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 亡者の爪が、黒い軌跡を描いて迫ってくる。


 その瞬間、世界が――静止した。


 いや、俺の意識が極限まで研ぎ澄まされたのだ。


 『完全見切り』発動。残時間、30秒。


 脳裏に響く声と同時に、敵の動きがはっきりと「読める」ようになる。爪がどう振り下ろされ、どの角度で俺の胴を裂こうとしているのか――その全てが見える。


 ならば、避けるだけだ。


 すっと体をひねり、攻撃を紙一重でかわす。返す刃で、右腕の関節を斬りつけた。


 骨と皮膚が裂け、腕が不自然な角度にぶら下がる。


 だが亡者は痛みも恐れも知らず、なお迫る。


「くっ……!」


 だが次の一撃も、俺の目には見えていた。


 今度は斬り下ろしを逆手で受け、体勢を崩した敵の首を――


「っらああああっ!!」


 明の叫びとともに、炎の剣が敵の頭部を吹き飛ばした。黒い靄が宙に舞い、辺りに瘴気が散る。


「調子いいじゃん、卓郎!」


「明、助かった!」


 だが、喜ぶ暇もなかった。上位個体が――こちらを見ていた。


 黒い甲冑を身にまとい、背中に剣ではなく槍を背負った亡者。その瞳孔の奥に、かすかに人の理性の名残のような光が灯っている。


「……来るぞ」


 仁の声に、俺たちは一斉に構える。


 その亡者は、一歩、また一歩とゆっくりと前に出ると、不意に口を開いた。


「……ケイ……ハ……カギ……」


 その声は、干からびた喉を無理やり鳴らすような、濁った低音だった。だが、たしかに言葉になっていた。


「言葉を……しゃべった……?」


 周囲の時間が、再び止まったかのように静まり返る。


 亡者の眼が、俺をまっすぐに見ていた。


「タカロウ……カギ……モドルナ……イ……」


 言葉の意味が分からず、だが、なぜか胸が締めつけられる。


 俺は、一歩前に出た。


「お前……何者だ? 誰なんだ?」


 亡者は、答えなかった。


 代わりに、背中の槍をゆっくりと抜き放った。


 その刃から、黒い火のような瘴気が噴き出す。


「下がれ! あれは、ただの上位個体じゃない!」


 仁の叫びと同時に、槍が突き出された。


 雷のような速さ。


 俺は再び『完全見切り』を使い、その攻撃をいなし、寸でのところで回避する。


「っ……! 何なんだよ、こいつ……!」


 地面に残された槍の跡が、黒くただれ、煙を上げていた。


 まるで――触れただけで死に至る毒のようだ。


「明、有紗、沙耶! 援護頼む! あいつの動き、封じられないか!?」


 純子が叫び、有紗が弓を構える。


「やってみる……!」


 三人の矢が、上位亡者に向かって放たれる。


 一本、二本はかわされ、だが最後の一本が肩に突き刺さった。


 その瞬間、亡者の動きが一瞬止まる。


「今だ! 一気に畳みかけろ!」


 明が飛び出す。俺も剣を握り直し、駆け出す。


 今は、戦うしかない。


 明が炎の剣を構え、真正面から斬りかかる。燃え上がる軌跡が、夜の黒を一瞬だけ塗り替える。


 ――だが、上位亡者はそれを読んでいた。


 わずかに身を引き、槍を横薙ぎに払う。鋭い風圧が、明の腹を掠めた。


「くっ……!」


 明が数歩、よろめく。


「明ッ!」


 俺の足が止まりかけた――が、そこで見た。槍を振り終えた直後の、わずかな隙。


 『完全見切り』はもう切れている。だが、さっきまでの動きが、今も脳裏に焼きついている。


 いける。


「うおおおおっ!!」


 喉が裂けるほど叫びながら、全力で踏み込む。足場が悪いのも構わず、全身の力を剣に込めた。


 上位亡者が気づき、槍を戻そうとする――遅い!


「っらああああっ!!」


 振り下ろした剣が、亡者の肩口から胸元までを斜めに裂いた。


 黒い血のような瘴気が噴き出す。だがそれでも、亡者は倒れない。


 その瞬間――


「火剣、ぶち込むっ!! 下がれ卓郎!!」


 明の叫びとともに、炎の奔流が炸裂した。


 直撃。


 亡者の甲冑が焼け、肉が崩れ、瘴気が爆ぜる。


 やがて、黒い煙をまとった塊が、地面に崩れ落ちた。


 息を呑むような静寂。


 その亡者は、最後に、もう一度だけ口を開いた。


「……カギ……ワレラ……マモ…………イ……」


 そして、動かなくなった。


「……あの亡者、最後に『守る』って言ったように聞こえた」


 明が静かに呟いた。


 周囲の戦闘も、徐々に終息しつつある。『フォーカス』の仲間たちが死者を確認し、結界の再確認に動いていた。


 俺は、亡者の傍に転がっていた小さな金属片に目を留めた。細かい文字が刻まれた――プレート? ドッグタグ?


「これ……」


 ロメオが近づいてきて、それを拾い上げた。レンズ越しに覗き込み、眼鏡の奥がわずかに震えた。


「これは……旧帝国時代の『封印守護者の証票』だ。しかも……このコード、中央神殿の封印守護者が身につけていたものだよ」


「中央神殿の……?」


「つまり、彼はただの亡者ではなかった。生前、封印を守るために選ばれた――『番人』だったのかもしれない」


 聖女・由里が、顔色を変えずに呟いた。


「……封印の守護者が、何者かの手によって堕とされた。そして、なお鍵を求めていた。……これは、警告なのかもしれませんね」


 勇者・仁が腕を組んだ。


「俺たちは敵を倒したつもりだったが――もしかすると、敵にされた者たちだったのかもしれない」


 静寂が、再びあたりを包む。



 ……だが、平穏は、長くは続かなかった。


「来るぞッ!! 村の東――森の奥から魔力反応、数十体!!」


 結界を見張っていたフォーカスの仲間が、悲鳴に近い声を上げる。


 次の瞬間、空気がぴりつく。遠くの木々がざわめき、黒い影が複数、闇の中からゆっくりと姿を現した。


「また亡者……!? いや、さっきのとは違う……!」


 有紗が矢をつがえながら目を細める。


 現れたのは、腐った皮膚と獣のような手足を持つ、異形の軍勢――瘴気に染まりきった、呪詛の眷属。


「村を……狙ってるのか……!」


「奴らは、封印を壊そうとしてるんだ……!」


 ロメオが叫んだ。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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作者の励みになります! お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ


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