ソバも元気だ おっかさん・・・①
あっおい馨!今のぁズルじゃろうが!」
「二河が弱いんが悪い」
2014年、広島県呉市。海上自衛隊の軍港と戦艦大和、そしてカレーで知られるこの街の外れ。山に囲まれた郷原地区。
私は二河という男と2人だった。公園で3DSを広げていた。
「あああああああ!!!負けた!!!」私はベンチから崩れ落ちた。
「馨は大事なところでツメが甘いんよ」。そう言って二河は笑った。
もう9月になって、郷原の水田には青々とした稲が水を張った水田に刺さっていた。4月初旬、山が茜色に染まった17時の郷原。風も少しだけ暖かくなって、いよいよ春の訪れを予感させていた。
「……馨は『付属』行くんやっけ」
「ん?まあ。受かるかは分からんけど」
「馨はすげぇなあ!郷原から広島でいっちばん賢い高校に!!保育園の頃からつるんでる俺も誇らしいわ」
「褒めても何も出てこんよ」
「将来この郷原から、黒瀬総理大臣が産まれるかもだな!」
「ハハ!まさか!」私は二河のそれを笑い飛ばした。二河は俯いた。「ワシぁ頭ようないけぇ、広島の工業高校行くよ」
「広島に引っ越すもんな」「そうよ、明日には新居に」
「広島市の……なんだっけ」「安佐南区の八木ってところ」「ふ~ん」
「……なァ馨」
「ん?」
「お前、高校行っても、俺とつるんでくれるか?」
二河はそう聞いてきた。190cmを越える図体は小さく縮こまっていた。
「あたりまえやん。俺も広島の高校行くし、まずまだスマブラで二河に勝てとらんし」
「……!馨!!」
「……?おお、穂!」
私の弟――穂がランドセルを背負って公園に来た。ガラガラの声で私の声を呼んでいたのですぐに気づいた。
「おいみのりん!お前のアニキほんまに頭ええな!」二河はそう言ってスクールバッグから飴の袋を引っ張り出して、穂に投げた。
「そんな陸玖くんはどうなんですか?」
「工業高校じゃ。ヤンキーばっかしよォ」
「ヒェ〜〜!でも陸玖くんのヤンキー姿、広島市じゃちょうどいいかも」
「間違いない」
「おいお前ら!」二河は笑った。
暖かい瀬戸内海の風が郷原にも吹き込んだ。生命の香りがする風だった。
「ん〜〜、暖かい風だなァ」
異世界生活も3日目になった。
昨日は疲れがどっと来てかなり寝込んでしまい、クラレッタに叩き起されてドタバタと宿の仕事をしていたら日が暮れてしまっていた。
ミリアはベッドメイキング、私は清掃という構図は変わらず、私はそれに加えて受付業務もやることになった。
ミリアはキッチンの仕事を料理番から覚え始めていた。
本当は昨日やるはずだったものを今日、今からやる。
私は街を歩いて、とある場所を目指していた。『ロテル・パスティチョット』はクレティア繁華街の中心地にあり、店を出ると市場や酒場や仕立て屋、少し外れたところには風俗街が立ち並んでいた。風俗街では制服を着た水兵らしき男たちが、娼婦にしばしの別れを告げていた。
市場ではトマトやリンゴ、ブドウやみかんなどがカゴに入って売られていた。みかんの木籠が並んでいる店にて立ち止まり、店番をしている幼女に尋ねた。「お姉ちゃん、みかんいくら?」
「みかん、いっこ10ソンチームだよ」
「じゃ、2つもらうよ」
「はい、20ソンチームちょうど!」
日本ではみかん1個70円くらいだから……まァ10ソンチーム100円、1ソンチーム10円という換算でいいだろう。この世界のみかんの需要によって違うだろうが。
ちなみに昨日の労働の日給が300ソンチームだった。日給300ソンチーム……3000円!3000円!?で我々は働かされていることになる。まあ宿と食事が着いているなら安いもんか……
みかんの尻を爪で押してぱっくりと二つに割り、身をひとつずつむしっては口に入れていく。
そうして繁華街を抜けると、ふと景色が開けて港に出る。
クレティア港は北、東、西側の三方を山に囲まれ、南側は『エタシーム島』という島によって蓋がされているので波が全く立たず、急峻な地形のため水深が深く、天然の良港である。
また、そうした地形のために攻めにくく守りやすい、軍港として最高の機能を持っている……らしい。
そんな港の、積荷所の目の前のところに、それはあった。
「ここが、『ギルド』……」
クレティアの港の真正面にある、一際大きい建物。『ギルド』と呼ばれる建物がそこにはあった。
服装の確認をする。今の服が昨日クラレッタからもらった正装であることを確認して、ひときわ大きなドアを開ける。
ギィィ、と木の軋む音がしてドアが開いた。
アイリッシュパブのような大広間に木製のテーブルと椅子が乱雑に置かれた、日の当たらなさそうな空間がそこには広がっていた。
ギルドの中には無数の人がおり、ファンタジー世界の『冒険者』みたいな服装をして腰に剣をぶら下げている人から、私のようなスーツとスラックスの、17世紀あたりのヨーロッパの肖像画にありがちな服を着ている人まで様々だった。
私は黒いハットを脱いで胸に抱えながら、一番奥にある受付まで足を早めた。
私のことを一瞥する人もいるが、大概は見向きもしていなかった。私がここに馴染んでいる証拠であった。
「すみません、『ギルド登録』の手続きを」
私は受付にいる女性にそう声をかけた。黒髪をひとつに束ねているいかにも役人顔の女性は、愛想笑いをしながら私の方を向いた。熟れてそうだった。
「はい、登録手続きですね。ではこちらに個人情報の記入と……『保証人』の承諾書はお持ちですか?」
「はい」。私はクラレッタから貰った1枚の紙……『登録承諾書』を手渡した。
「クラーラ・リットリオ……移民か……」
一瞬だけそんなつぶやきと私に対する視線の劣化を見逃さなかったが、聞かなかったふりをした。
「……はい、ご記入ありがとうございます。では、能力検査を行いますので裏手へご案内致します」
その後は、水晶に手を当てるよう言われて水晶に手を当ててみたり、識字率を検査されたり、投げられた小さいボールをキャッチできるか、などの検査をされ、検査が終わって40分くらい経った後、先程の受付の女性から1枚のカードが手渡された。
「手続きが完了いたしました。これがあなたの『冒険者カード』です」
「ぼ、冒険者……」
カードには私の名前と 『ロテル・パスティチョット』の住所、そして『判定:F』『魔法適性:なし』と書かれていた。
「こちらをお持ちいただければ、様々な『クエスト』を受領することができます。あちらの掲示板にあるものからFランクのクエストを受領できます」
それから私はよく分からなかったので、その近くにいる『冒険者』に昨日クラレッタからもらった日給を使って酒を奢り、色々と話を聞いてみることにした。
ギルドには酒場が併設されており、ビールが一杯20ソンチームで飲める。
私が「はるか遠い東の国から来た」と伝えるとどうやら理解したようで、色々と教えてくれた。
はるか昔から、人間は『魔物』という存在との戦いの日々であり、軍隊の派遣のみでは間に合わなくなった『帝国』が作った傭兵組織、それが『ギルド』。
しかし、今は新しい兵器の登場により徐々に魔物側を退けており、クレティアのような新興都市には魔物の襲撃から都市を守る城壁が築かれなくなっている。
そして、その魔物と戦う上で重要になってくるのが「魔法適性」らしい。しかし、私には魔法適性が0だったらしく、その結果の「判定:F」だそう。
これは仕方あるまい。バイクの代わりの当然の代償だ。
そしてこの『ギルド』では魔物の討伐を始めとする様々な依頼が受けられるそうだ。その『冒険者』と一緒に掲示板を見てみたら、1つの気になる依頼を見つけた。
「都市間郵便配達……」
「じゃあこれ、よろしくお願いします」
「はい」
「あとこれ、護身用に。クエスト終了時に必ず返すように」
「は、はい……」
蓋のない大きめの木箱を渡された。中にはたくさんの封筒や小さい小物などが入っていた。
それと、護身用のマスケット銃。正直全く使い方が分からないが、とりあえず持っておくだけで制圧力はあるはずなので、方にかけておく。私はそれを一度宿まで持っていき、バイクに麻紐でくくりつけた。
バイクを押し街の外れまで出てから、キーをオンにしてセルを回す。
キュルキュル……ドドドドドド…………
エンジンの始動音と共に聞き慣れたカブの排気音があたりに響く。
「これを、『帝都』まで、ね」
私は一速にギアを落として、帝都への道を進んでいく。
北側の軽い峠を越える。ミリアと出会った場所を越えて、ヒトが踏みしめたあぜ道をカブで走り抜ける。
CT125は砂利道程度なら難なく走れる。安定した走行感覚であった。
登りの区間が終わり、急に下山の道が始まる。ギアを落としてエンジンブレーキで速度を調節しながら慎重に渡っていくと……
「……すごい」
ふと視界が開け、見渡す限り何も無い巨大な平野部へと入った。
ルテティア平野。この『帝国』の中心部である。
ルテティア平野へと入り、しばらく走る……
ふと、真っ直ぐなあぜ道になにか人型のものが立っていた。
「??」
私はそう思いながら少しバイクを避けようとすると――
「グギャアアアアアアアア!!!!!」
「うわあああ!!!!!」
緑色の肌。長い耳。そして低い背丈。明らかに人間では無いなにかだった。その『なにか』がトゲの着いた棍棒を持ってこちらへと殴り掛かりに来ているではないか!私は咄嗟に回転数を上げ、一気にあぜ道を60km/hまで加速させる。
その物体が私に一撃を食らわせようとした時には、私は思いっきりその物体の真横を70km/hですり抜けていた。
「あ、あれって……魔物って普通にいるんだ……」
掲示板でちらっとみたアレに似ている。いや、「アレ」だ。ゴブリンだ。
しかし、ゴブリンは集団で動くとその掲示板に書いてあった。あの1匹は囮で、あいつに構った瞬間に周りから集団が出てきてリンチにされるのではないか……
「怖……」
ルテティア平野を道沿いに進むと、ふと城壁のようなものが見えた。その城壁の周りには様々な種類の土が敷き詰められている。小麦の黄金色、野菜の緑色、花の紫色……
そのまま走って城壁まで着く。素っ頓狂な顔をしている門番に身分を証明できるギルドカードを渡した。「クレティアからの郵便配達です」
「な、なんだ貴様!その珍妙な乗り物は!」
「……これは……」
全く言い訳を考えていなかった。私は咄嗟にこう答えた。
「はるか東洋の国の、『からくり』というものです」