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聖騎士・勇人が静かに剣を抜いた。まばゆい白銀の光が、その刃先に宿る。
「光刃展開。全員、隊列を維持して前進。聖女様、祈りを」
「……はい」
由里が胸の前で手を組み、静かに詠唱を始めた。淡い光が彼女を中心に広がり、周囲の地面から瘴気が霧散していく。
「『結界聖印(聖なる光によって強力な結界を展開する。村や拠点を守るために駆使されているが、発動には高い集中と長時間の詠唱が必要)』!! 聖域展開開始します。五分間は瘴気の影響を抑えられます」
「十分です、突破する!」
勇人が前に出て、振り下ろした剣が、瘴気をまとう異形を真っ二つに裂いた。後方では聖騎士たちが精密なフォーメーションで押し上げ、戦線を保っていく。
瘴気の霧をかき分けるようにして、勇者・仁が前へと進み出る。
「聖光斬――!」
神剣レイガルドが輝きを放ち、正面の敵を一閃。光の斬撃が敵陣をなぎ払い、浄化の波動が瘴気を霧散させる。
「前方、突破口が開いた!」仁が叫ぶ。
その後方――風を巻き起こすように、バルドの巨体が突撃する。
「どけェェェッ!!」
振り下ろされた戦斧『烈風の断』が、地を割り、三体の亡者を一気に吹き飛ばした。敵がバルドに集中する。だが、それすらも作戦通り。
「挑発成功。さあ来い、潰してやる!」
バルドが防御態勢に入った瞬間、側面から氷の槍が飛来する。
「『ブリザランス』――!」
魔導士・リディアの詠唱に応じて、冷気の槍が敵の足元を封じた。続けて雷の魔法が放たれ、氷と雷が交差する。
「足止め完了。仁、次の波動いける!」
「よし、援護感謝!」
さらに後方では、神官・セリアが高く杖を掲げ、優しい光を周囲に放つ。
「『ヒール』、そして『バリア』展開!」
回復の光が傷ついた戦士たちの身体を包み、防御の魔法障壁が前線を支える。瘴気の毒性も彼女の祈りでじわじわと無力化されていった。
そして、誰にも気づかれないまま、その背後――木陰を滑るように動いていたのが、斥候・キルシュだった。
「敵指揮官クラス、中央右手後方。索敵完了」
キルシュが手をかざし、幻影のように姿を消す。
『幻影のステップ』――視認不可能な機動で、キルシュは敵陣深部に潜り込む。そして、亡者の群れを操る魔導個体の背後に迫った。
「邪魔なんだよ、てめーだけは!」
キルシュの双短剣が閃き、敵の首元を一閃。声もなく崩れた魔導体に呼応し、前線の亡者たちが一斉に動揺を見せた。
「今がチャンス! 一気に押し切る!」
仁の声に呼応し、全員が突撃する。
前衛で俺と明が剣を交差させ、浄化と炎が戦場を焼き払う。後方では純子、有紗、沙耶が的確に敵を射抜き、聖騎士団が布陣を崩さぬまま圧倒していく。
「くっ……!」と叫ぶ純子の声と同時に、矢が三発、正確に敵の膝関節を撃ち抜いた。倒れた個体を明が追撃し、炎の刃で頭部を吹き飛ばす。
「テンポを落とすな! こっちの守りが崩れる前に数を減らせ!」
仁の号令が、全体の動きにリズムを与える。
一体、また一体。瘴気の亡者が斃れ、だが敵の数は減らない。むしろ、後方からさらに這い出す気配すらあった。
「駄目だ……このままじゃ押し切られる……!」
俺が呻くと、由里がはっと顔を上げた。
「祠の封印……完全に壊されたわけではありません! 今なら、私が再起動させられるかも……!」
「時間を稼げばいいんだな!?」
俺と仁が同時に言った。
由里がうなずき、祠の中央へと駆け出す。その背を守るように、聖騎士たちが再び円陣を組み、迫りくる亡者を迎撃する。
その一瞬――瘴気が、渦を巻いた。
「新たな気配……!」明が叫ぶ。
現れたのは、背丈三メートルを超える異形の巨体。全身が黒紫の霧に包まれ、無数の腕を持つ――まさしく、呪詛の中核。
「祠を壊しにきた本命か……!」
俺が剣を構えると、すぐさま明も並ぶ。「あれは……やべえな。でも倒す!」
「卓郎、援護するよ!」と有紗が声を飛ばす。
「沙耶、いける?」
「もちろんっ!」
三人の矢が雨のように放たれ、巨体の動きを止める。そして俺と明、仁が一斉に飛び出す。
巨体の一撃が地面を抉る。俺は『完全見切り』を発動――時間が伸びる。攻撃の予兆、わずかな隙、それが読める。俺の攻撃に巨体の攻撃が俺に集まる。
「明! 今だ、右腕を斬れ!」
「任せろッ!!」
炎の剣が唸り、腕を焼き落とす。続けて仁が敵の心臓部と思しきコアに向けて一閃――黒い霧が爆ぜ、巨体が崩れた。
「今のうちに――!」
セリアの『浄化の祈り』が、祠の周囲の瘴気をさらに浄め、由里の封印儀式を完全に補助した。
「……準備完了。再封印、始めます!」
由里の額には聖紋のティアラが眩いほどに輝き、手にした『聖印の書』を高く掲げ、ロメオから伝えられた『光の言葉』を念じる。
聖なる光柱が天へと昇り、瘴気の奔流を祠へと引き戻していく。黒い霧が嘶くように叫び、霧散していく様は、まるで夜明けのようだった。
戦いの終わりが、静かに訪れた。
空気が震え、瘴気が裂けるように退いていく。異形の亡者たちが、苦しむような叫びを上げ、次々と倒れていく。
数分後。
静寂が訪れた。
瘴気は祠に封じられ、黒い霧は一掃された。地面には、戦いの痕跡と、倒れた亡者の残骸だけが残る。
「……助かったの?」純子が矢筒を抱えたまま、へたり込んだ。
「いえ、助けたんだよ、私たちが」沙耶が微笑む。
ロメオが封印の周囲を確認しながら言った。
「この封印、簡易的な再構築じゃなく、根本から再編されたな……聖女・由里様、あなたの力だ」
由里は疲れた笑みを浮かべてうなずく。
「でも、これでもう時間は稼げました。次は……」
「呪詛の谷、だな」勇者・仁が言った。「今回の襲撃は陽動、もしくは試しだったのかもしれん。あの谷が、本命の拠点だ」
卓郎は、ゆっくりと剣を収めた。
「分かった。俺たちも行こう。鍵の意味も、その谷にあるかもしれない」
夜が明ける。
戦いは終わった。だが、次の戦いが待っていた。
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