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 遺跡の立体映像は、ゆらりと霧の中に浮かび上がっていた。


 白湖の底。柱が連なる回廊、半壊した神殿のような建物。水中に沈むその光景は、どこか現実離れしていて、見る者を引き込むような静けさと重みを持っていた。


「間違いない……これが『白き水面に沈みし都』……」

 俺は小さく呟いた。心の奥で、何かが軋んで動き始めるような感覚がした。


「ここにあるんだな。第五の……言葉と、記憶が」

 明が、真剣な表情で映像を見つめながら言った。


「えーと……つまり、その都市の中に入るってこと? 沈んだままの?」

 沙耶が不安そうに周囲を見る。


「どうするの? 潜るの? 装備なしで? それとも……また、じいちゃんの機械を頼るの?」

 純子の視線が、ゆっくりと銀蔵じいちゃんに向いた。


「おう! 任せておけ! 水中突入用の道具も開発済みじゃぞ!」

 じいちゃんは得意満面で、がっしりとした円筒型の新たな道具を掲げた。


「ま、また爆発するやつでしょ! ぜったい!」


「だがまあ……本気で、あそこへ行く覚悟はあるのかい?」

 ロメオ・ヴァインが、眼鏡の奥の瞳を細めて俺たちを見渡した。

 彼の言葉は冷静だったが、そこに宿るのは好奇心ではなく、警鐘のような響きだった。


「水の中が危ないのは分かってる。けど、行かなきゃならないよね」

 俺は映像の中の神殿をまっすぐに見据えた。


「準備は必要だ。潜水用の対策がいる」

 明が冷静に提案する。お調子者のくせに、こういうときは頼りになる。

「道具の方は、まあ……じいちゃんのを信じるしかないけど……」


「やめて! あんたバカなの! 信用の前提が間違ってる!」

 純子が即ツッコミを入れるが、じいちゃんは意にも介さず、胸を張る。


「ふふん、これぞ真の冒険じゃ。古の言葉と、古の記憶。ふっふっふ、ワシの機械たちも本望じゃな!」


「ロメオさんは絶対来るんだよね?」

 沙耶が尋ねると、彼は一瞬だけ眉を動かした。


「当然です。歴史研究家として、記録を残さねばなりませんからね」

 革のベストを整え、鞄を締めると、ロメオは静かに言った。


「『白き水面に沈みし都』……。そこに、古代文明滅亡の真実が眠っていると信じています。黒い霧の正体を知ること。それは、この世界のために絶対役に立つ」


 白湖の水面が、波紋の余韻を揺らしていた。


「で? その円筒型の……それ、いったい何なの?」

 純子が、疑いの目をじいちゃんに向けながら問いかける。


「ふふふっ、よくぞ聞いてくれた!」

 銀蔵じいちゃんは嬉々として装置を床に置くと、カバンの中からぐいっと巻物のような設計図を広げた。


「名付けて――《水中活動支援装置・三号改・対魔干渉対応型》じゃ!」

 自信満々に叫ぶじいちゃん。全員、反応に困る。


「……な、長い! もっと分かりやすい名前にしてよ!」

 沙耶が突っ込むと、じいちゃんは胸を張って答えた。


「通称、《マリンスーツ・Z》じゃ!」


「え、それで“Z”? 三号改なのに!?」

 純子が即座に食いつく。


「細けぇことはいいんじゃ! ええか、この装置はな、圧縮魔力を動力源として、使用者にぴったりとフィットする特殊な繊維を展開する。水中呼吸、浮力制御、視界確保、寒さ対策、さらに簡易的な防御魔法まで搭載しとる最強の潜水装備じゃ!」


「なにそれすごい! 着てみたい!」

 ロメオが目を輝かせる。


「うむ、5人分あるぞい。おまけに、脱いだ後はボタンひとつでコンパクト収納可能じゃ! 今なら鞄にも入るお手軽サイズ! 持ち運び簡単! 便利! 可愛い!」

 最後の一言だけ明らかにおかしい。


「誰が可愛いの!? 装備が!?」

 純子が盛大にツッコミを入れた。


「……爆発しないんですよね? ね?」

 有紗が、おそるおそる確認する。


「爆発はせん! 少なくとも、初回起動時以外はな!」


「初回が一番怖いんだけどぉおおっ!」

 全員、思わず叫んだ。


「……まあ、でも。潜らなきゃ先に進めないってんなら、頼るしかないってことだよね」


 明は苦笑しながら、装置に目を向けた。

「全部で5人分しかないってことは、2人はここで待機だぜ」


「ワシも行かせてもらうぞえ」

 銀蔵じいちゃんは当然だといわんばかりに装置を身につけ始める。


 持ち主なんだからそれは仕方がないし、本当のところ爆発しないか心配なので銀蔵じいちゃんが名乗り出てくれたことは正直歓迎である。


「ロメオさんも外せないから、あと三人しか行けないわ」

「水の中で戦うことを想定すると弓矢は不利かしら」

「明と卓郎は決定か」


 女子三人がじゃんけんを始める。結局潜るのは純子に決まる。純子の表情は微妙だ。


「よし。準備ができたら、出発だ。俺たちで《沈みし都》の謎を暴こうぜ」

 明が俺と純子に視線をむけると、二人に《マリンスーツ・Z》を手渡した。


 水面は、まるで鏡のように静かだった。


 俺たちは湖岸に並び、《マリンスーツ・Z》を装着していた。装置のスイッチを入れると、銀色の繊維がシュルシュルと身体を包み込み、ぴったりとフィットする。


「……おお、思ったより快適」

 明が腕を動かしてうなずく。


「ていうか、これ……見た目タイツっぽくない? ちょっと恥ずかしいんだけど……」

 純子が頬を赤くしながら腰をひねる。


「いいえ! 似合ってるわよ!」

 沙耶が無邪気に笑った。


「ふふ、ロメオさんのもぴったりだね」

 有紗が視線を向けると、ロメオはどこか諦めたように小さく笑った。


「研究のためなら、多少の羞恥は我慢しますよ……くっ」


「では! 出発じゃあああああ!」

 じいちゃんが勢いよく飛び込んだ。

 その直後――


 ボフッ!!


 水面で小さな泡が弾け、派手な音と共に水柱が立つ。


「……爆発してんじゃんか!」

「やっぱりかーッ!!」

「早くじいちゃんを助けてー!」

 俺たちは銀蔵じいちゃんを引き上げると、急いで魔法をかけて治療する。


「ヒール!!」


 何とか意識を取り戻したじいちゃんを有紗と沙羅にまかせ、俺たちはビビりながらも、順番に水へ身を投じた。幸いにも、その後爆発は起きなかった。



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