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湖畔・夜明け前、空が、うっすらと白んできた。
夜の戦いが嘘のように、湖は再び静寂を取り戻していた。
水面には月がゆらめき、風もなく、ただ時折、葉が擦れる音が耳に届くのみだった。
「矢も、全部使い切っちゃった。……補充しないと」
有紗が矢筒を抱きしめるようにして呟く。
俺も、剣を地面に突き立てて息を整える。身体は限界ギリギリだけど、それでも今夜を生き延びた実感が、胸にじんわり広がっていく。
「問題なし……いや、筋肉痛だけは覚悟しろってレベルだな」
明が笑う。額には汗、服はびしょ濡れ。でも、その目だけは冴えていた。
そのとき――
「――おぉ〜〜い!! 無事かー!? 生きとるかーっ!?」
デカい声と共に、湖畔の木々をかきわけて飛び出してきたのは、この村『浪花』の住人、銀蔵じいちゃんだった。
毛糸の帽子にごてごてしたベルトを巻きつけたローブ姿。背中には謎の金属の樽、腰には試験管と爆薬の詰まったポーチ、肩には……何故かリスがちょこんと乗っている。
「じいちゃん!? ここは危ないよ!」
俺が叫ぶと、銀蔵じいちゃんは鼻を鳴らして言った。
「ふん、わしを誰じゃと思っとる! こう見えて『元冒険者』・『伝説の爆薬錬金術師』にして、『森の癒し手』、さらに全てを診る『天眼の名医』の銀蔵様じゃ! ちと心配になっての、様子を見に来たわ!」
俺は、「癒し手のくせに爆薬持ってくるなよ!」とツッコみそうになったが、何とか堪える。
「ふむふむ……うむ、全員無事じゃな。よし、これでわしが出張る必要もなかったな!」
ドン、と背中の樽を地面に降ろす。その瞬間、「ピッ……ピッ……」と嫌な音が鳴り出す。
「じ、じいちゃん、それ爆弾だろ!? 止めてくれ!!」
「おっと、すまんすまん! わしの『完全自動式・安心設計の爆裂癒しボム』じゃ。10回に1回しか爆発せんから心配ないぞ!」
「たまにしか爆発しないんかい!!」
沙耶が思わず突っ込む。
「まぁまぁ、それより……じいちゃん、あの影、何だったんだ? 魔獣って感じでもなかったし……」
俺の問いに、銀蔵じいちゃんは急に真顔になる。
そして地面に棒でざっくりと湖の絵を描き始めた。
「おぬしたちが戦ったのはな……『水霊の記憶』じゃ。ずいぶん昔の話じゃが、ここは精霊信仰の神域だったのじゃよ」
「精霊……って、自然のやつ?」
有紗が眉をひそめる。
「そうじゃ。けれどのう、精霊っちゅうのは人の心を鏡のように映す。怒りや恐れに触れると、やがてそれを形にしてしまうんじゃ……それが今回の化け物の正体よ」
「じゃあ……誰かが、あの湖で……?」
純子が口を閉ざす。
そのとき――
湖の奥、沈んだ水底から――
かすかに、青白い光が揺れた。
「……まだ、何かいる?」
明が剣を構え直そうとすると、銀蔵じいちゃんが制した。
「今は大丈夫じゃ。だが、封印が緩んでおる。誰かが意図的に、掘り返そうとしてるのかもしれんのう……」
じいちゃんの目が、真剣な光を宿す。
「よし決めた! おぬしたち、今日から『わしの弟子』じゃ! 共同調査を開始する!」
「いや、なんでだよ!?」
「いいから黙ってわしについてこい!」
俺たちの当惑をよそに、銀蔵じいちゃんはすでに共同調査の準備を始めていた。
村の外れ
「……で? なんで俺たち、朝っぱらからじいちゃんの秘密工房にいるんだ?」
俺は、薄暗い木造の小屋の中で、意味ありげに並んだガラクタ――じゃなかった、発明品を見つめながら言った。
天井から吊るされた風鈴のような魔力探知器。机の上には動物の毛でできた謎の回復薬。壁には「成功率38%!」と書かれた薬草地雷の設計図。
それらを背に、銀蔵じいちゃんは胸を張った。
「おぬしらのような若い冒険者にこそ、わしの『爆裂叡智』を継がせねばなるまい! まずは初級講義から始めるぞ! 題して――『安全な爆弾の作り方・入門編(ただし爆発する)』じゃ!」
「安全じゃねえじゃん!」
全員が一斉に突っ込んだ。
「そ、それより、調査するって言ってたけど……なにをするの?」
有紗がおそるおそる尋ねると、じいちゃんは「ふむ」と頷いて、机の奥からぼろぼろの地図を広げて見せた。
「このあたり一帯にはな、古代精霊文明の遺構が点在しとるんじゃ。その『記憶』が、湖に溜まり続けとる。特に注目すべきは……ここ!」
地図の中央に、大きく赤丸で囲まれた場所がある。
それは――『封霊の社』と記されていた。
「数百年前、この社で何かが封じられた。じゃが、それを誰かが解こうとしておる。今夜の戦いは、きっとその前兆じゃろう」
「じゃあ、俺たちはそこに向かって調査を?」
「うむ。ただし、すでに目をつけとる輩もおる。『掘り返し屋』や『呪物コレクター』じゃな。油断すれば、また闇の精霊を呼び起こすぞい!」
「ちょっと待て、それ普通にやばい奴らじゃん……!」
「だからこそ――」
じいちゃんがくるりと振り返り、満面の笑みで言った。
「おぬしたちの出番じゃ! わしの弟子一号チーム、通称《銀爆戦隊》! 出撃じゃ!」
「いや勝手に名前つけるなーー!!」
「爆発担当は明じゃな。回復係は卓郎。罠設置は有紗、動物交渉係は沙耶、指揮は純子、そしてわしは全部!」
「欲張りすぎぃ!!」
そんなふざけたやりとりの中でも、
俺たちの胸には、確かにひとつの覚悟が芽生えていた。
あの夜の化け物の発生が終わりじゃないなら、今度こそ、ちゃんと調べて、終わらせる必要がある。
そして、俺たちなら、ちょっと変なじいちゃんがついてても――いや、ついてるからこそ、何とかできるかもしれない。
「……よし、行こうぜ。封霊の社へ」
明の掛け声に、銀蔵じいちゃんがニヤリと笑う。
「うむ、よく言った! さすがは、わしの弟子じゃ!」
「弟子になった覚えはねぇよ! しょうがねー爺だぜ」
明は呆れているが、俺はちょっとだけ、このお茶目なおじいちゃんに付き合ってやるかと思っていた。
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