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異世界もカブで行こう  作者: 下大久保
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ソバも元気だ おっかさん・・・②

カミヤールの街はクレティアとは比べ物にならないほどの繁栄ぶりだった。

建物も大きい、人の往来も激しい、人種も豊か……というか明らかに人間じゃないのが歩いている。

クレティアは港湾都市だからそこそこ国際色が豊かなのだろうと思っていたが、どうやらそんなことは無いようだ。


馬車が走るための広い道もある。私はその石畳の道をぐいぐいと前に進んで……


「これか」


木造でできたクレティアのそれとは全く違う、石造りの建物。これが『帝都』のギルド本部であった。



「はい、ありがとうございます。これにて任務は完了です。クレティアにこの郵便受領証明書を持っていけばあちらでクエスト完了となります」


「はい、ありがとうございます」


クレティアの受付嬢とは違う、物腰柔らかな女性の対応によって任務は完了した。私はそのままギルドの裏にある馬屋にバイクを止めて、帝都を見て回ることにした。

この世界には時計はないけど、腹が減ったのでおそらく今は昼ごろだろう。


帝都カミヤール。クレティアからバイクで40分――30kmくらい走ったところにある。その反映ぶりは凄まじく、夜でもランプの明かりで家々が照らされるため、『太陽の沈まない街』と称されている。

古代に繁栄した『世界帝国』と呼ばれた国の、辺境の小都市に過ぎなかったこの街だが、人間によって河川運搬の場として利用され、ヒトが集まり、城壁が築かれ、王が住み着き、皇帝になったそうだ。昨日ミリアから教えてもらった。


ギルドの外に出ると大きな庭がある。ここの奥にあるバロック風の建物が宮殿らしい。

反対側には宮殿から続く大きな一本道。帝国ギルド本部もこの目抜き通りの一角にある。

カフェのテラスにはパラソルが張ってあり、その下のテーブルでは高そうなドレスを着た人間が飲み物を嗜んでいる。ヨーロッパの大都市の、旧市街地がそのまま機能していたような感覚だった。

馬車があちこちにひっきりなしに通り、人通りも激しい。『帝国』の首都にふさわしい様相だった。


 その目抜き通りから20分くらい歩くと、街の郊外に出た。城壁の近くにあるその地区にははひどい腐卵臭と、雑草を燻したようなニオイが漂っていた。

その地区の裏路地に入る。大量の『草』の破片が散っていた。指で取って匂いを嗅ぐ。

「くっさ……雑草にしては匂いがきつい……」


わかったぞ。

大学生の頃に旅行で行ったタイ・バンコクの怪しい繁華街で嗅いだことのあるニオイだった。そう、『大麻』だ。


「兄ちゃん!!地面のシケモクよりもっといいのあるぜ」


声のする咆哮を向いてみる。白髪を蓄えた老父がいた。何かを話しているその口には歯がなく、呂律もあまりよろしくなかった。

「これは?」

「『ガンジャ草』。お前知らねえのか?よほどの『上級国民』と見たぜ」

老父はフガフガと鼻息を荒立てた。いいカモだと思われているのだろうか。

「こいつを紙で巻いて火ィ付けて吸うんだ……全身の力が抜けてたまんねえぜ。こいつを吸ってから酒飲んで女買ってみろ……もう二度と『貴族生活』には戻れねェ。『ディスカ教』でもこのブツは禁止されてねェから安心して吸えるぜ」


「……いえ、結構です。ありがとうございます」。私はその地区をあとにした。私が肩に銃を担いでいるから誰も私には近づいてこないが、やはりジロジロと見られている。

地区の一角には、キセルのような喫煙具を手に持ったまま、泡を吹いて座り込んでいるおじさんを見た。


目抜き通りにまた戻る。少し歩いてみると、『冒険の店』という看板が建っている店があった。私はそこに入ってみた。

「いらっしゃい。ご用件は?」「いえ、すこし見物を」「そうかい、ゆっくり見ていってな」。店主の40代くらいの男性が店主だった。私は商品をぶつけて倒さないように銃の方向に気を使いつつ、狭い店内を見て回る。

ふと、一枚の厚めの紙が気になった。「地図……?」

「それかい?『神聖測量図』だ。この国の地図さ」。店主がそういった。

地図にしては結構ふにゃふにゃしているというか、中世の絵画のようないい加減さがあるというか……

「『ディスカ教』の聖書はもちろん読んでるよな?」

「えっ?あっ、はい」店主の問いかけに、私は適当に返事をした。もちろんそんなものは知らない。

「『唯一神』様がお導きくださった街々を中心に図版化したのがこの地図だ。わかりやすくて好評さ」

「なる、ほど……」



他にもマスケット銃が売っていたり、旅に役立つ諸々が売っていたのだが、それ以上に私はこの世界の技術革新に対する、この世界の人々の「意識の低さ」が目についた。

この世界の価値観は、『ディスカ教』による教えで統一されているようだった。

我々の生きていた世界ではイスラーム文化による技術革新によってヨーロッパは『再生』に突入し、新大陸の発見に至った。しかしこの世界においては、宗教的価値観からの脱却は技術革新によって起こり得なかったのか……?


難しい。

しかし、私の中にはふつふつと、静かなる情熱が沸き立っていた。

「この世界のこと、もっとよく知りたい」








街を散策しているうちに日も傾きかけ、太陽が少しだけオレンジ色に落ち込んできたので、私はギルド本部に戻って馬屋のバイクに乗り込み、『受領証明書』が内ポケットにあるのを確認してから、クレティアに戻った。

帰りはゴブリンには出会わなかった。


翌日の掲示板には、『捜索クエスト:18歳女性 帝都からクレティアへ移動途中に行方不明 残留物:衣服一式 荷物』と書かれている紙を見つけた。後でミリアに聞いたら「ゴブリンに襲われたのでしょうね……」と話していた。


私には何もできないが、どうしようとも思えなかった。


2024年9月20日 天気:晴れ

今日は帝都へと向かった。郵便配達のクエストは1回800ソンチームで、とても割がいい。でも、郵便物のほとんどは特段重要性の高くない手紙だった。クエストを何度もこなしてギルドからの信用を得ることで、もう少し重要性のある郵便物を運べて、報酬も弾むことになるかもしれない。まずは地道な努力だ。

帝都に行って、この世界のことを少しだけ学んだ。銃があって大麻もあるのに、人々の価値観は宗教規範から一切逸脱していない。私は技術革新によって意識改革も成されると考えていたので、不思議だ。

この世界のことをもっとよく知ろうと思った。そして、この便箋にそのすべてを記そうと思う。

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