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鏡の湖――。
その名の通り、湖面は一点の波紋もなく、空と断崖、そして俺たちの姿を完璧に映していた。
風が吹いても、葉が落ちても、水面は揺れない。
まるで、ここだけ時間が止まったかのようだった。
「……すごい、まるで本物の鏡だね」
有紗が小さく息を呑む。
「でも、どうやって探すんだ? 『湖面に映るものを辿れ』って、具体的には……」
明が腕を組んで湖を睨んだ。
「とりあえず、手がかりを探しましょう」
純子が提案し、それぞれ湖の周囲を調べ始めた。
俺も湖面に目を凝らしながら歩いていた――そのとき。
何か、湖の中央に奇妙な影が映っているのに気づいた。
(……あれは?)
俺たちの姿や断崖とは違う、どこにもない何かが映っている。
それは細長く、ぐねぐねと曲がりくねった黒い線のように見えた。
「みんな、こっち!」
俺が叫ぶと、全員が集まってきた。
「なにこれ……湖の中に、道が……?」
沙耶が不思議そうに首を傾げる。
「いや、違う」
ロメオが眼鏡を押し上げながら、ぐっと湖面に顔を近づけた。
「あれは、湖の底じゃない。映っているだけだ。つまり、あの影は――空にある」
「空に?」
俺たちは一斉に、空を見上げた。
けれど、青空のどこにも、そんな影は存在しない。
「鏡の湖は、現実にないものを映す――そういう伝承がある。つまり、湖面に映ったものを辿るには、湖の世界に入らなきゃならないってことだ」
ロメオの声は、静かだが興奮に震えていた。
「湖に、入る……のか?」
明が戸惑いながらつぶやく。
そのとき、俺たちの足元――水面が、ぼうっと淡く光り出した。
「招いてる……?」
有紗が小さく叫ぶ。
湖の中心、黒い影の元へと、まるで導くかのように光の道が浮かび上がった。
「行くしかないみたいだね」
俺は剣の柄に手をかけながら、一歩、湖面に踏み出した。
――足が、沈まない。
まるで硬い水晶の上を歩くみたいに、俺の足はしっかりと支えられていた。
「わ……すごい」
沙耶が後ろから驚いた声を上げる。
俺たちは慎重に、光の道を進み始めた。
湖の中央付近までたどり着いたとき、急に、空気が変わった。
ザワァァァ……
まるで湖そのものが、こちらを見ているかのような、ぞくりとする感覚。
「……!」
俺たちは立ち止まった。
そして次の瞬間――
ズンッ!
湖面が盛り上がり、巨大な波紋が生まれた。
目の前の空間が、ぐにゃりと歪む。
「こ、ここ……境界だ!」
ロメオが叫んだ。
歪んだ空間に引き込まれるように、俺たちの体は一斉に光の中へ――。
◆ ◆ ◆
気づくと、そこは奇妙な空間だった。
上下も左右もわからない、青白く輝く世界。
足元には鏡のように透き通った床があり、無数の光の粒子がふわふわと漂っている。
「……ここが、湖の中の世界……?」
有紗が呆然と呟いた。
「見ろよ、あれ!」
明が指差す。
俺たちの前方に、黒い影――あの湖面に映っていた『道』が、実体となって現れていた。
それはぐねぐねと曲がり、どこまでも続いている。
ただの道ではない。
その道の周囲には、光の壁や渦巻く風、見えない罠のようなものが張り巡らされている。
「これが試練か……!」
俺は剣を引き抜いた。
そのとき――
ギュオオオオッ!!
空間の向こうから、何かが飛んできた!
「っぶな!」
咄嗟に身をかがめた俺の頭上を、光の槍のようなものが掠めていく。
振り返ると、無数の影――鏡の破片から生まれた兵士のような存在が、こちらに向かって押し寄せてきていた。
「くるぞ!」
明が剣を構え、俺たちもそれぞれ武器を手に取る。
「突破するしかない!」
純子が鋭く叫んだ。
「行こう、みんな!」
俺は叫び、先頭に立って走り出した。
ギィィィィン!
鏡の兵士たち――《ミラーナイト》は、ぎらつく剣を振り上げ、一斉に襲いかかってきた。
その姿はまるで、本物の騎士そのもの。ただ、全身がガラスのように透き通っている。
「くっ……速い!」
俺は剣を横に払って、一体の突撃を受け止めた。
ガァン!
衝撃が走る。
力負けはしないが、鏡の兵士は倒れない。まるで自分の映し身と戦っているかのような、いやな感触。
「卓郎、左!」
有紗が矢を放った。
キィィィン!
矢は正確に鏡兵士の肩を貫いた――だが、奴らは痛みも感じないのか、ビクリともせずに剣を振り下ろしてくる!
「氷結の矢、連射するよ!」
沙耶が走りながら矢を射続け、兵士たちを牽制する。
「フレイムバスターッ!」
明が剣を炎で包み、一体の鏡兵士に斬りかかる。
バシュッ!!
炎の剣が鏡の体を貫くと、たちまち兵士は内部から砕け、ガラスの破片になって霧散した。
「よっしゃ、火は効くぞ!」
明が笑うが――
「待って、明! 変なの来る!!」
純子が叫んだ。
次の瞬間、破壊された兵士の破片が、周囲の空気を吸い寄せるようにして――
ビリビリビリビリ!!
――新たな、巨大な《ミラーナイト》へと再構成されてしまった!
「うわっ、でっかくなってる!?」
再生して巨大化した鏡兵士は、両腕に大剣を二本ずつ持ち、圧倒的な威圧感を放っていた。
「火魔法で足止めする!」
俺は即座に判断した。
「クリムゾンバインド(火の鎖で敵を拘束し、じわじわ焼く拘束魔法)!」
火の鎖が、巨大兵士の脚を絡め取る。
だが、奴は力任せに火の鎖をちぎりながら前進してくる!
「ファイアバレット!!」
俺はさらに火の弾丸を連射する。
火の弾丸の嵐が兵士を襲い、ガシャンガシャンと音を立ててひび割れが広がっていく!
「今よ、集中攻撃!!」
純子が叫び、有紗と沙耶も一斉に矢を放った。
キン! キン! キン! キン!
無数の氷結矢と、俺のファイアバレットが、鏡兵士のひび割れた胸に集中する!
「とどめだー!」
明が剣を構え、全身の力を込めた一撃を叩き込んだ。
――ズドォン!!
巨大なミラーナイトは胸から崩れ、ガシャアァァアンと爆発するように砕け散った。
白い光が、辺りにぱらぱらと降り注ぐ。
「……倒した、のか?」
俺たちは息を整えながら、慎重に周囲を見渡した。
残るミラーナイトたちは、砕け散った破片に飲み込まれ、すべて消えていった。
道の先――光の奥に、何かが見える。
「行こう……きっと、あそこに!」
俺たちは剣を、弓を、そして希望を手に、光の向こうへと走り出した――!
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