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 昼下がり、俺たちは『浪花』の村へ向かって、ゆるやかな坂道を歩いていた。


 道の両側には、ねじれた柳の木々が並んでいる。

 葉が風に揺れ、かすかな囁き声みたいな音がした。


 湖畔の村『浪花』。


 そこは以前、一度依頼で訪れたことがある。白湖に現れた『アクア・ミラー』を退治し、近くの森にある、掘り返し屋や呪物コレクターに荒らされ、崩れかけた《封霊の社》を修復した場所だ。


 銀蔵じいちゃんにあったのも、そのときだったな。


 銀蔵じいちゃん――自称、『元冒険者』・『伝説の爆薬錬金術師』にして、『森の癒し手』、さらに全てを診る『天眼の名医』。

 だが、実際は、ただただ残念なじっちゃんだ。


「銀蔵じいちゃん元気にしてるかな?」


 明が懐かしそうな顔をする。……何気に仲良かったもんな。


「あんたバカ! あの人の元気がない姿なんて想像できないわよ」


「うん。また変な道具持ってきて、爆発しそうって言いそう」


「明君って、銀蔵さんと楽しそうだったよね」


「そんなこと、あるかい! めちゃめちゃ迷惑っだったぜ!」


「いい感じで、絡んでたじゃない」

 純子が明をからかうと、明は赤い顔で純子を睨みつけた。


 そうこうするうちに、浪花村の、年季が入った簡素な木の柵と見張り塔が見えてきた。


 ドカーン!


「あれ、銀蔵じいちゃんちのあたりじゃね?」


「絶対そうだわ。……また変なもの作って、爆発しちゃったのね」


 明と純子が、顔を見合わせる。


「行ってみよう」


 俺たちは顔を見合わせ、足を速めた。


 近づくにつれ、村はずれの銀蔵工房から立ちのぼる煙が、もわもわと漂ってくる。

 昼間なのに、村の中はどこかぼんやり白く、まるで夢の中みたいだ。


 その中に――銀蔵工房が見えてきた。


 屋根の一部は黒く焦げ、あちこち補修の跡が雑に貼りつけてある。


「うわぁ……前よりボロボロになってねーか?」


「絶対、爆発のせいだわ」


「何回ぶっ飛ばしてんだ、あの家……」


 明と純子が顔を見合わせてため息をつく。


 そんな俺たちに気づいたのか、家の中からバタバタと足音が近づいてきた。


「おおっ、誰かわしの発明を買いに来たか!? ついに新型・超爆裂万能測定器の実験台が……って、なんじゃ、おまえらか!」


 銀蔵じいちゃんが、煙の中からぬっと顔を出した。

 手には、なにやら異様にゴツい金属製の筒を抱えている。


「ちょっとじいちゃん、それ何!? 絶対危ないやつだろう!」


 明が叫ぶと、じいちゃんは得意満面で胸を張った。


「ふふん! これはな、湖の深さも、魔力の濃度も、地中の金属も、一瞬で測れる超便利アイテムじゃ! 名前は――《超爆裂万能測定器・改》!」


「爆裂って時点で、測定する気ゼロだろ!」


 明が即ツッコミを入れる。


「で、なんの用じゃ? また何か依頼かの?」


「うん。今回は、白湖の中にあるっていう、沈んだ都市を探しに来たんだ」


 俺が言うと、じいちゃんの目がキラーンと光った。


「ほっほう! 沈んだ都市とな! それならちょうどええわい。こいつの初仕事にぴったりじゃ!」


 そう言うなり、じいちゃんは測定器の筒を俺たちに向けた。


「バカなの! それ絶対、撃ったら爆発するやつでしょ!! こっちに向けないでー!!」


 純子が慌てて手を振るが、じいちゃんはニヤリと笑う。


「大丈夫じゃ! わしも成長しとる! 今回は三回に一回しか爆発せん!」


「……高確率で爆発するじゃん!」


「うわぁ、やっぱ変わってない……」


「むしろ悪化してるかも……」


 有紗と沙耶が顔を引きつらせた。


 じいちゃんは気にする様子もなく、測定器を掲げる。


「さあ行くぞぉおおおお!」


「やめろおおおおおおお!!」


 俺たちの悲鳴を背に、銀蔵じいちゃんは、ノリノリだ。白髪を逆立て、満面の笑みを浮かべる。


「ちょっと失礼」

 霧の中から低く落ち着いた声。


 唐突に、割って入ったのは、革のベストを着た中年の男・ロメオ・ヴァイン。眼鏡の奥の瞳が鋭く光り、肩から下げた鞄の口には、古びた書物が無造作に突っ込まれている。


「私、歴史研究家のロメオ・ヴァインと申します。その測定器、どういう仕組みになっているか、非常に興味がありますな」


「えー! そこ、興味持たないでよー!」

 沙耶が頭を抱えて叫ぶ。


「ロメオさんとやら。……ふむ、あんた、なかなか分かっておるのう」


 じいちゃんが満足げに頷く。


「いえ、それほどでも。ただ、構造や理論には目がないもので」


「この新型・超爆裂万能測定器はの、爆発時に発生する振動波の跳ね返りを、ここの受信結晶でキャッチして――」


 そう言いながら、じいちゃんは測定器の側面をパカッと開いた。中には色とりどりの魔石と歯車が、びっしりと詰め込まれている。しかも、チカチカと赤く点滅する石が、一個……二個……いや、三個……。


「うわ、これカウントダウンしてない!? 点滅速くなってるよね!?」

 純子の声がうわずる。


「この状態で時間をおくと、勝手に起動しちゃうとか、ないよね……?」

 有紗が青ざめる。


「だ、大丈夫じゃ! その前に使えば……」

 じいちゃんの言葉を遮るように、機械から小さな電子音――ピッ、ピッ――が鳴り響いた。


「これ、やばいやつだああああ!!」


 明が叫んだその瞬間、じいちゃんが急いで測定器を白湖に向け、引き金を――


 ドカァァァァァァン!!


 閃光と轟音が辺りに響き渡った。


 湖面が一瞬、火柱のように盛り上がり、爆風が波紋を広げる。霧が一気に吹き飛ばされ、銀蔵工房の屋根の破片がどこからか落ちてきた。


 俺たちは地面に伏せながら、巻き上がる水柱を見上げていた。


「……ねぇ、今の……ちゃんと測定できたの……?」

 沙耶が震える声で聞いた。


「おおっ、これは……!」


 ロメオが感嘆の声をあげた。


 爆煙の中から、測定器に内蔵された魔法陣が淡く浮かび上がり、水中の立体映像が、空中にゆらりと投影された。


 それは――柱の並ぶ回廊、沈んだ神殿のような構造物。そして、半壊したドーム屋根の建物。


「まさか……本当に遺跡が……!」


 俺たちは、呆然とその光景を見つめていた。


「ふははは! どうじゃ、これがワシの新型・超爆裂万能測定器じゃあああああ!!」


 誇らしげに叫ぶじいちゃんの後ろで、測定器がジリジリと煙を上げていた。


「まさか今のが正常動作じゃないよね。……三回に一回の爆発、これがその一回ってことよね」

 純子がため息をつく。


「遺跡見つかったみたいだし、この機械、もう動かさないで良いんだよね?」

 有紗の不安げな声に、俺たちは黙ったまま、爆風の残響が消えていくのを聞いていた。



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