らを順々に見つめてから言い放った
「どうやら、今回は豊作のようだな。OWAは」
僕や優、ロウルさんを含めたその場に居た殆どが首を傾げた。当たり前だ。何しろ一瞬で終わった僕とロウルさんの手合わせをみた直後だからだ。続けてスウェルさんは言う
「まあ、取り敢えず手合わせは一通り終わったようだ。日も落ちてきている。形司どのと、お嬢さんと、カモク?な少年は一度帰還したほうがいいのでは?手合わせであれば、いつでも受け付けよう」
「・・分かった、そうしよう。取り敢えず今回の任務についてはちゃんと上に報告しておく。何か他に問題があったりはするか?」
スウェルさんは少し悩み、ハッとすると話しだした
「そういえば先日、初めてここに来たとき数人の若者が居た。彼らがいつまでもここを離れなかったので一戦交えた。その結果うちの教団員数名が負傷。彼らは一応追い払うことができたが、なにやら壁に爆弾がいくつか仕込まれているのを確認した」
続けてスウェルさんの後ろでじっと立っていた黒いコートに身を包んだ人たちの内の1人が話す
「教団員の一部が、彼らが去る際に『清掃には用意が必要だ』と言っていたことを確認しています。この紙もご覧ください」
そう言ってその人は形兄に1枚の紙を渡す。その紙には、
「"もしも"を真っ先に掃除する
お前らは真っ先に無くならねばならない」
と書かれていた
「なるほど、分かった。これも伝えておく。場合によっては数日後にOWAから応援が来るかもしれない」
形兄の発言にスウェルさんは頷く。突如さらにスウェルさんはハッとし、瞬時に窓側を見る
「待て、外の見張りはどうした。定期連絡もまだ来ていないぞ⋯⋯ロウル、応援を頼む」
ロウルさんはそれに反応してこの階の入り口とは間反対側の奥の部屋へ歩いていく。真っ二つの棒では応援の意味がないので変えてくるのだろう
そういえば手合わせの前にスウェルさんの座っていたソファの後ろにまあまあの人数が居たが、手合わせの直前にビルから出ていたのを見た。それが僕は今更、見張りをするために出た人たちだと知った
銃声が鳴り響いた
銃声の元には2人の若い男が居た。おそらく彼らがスウェル等が言っていた"彼ら"。彼らの内の1人は銃を持っており、既に銃口から煙が出ている。銃口が向くは────
ロウルの頭部に貫通した穴が空いている。彼らは続けてロウルに向けて発砲する。頭部だけでなく胴体、下半身の多くの部位に風穴が空く。その多くの穴からは大量の血が噴き出し、付近が深紅に染まる
瞬間、太陽が落ち、三日月が昇る。月光はこの場の全員を怪しく照らしていた