76
数日後、俺たちは『緋の尾根の村』を後にした。谷を覆っていた霧は、儀式の後には薄れ、まるで何かが解き放たれたように風が澄んでいた。
「次の目的地は……ここか」
ロメオさんが広げた地図の上、赤い印が記されていた。
『紅の渓谷』。古文書にはこう記されていたという。
『火の神座に沈黙の声は眠る。赤き山が、その喉を開くとき、かの者は目覚める』
「火の神座……名前からして、何か強烈そうね」
純子が腕を組んで渋い顔をする。
「火山……? 噴火したら嫌だなー」
沙耶が思わず口をとがらせると、有紗がクスッと笑った。
「でも、風の谷と同じなら、また何かの記憶が残ってる可能性があるよね」
「場所的には、南方の山脈沿いだ。途中、交易路を通るが……問題はここだな」
ロメオさんが地図を指差したのは、赤い土砂に覆われた『廃都マグナ』の名だった。
「このルートを通るには、まず廃都の門を越えなきゃならない」
「そっちは魔獣の巣窟って噂の……」
明が口を尖らせる。
「大丈夫。今回は事前に許可を取ってある。あの遺跡探索の功績でな」
ロメオさんがギルドからの通行証を見せて胸を張る。
――これで道は開かれた。目的地は、第二の言葉『沈黙の声』が眠る『火の神座』。
夕暮れの空の下、俺たちはギルドの馬車に乗り込み、南へと向かう。
数日後、俺たちは紅の渓谷の入り口に辿り着いた。
風の谷とはまるで違う。ここは――
大地が燃えた跡だった。
地面は赤茶け、ところどころから蒸気が吹き出す。黒く焼け焦げた岩肌、崩れかけた石像、焼け落ちた祭殿の跡。かつてここに信仰があったとは思えないほどの荒廃。
「空気が……重い……」
沙耶が鼻を押さえる。硫黄の匂いが立ち込め、体がじんわりと汗ばんでいく。
「でも……この感じ、確かに力の残り香がある」
ロメオさんは岩壁をなで、感嘆の声を上げた。
「火の精霊信仰……火山の噴火を神の声と信じ、沈黙を神の怒りと捉えた部族の文化……これだよ、これだよォ!!」
「ロメオさん、テンション戻ってきたな……」
俺たちは、渓谷の奥へと足を踏み入れた。
沈黙の中に、誰かの祈りのような、囁くような、遠い声が微かに聞こえるような気がする。
渓谷の奥へ進むにつれ、空気は次第に熱を帯びていく。岩肌は黒く焼け焦げ、ところどころがひび割れ、真っ赤な鉱石が地中からのぞいていた。
「これが……かつての『火の神座』か」
俺たちの目の前には、半ば崩れた神殿跡が広がっていた。山肌に抱かれるように建てられたその構造物は、石造りでありながらまるで鉄のような赤い光沢を放っている。
「この材質……融岩を冷やして作った『火精石』かもしれないわ」
純子が壁に触れながらつぶやく。表面には、今も微かに熱が残っているようだった。
「彫刻が……あります」
有紗が指さしたのは、崩れかけた柱に残された複雑な浮き彫り。人の姿をした炎の神と、その神に跪く巫女たち。そして中心には、大地を穿つような火柱の文様が描かれていた。
「この文様……『火を封ずる儀式』だな。沈黙の声を聞くには、これを再現しないといけないかもしれん」
ロメオさんが手帳を取り出し、すぐさま写し始める。
そのときだった。
「……あれ、なにか、音しない?」
沙耶が眉をひそめる。耳をすませば、確かにどこかから――
コツ……コツ……コツ……。
石を踏みしめるような、乾いた音。
そして、それが消えた瞬間――
「熱っ!? 壁が光ってる!」
明が叫ぶ。神殿の奥の壁がぼんやりと赤く発光し始めた。その中心に、まるで口のような形状が開いていく。
「扉……?」
「いや、封印のようだ」
ロメオさんが震える声で言った。
「これは……『声を閉じ込めた祭壇』。この中に、『沈黙の声』が――」
――ゴウン。
低い音と共に、封印の扉がゆっくりと開かれた。
奥には、丸い部屋。中心に据えられたのは、黒焦げた台座と、その上に置かれた一本の炎の杖。杖の先端は砕けかけていたが、微かに赤い光を宿していた。
「これが……火の巫女の杖……?」
俺が手を伸ばすと、突如、空気が震えた。
――誰かの声が、頭の中に響く。
「……火よ。いま一度、言葉を……。災いを越え、力を導け……」
視界が揺れ、熱に包まれるような感覚。
――そして、目の前に幻が浮かぶ。
神殿がまだ立派だった頃の姿。巫女が祈りを捧げ、杖が火柱を呼び、空を裂いた『沈黙の災厄』が訪れた瞬間。
「っ……!」
俺は膝をつく。杖を離すと、幻はふっと消えた。
「間違いない。これが『第二の言葉』の痕跡だ」
ロメオさんが目を輝かせる。
「沈黙の声……まだ完全ではないが、この杖が『火の言』を記している。『第二の言葉』と繋がる、重要な鍵になるぞ」
「でも、今の幻……声が叫んでた。封じられたのは、力だけじゃなくて、何か……もっと悲しいものだった気がする」
俺の言葉に、誰もが黙る。
燃えるような沈黙の中で、声が確かに今も生きているようだった。
『第二の言葉』は、杖に宿る記憶と共に発見された。
神殿の封印が解け、火の巫女の杖に宿る『沈黙の声』が語られた夜。俺たちは焚き火を囲み、ロメオさんが解読した記録を聞いていた。
「この杖の根元に刻まれていた、古い言語の詩文……どうやら次の言葉を示す暗号のようなんだ」
ロメオさんは手帳をめくり、一節を読み上げる。
『光なき塔にて 鏡は眠る
嘆きを映し 夢を断つ
風も火も届かぬ地 第三の声はそこにある』
「『光なき塔』……『鏡』……?」
純子が眉をひそめる。
「つまり……地下とか、閉ざされた場所にあるってことか?」
明の推測に、有紗がぽつりと言葉を重ねた。
「『風も火も届かぬ地』って……もしかして、水の領域かも。冷たくて、静かで、閉ざされた場所」
全員が息をのんだ。
「水……そうか。三精霊の信仰が本当なら、風、火と来て、次は水……」
ロメオさんが地図を取り出し、ある一点を指差す。
「『鏡の湖』って呼ばれている場所がある。南東の断崖地帯に位置していて、夜になると星を映して真っ黒に見える。近くには、廃寺の跡もあるらしい。記録によれば、かつて『水の巫女』が祈りを捧げていた場所とか……」
「そこだ……!」
俺たちは顔を見合わせる。
皆が、『第三の言葉』は、水の巫女が眠る『鏡の湖』を探せば見つかると確信した。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この小説を読んで、「続きが気になる」「面白い」と少しでも感じましたら、ブクマと↓の☆☆☆☆☆から評価頂けましたら幸いです 。
感想のお手紙で「面白い」などのコメントをいただけると最高です!(本人褒められて伸びるタイプ)
お手数だと思いますが、ご協力頂けたら本当にありがたい限りです <(_ _)>ペコ




