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 宴の余韻も冷めやらぬ数日後――。

 パーティ『フォーカス』の仲間たちは、それぞれ次なる成長を目指して、新たな道へと歩み始めていた。

 もう一段上を目指し、それぞれが新しいスキルを身につけようと話して決めたのだ。

 女子三人は『遠距離射的ロングショット』を、明は『斬鉄』を身につけるためそれぞれ道場に通うことになっている。その間卓郎は依頼は受けないが、一人で狩はするつもりであった。


 北方の丘を背に建つ木造の訓練場、その名も『遠距離スキル道場』。

 古びた看板には、弓と杖が交差する紋章が刻まれており、すでに多くの冒険者たちの通った痕跡があちこちに残っている。


「うわあ、見て見て見てっ! 本物のスキル道場だよっ!」

 早くもテンションMAXの沙耶が、道場の入り口でぴょんぴょん跳ねながら声を張り上げた。


「うるさいってば、沙耶。ちょっとは落ち着きなよ」

 隣で腕を組んで睨みつける純子。だがその眉間の皺の奥には、期待と緊張が隠しきれていない。


「まあまあ、せっかくだから楽しもうよ、純子ちゃん。沙耶だって嬉しいんだよね?」

 有紗がふわりと微笑みながら二人の間に入る。その穏やかな声に、純子は少しだけ肩の力を抜いた。


 この日から三人は、Dランクからの脱却を目指して『戦闘用弓スキル』の習得に挑む。ここ『遠距離スキル道場』は、間接攻撃のスペシャリストを育てる名門だ。


 入ってすぐの道場内には、張り詰めた空気が流れていた。屋内の射撃場には、揺れる的、回転する標的、さらにはランダムに動く障害物まで設置されている。自然の戦場を模した設計で、ちょっとした冒険クエスト顔負けの臨場感だ。


「――今日から君たちには、『遠距離射的ロングショット』をみっちり叩き込む。甘ったれた気持ちで来たのなら、今すぐ帰れ」

 低く、重く響く声とともに現れたのは、肩幅の広い男。髪は短く刈られ、顎には無精髭。鋭い眼差しは、一瞬で相手の本気度を見抜くようだった。


 道場師範・天弓。元は王都の狙撃兵部隊に所属していたという噂の男で、現役時代の命中率は99%超えという伝説も残る。


 師範の視線が、順に三人を貫いた。


「帰る気なんて、さらっさらないですっ!」

 一歩前に出て、迷いなく答えたのは純子。目には強い火が宿り、背筋はまっすぐに伸びている。


 その言葉に、天弓の口元がわずかに緩んだ。気に入った――とでも言いたげな表情。

「よし。それなら――まずは構えからだ。全身の力を抜き、だが緊張感は保て。狙ってから撃つんじゃない。撃つために狙いを知れ」


 三人はすぐに指示に従い、それぞれのスタンスで弓を構えた。

 純子は安定した脚取りで、フォームもほぼ完成されているが、力みがやや目立つ。


 有紗は一見頼りなさげだが、射線を読む目の良さが際立つ。

 そして沙耶は――的に向かって叫ぶ。

「うおーっ! やってやるわ!」


「……沙耶、その気合い、的にぶつけすぎ」

 純子が呆れながらも微笑を浮かべた。


 訓練が始まると、道場内には矢が空を裂く音が響き渡る。


 外れるたびに、師範が短く的確に指摘を飛ばす。

「右肩が上がっている。呼吸が荒い。集中の前に心を整えろ」


「は、はいっ……!」

 沙耶は汗だくになりながらも、笑顔を絶やさない。何度も外しながらも、彼女はまっすぐに的を見据えていた。


「当たった……!」

 その小さな歓声に、有紗がそっと拍手を送る。

「すごいね、沙耶ちゃん。ちゃんと当たったよ」


「えっへへへー、へへ、へ、……ふへえええ、もう腕ガクガクー……!」

 その場に倒れ込む沙耶を見て、純子もつい笑ってしまった。


 それぞれのペースで、一歩ずつ、前へ進んでいく三人。

 この道場で過ごす日々が、彼女たちをより強く、頼もしくしていくに違いなかった。



 一方その頃、ギルド南の一角にある「近接戦特化スキル道場」では――。


「……『斬鉄』、か」

 明は夕日に照らされた訓練場の中央で、黙然とミスリルソードを見つめていた。

 深く吸った息を吐き、炎のような瞳をギラリと燃え上がらせる。


「この俺に、習得できるかな……」


 目の前に立つのは、鍛え抜かれた身体と静かな気迫をまとう師範代。

 その背後には、分厚い鉄板や岩石の標的がずらりと並ぶ。すべて、ただの斬撃では傷ひとつつかない代物だ。


「『斬鉄』は、力ではなく――意志で斬る技だ」

 師範代が静かに一歩踏み込み、無骨な大剣を振り抜く。


 ズバアアアッ!


 乾いた金属音とともに、目の前の鉄塊が真っ二つに裂けた。切断面はあまりに滑らかで、切られた瞬間すら感じさせない。


「……なるほどな」

 明は小さく笑うと、刀身に指を滑らせた。自らの手のひらが薄く切れたことも気づかぬほど、彼の集中は剣に向いている。


「やるじゃねぇか、じいさん。面白れぇ」

 口元がニヤリと吊り上がる。

 次の瞬間、剣を構えた彼の周囲の空気が、一瞬にして張り詰めた。


 ――ズン、と音を立てるような重い踏み込み。

 剣筋はまだ粗削りながら、鋭さだけはすでに一級品だった。風を裂き、視界を切り裂くようなその一撃。


「喝ァッ!!」


 刃が岩の標的にぶつかり、弾かれる。

 しかし、たしかに――一筋の斬痕が残っていた。


「……まだ遠い。でも、感触は掴んだ」

 明は静かに目を閉じ、剣を納める。


「何度でも繰り返すさ。俺は、剣の極みまで辿り着く」


 夕陽の中、彼の背中に影が伸びる。

 その影は、どこまでも真っすぐ、鋭く、そして熱かった。



 そしてもうひとり、静かに狩場を駆ける者がいた。


「……さて、やるか」

 卓郎は草原の奥地、魔獣コボルドの巣に身を潜めていた。


 仲間たちがスキルを習得するまでの間、自分にはやるべきことがあった。

 ――戦い、ポイントを稼ぎ、さらなるスキル取得の準備を進めること。


 彼はミスリルソードを抜き、静かに息を整える。


「ファイアバレット」


 火の弾が走り、コボルドたちの注意を引いた。次の瞬間、卓郎は草むらを駆け抜け、群れのど真ん中に飛び込む。


「完全見切り!」


 動きがスローモーションに見える。

 一体、また一体と、剣の切っ先が無駄なく敵を仕留めていく。


(仲間が努力してるんだ……俺も、立ち止まってられない)


 汗を拭う間もなく、次の獲物が姿を現す。

 ――卓郎の孤独な狩りは、淡々と続いて行った。



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よろしくお願いします。これからは、四話投稿6:00、12:10、16:30、20:00です。

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