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翌朝。今日の空は妙に霞んでいた。
気のせいか、通りを歩く人の足も少しだけ早い。なんというか……落ち着きがない。
俺は寝ぐせを整えながら、大通りを歩いてギルドへ向かっていた。
晩飯はステーキ行くかー、なんて気楽なことを考えていた。
――が。
「……ん? なんだ、あれ」
ギルドの掲示板前のには、いつも以上の人だかりができていた。
珍しいことではある。けど、集まってる人たちの顔がどこか強張っているのが気にかかる。
近づいてみると、掲示板の中央に大きく貼られていたのは一枚の警告文。
【注意喚起】
昨晩より、南の森、川辺の湿地、周辺にて魔物の活性化が確認されました。
特に、通常よりも大型の変異個体の出現が報告されています。
冒険者ギルドとして、当面の間F〜D級のソロ討伐は自粛を推奨します。
不審な現象を見かけた場合、速やかにギルドまで報告してください。
「おい……また変異個体かよ……」
「昨日、ジャイアントフロッグのやべー奴出たばっかだろ?」
「これって、川辺の湿地……あんたたち昨日行ってなかった?」
人混みの中から顔見知りの冒険者に声をかけられて、俺はちょっと苦笑いを返した。
「ああ、いた。いたけど……まさか、まだ続きがあるのか?」
言いながら、背中にじわりと冷たい汗が伝う。
俺たちが倒したのは確かに強力な変異体だった。
けど、あれが最初だったとしたら?
ギルド内も、普段とは違って静まり返っていた。
受付の礼子さんも、いつもの笑顔が少しだけ硬い。
「おはようございます、卓郎さん。昨日の様子、詳しく聞かせていただけますか?」
「うん。……けど、その前に聞いていい? 変異個体って、昨日のジャイアントフロッグだけじゃなかったの?」
彼女は一瞬だけ眉をひそめ、声を落とした。
「今朝未明、南の森から戻ってきたB級パーティが、異常な魔素濃度の上昇を報告してきたの。……魔力の濃度が急激に高まってる。何か、変だわ」
魔素の濃度?
そんなの、ボスが湧く前兆じゃないか。
胸の奥が、昨日とは違う不安でざわつき始めていた。
俺たちFランクパーティは、ギルドの奥の端っこ――いわゆる「下級者用の依頼掲示板」の前に集まっていた。
掲示板には「キノコの採取」「いたずらモグラの駆除」「古井戸の掃除」など、地味で安全な依頼ばかりが並んでいる。
もちろん、危険度は低いけど報酬も控えめ。南の森のような冒険らしい冒険からは、程遠い。
「……やっぱり、南方面の依頼は閉鎖か。Fランクには関係ないって扱いね」
純子が不機嫌に掲示板を睨みつけた。今日も変わらずくびれた腰に手を当て、目を細めている。
「ま、まあまあ、仕方ないよ。昨日の件だって、報告してもたまたま運が良かったって扱いなんでしょ?」
有紗が俺たちをなだめるように微笑むけど、その瞳は少し曇っていた。
妹の沙耶も、横で「うーん、昨日の変異ガエル倒したのになぁ」とぽそっと呟いている。
「実力、認めてもらえてないってことか……」
俺は掲示板に視線を戻した。昨日、あれだけ必死に戦って命を懸けて、勝ったのに――俺たちは、たまたま勝てた程度の扱い。
「おい、これ見ろ。北の農村から来てる依頼。畑を荒らす魔獣の群れ、ってある」
明が一枚の紙を指差した。すでに何人かがそれを見てスルーしていった形跡がある。
「ウサギ型の魔物、『ラビバグ』の群れ……行動は素早いが、集団行動に弱点あり、か」
俺は読みながら頷いた。ステータスが上がった今なら、対処はできそうだ。
「報酬も悪くないわね。討伐報告で一体につき銀貨5枚ってとこか」
純子が言うと、有紗と沙耶も頷いた。ウサギ型の魔物、『ラビバグ』の群れ
「じゃあ、これにしよっか? 北方面なら、ギルドからの注意区域からも外れてるし、安全な範囲内だよね」
「さんせーい! モフモフしてたらちょっとかわいそうだけど……でも悪い魔物なんだもん、しょうがないよねっ!」
「よし、決まりだな。北の農村――『山本村』か。朝のうちに移動して、昼前には現地に着けるはずだな」
俺たちは、受付の礼子さんのもとへ依頼書を持って向かう。
彼女は少し驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな表情を浮かべて言った。
「山本村ですね。……ええ、安全確認済みです。気をつけて行ってらっしゃい。最近の貢献、私は評価してますよ。……きっと、もうすぐパーティランク、上がりますよ」
その言葉に、胸が少しだけ熱くなった。
――見ててくれた人は、いたんだな。
俺たちは新たな依頼書を手に、街の北門へと向かっていった。
空はまだ曇りがちだが、遠くに見える丘の向こうには、一筋の光が差していた。
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