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浪花の村を目指して南西へ歩き出して、三日目。
俺たちは、小さな街『静奈』にたどり着いた。
街の入り口では、アーチ型の門に花が飾られ、道ばたには小さな市が立っている。
人々の声、香ばしいパンの匂い、風に乗って音楽が聞こえてくる。
「うわぁ、にぎやかだね!」
沙耶が目を輝かせて駆け出しそうになるのを、有紗がそっと袖を引っ張って止める。
「まずは宿を取ろう。荷物もあるしね」
俺はみんなに声をかけ、近くの掲示板で宿の案内を探した。
街中を歩くと、石畳がきらきらと光り、家々にはカラフルな布が吊るされ、通りのあちこちで屋台が並んでいた。
「うおー! あれ見ろよ、肉の串焼きだ!」
明が鼻をひくひくさせ、一直線に屋台へ向かう。
「ちょっと、はぐれないでってば!」
純子があきれたように叫びながらも、結局は屋台の匂いにつられて一緒に歩き出す。
ロメオは早くも書物屋を見つけ、足早にそっちへ。
「……まあ、休息だもんね」
有紗が苦笑して肩をすくめた。
「じゃあ、いったん自由行動だね! 夕方に広場の噴水前集合でいい?」
俺が宣言すると、みんな嬉しそうに散っていった。
*
軽く飯を食ったあと、俺は通り沿いのカフェに腰を下ろして、冷たいハーブティーを啜っていた。
白い日除け布が、風にふわりと膨らんで、また静かにしぼんでいく。
どこか遠くで、ゆるい笛の音が聞こえていた。
ふと視線を上げると、広場では沙耶と有紗がアイスクリームを頬張りながら、顔を寄せ合って笑っていた。
明と純子は、屋台で腕相撲をしてはしゃいでる。
ロメオは相変わらず、両腕いっぱいに古本を抱えて、にやにやしていた。
……俺は、ひとりだった。
別に今さら、気まずいとか、惨めだとか、そんなことは思わない。
こうなるのは、正直、わかってたから。
だって俺は――ずっと、こんなだった。
ギルドで組んだパーティも、何度も何度も首になった。
戦えない、使えない、面倒くさいって、呆れられて、疎まれて、切り捨てられてきた。
女の子にモテたことなんて、一度もない。
そもそも話しかけられたことさえ、ほとんどなかった。
でも、今は違う。
チートスキル『百点カード』がある。
もしかしたら、少しぐらいは期待してもいいんじゃないかって――そんな甘いことを、どこかで思っていた。
けど、現実はこれだ。
みんな、俺を置いて、それぞれに楽しそうにしてる。
俺は、誰に呼ばれるでもなく、こうして一人で、ハーブティーを啜ってるだけ。
――まあ、そんなもんだよな。
自嘲するみたいに、ひとつ小さく笑って、空を見上げた。
白い日除け布が、またふわりと風に揺れる。
俺はそっと目を閉じた。
せめて今だけは、パーティを首にならず、仲間と一緒に旅してることだけを、素直に喜ぼう。
そう思った。
――次は、白き湖。
沈んだ都市に、きっと新しい「言葉」が眠ってる。
……寂しい気持ちなんて、どうせすぐ、吹き飛ぶさ。
俺は、冷めかけたハーブティーを飲み干して、立ち上がろうとした。
――そのときだった。
「たっくん、ここにいたんだ!」
明るい声と一緒に、ぱたぱたと駆け寄ってくる足音。
顔を上げると、アイスクリームを片手に持った沙耶と、その隣に有紗が立っていた。
「一緒に食べよっ?」
沙耶がにこにことアイスを差し出してくる。
有紗も、小さなカップをふたつ持っていて、そのうちのひとつを俺に手渡してきた。
「たくろうくん、バニラ好きだよね?」
有紗が、少しだけ照れたように笑う。
……。
一瞬、うまく言葉が出なかった。
手のひらに乗ったカップが、ひんやりと冷たい。
有紗はアイスを差し出しながら、つい、癖みたいに髪を指でくるくるいじった。その仕草が、妙に女の子っぽく見える。
「お、おう……ありがとう」
そう言うのがやっとだった。
情けないくらい、心臓がどきどきしている。
「みんなで遊んでたら、たっくんいないからさ~、探しちゃった」
「ねえねえ、たくろうくん。ここ、いい?」
無邪気に言いながら、まるで当然みたいに俺の隣へ。
有紗も、そっと反対側に腰を下ろした。
二人とも、いつもよりちょっと距離が近い。
ぎゅうぎゅうに寄ってきて、くすくす笑い合っている。
俺は、どうしていいかわからなくて、ぎこちなくアイスにスプーンを差した。
……ああ、そうか。
置いていかれたわけじゃなかったんだ。
ちゃんと、俺のこと、探して、見つけに来てくれたんだ。
それが、たまらなくうれしかった。
「たっくん、これから浪花の村行くんだよね!」
沙耶が俺の顔をのぞきこむように、にぱっと笑う。
「白い湖、楽しみだねっ」
有紗も、ふわりと柔らかい笑顔を向けてきた。
……二人の顔が、やけに近い。有紗の横顔――耳が、ほんのり赤い気がする。
思わず視線をそらして、アイスに逃げるみたいにスプーンを突っ込んだ。
冷たいバニラが舌に触れる。でも、それ以上に、頬がじんわり熱くなるのを感じた。
(な、なんだこれ……。もしかして、ちょっと……モテてる?)
一瞬だけそんなありえない妄想が頭をかすめて、
すぐに、自分でその妄想をグーパンでぶっ飛ばす。
(いやいや、ないない。期待すんな俺。バカか)
どうせ俺なんか、昔からパーティ追い出されて、誰にも期待なんかされてなかったんだ。
女の子に好かれるなんて、勘違いなんてしたら、あとで自分が痛い目見るだけだ。
わかってる。わかってるけど――。
……それでも。
二人が俺の隣で笑ってくれるだけで、胸の奥が、じわっと温かくなるのを止められなかった。
俺は、ばれないようにそっと小さく笑って、アイスをもう一口すくった。
ひんやりと甘いバニラの味が、
少しだけ、泣きたくなるくらいに優しかった。
*
夕暮れが街を茜色に染めるころ、噴水広場にみんなが集まった。
「うーっ、食った食ったぁ!」
明が満腹そうにお腹をさすり、
「この街のアイス、超おいしかったよ!」
沙耶が両手を広げる。
「ここの手工芸品もすごかった。お土産にブレスレット買っちゃった」
有紗が小さな包みを嬉しそうに見せる。
「ふふ、こっちも収穫だらけだったぞ。古文書に、白湖の伝説っぽい記述を発見した」
ロメオが、満足げに眼鏡を押し上げた。
みんなそれぞれ、短い休息を存分に楽しんだみたいだ。
「よし、明日からまた、頑張ろうな!」
俺が言うと、みんながにっこり笑って頷いた。
やがて、街灯に火が灯りはじめた『静奈』の街で、俺たちはそれぞれの夢を見ながら、静かな夜を過ごした。
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