表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
 ダメスキル『百点カード』でチート生活・ポイカツ極めて無双する。  作者: 米糠


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

259/296

255

 

 馬車は再びぎしぎしと音を立てながら動き出した。

 御者はまだ緊張気味で、時おり空を見上げている。


「……僕、今日からカラス嫌いになりそう」

 カイが大げさに肩を落とす。


「今日から?」

 リーナがからかうようにカイを見つめる。

 ……正直におっしゃい。


「……いや、前から好きじゃなかったけど、今日で決定的になったよ」

 カイが俺の方をちらっと見る。

「だけど、卓郎さんもリーナさんも、すごいね。あの中で外に出る勇気、僕にはなかったなー」


「勇気っていうか、男には、やらなきゃならない時もあるのさ」

「わたし、女ですけど?」


「まあ、リーナの場合は、ただの命知らずってやつだけどな。無謀過ぎる」


「あー! ひどーい! 無謀って言った!」

 リーナが頬を膨らませ、俺をポコポ叩いて抗議をする。

「わたしは、わたしは、一生懸命卓郎さんに付いていったんですー!」


「あはははは! リーナがいて助かったよ!」


「そうでしょう? わたし、頑張ったんですからー!」


「わるい、わるい! リーナならカラスに負けるはずないのは知ってたよ。今のは冗談、冗談だよ!」


「もー! 卓郎さんのいじわるー!」


 そんな二人をよそに、アリアは膝の上で小さな布包みを広げ、《黒嘴カラス》の羽根を一本手に取っていた。

「この羽根……魔力がまだ残ってる。普通は死ねばすぐ消えるのに」


「じゃあ、やっぱり森で何かあったってことか」

 俺が聞くと、アリアは小さく頷く。


「そういえば……あの森の方角、空気が重そうだね」

 リーナが窓の外をじっと見たまま言った。


「重い?」

「霧じゃない……もっとこう、押しつけられるみたいな気配。普通の森じゃない感じ?」


 カイが、笑おうとして笑えずに肩をすくめる。

「なんか怖い話やめようよ。夜寝られなくなる」


「昼間から寝そうなやつが何言ってる」

「僕は、移動中は寝る派なんだもん!」


 御者がちらっと振り返った。

「みなさん……森に入るのは、あまりお勧めしませんよ」

「聞きたいけど、どうせ不安になる話でしょう?」

 カイが言うと、御者は苦笑いした。


「最近、村の周りでも獣の姿が見えなくなって……代わりに、森の方から鳥や魔獣が出てくるんです」


「獣がいなくなる……ああ、食物連鎖が崩れてる」

 アリアが小声で呟いた。


 俺はふと空を見上げた。

 雲ひとつないはずの青空――だが、東の端に、ごく薄い灰色の筋が揺れているのが見える。


「……あれが、森の霧か?」

「かも。でも、普通の霧じゃなさそうだね」

 リーナの声が妙に低かった。


 カイが頬をひきつらせ、わざと明るく言う。

「な、な、なーんだ、でも、大丈夫だよ。ほら、無謀な二人がついてるし!」


「あのね、無謀って褒め言葉じゃないからな」


「違うの?」

「違う」


 そんな軽口を交わしながらも、馬車の中には言葉にならない緊張が少しずつ満ちていった。


 陽は少し傾き、金色だった麦畑の色がオレンジに染まりはじめていた。

 馬車は丘を越え、ゆるやかな下り道へと差しかかる。


「あとどれくらいで村に着くんです?」

 俺が御者に尋ねると、返ってきたのは間の抜けたほど静かな声だった。

「……一刻ほどです。ですが……」

 御者は言いかけて、口をつぐんだ。


「ですが?」

 カイが眉をひそめる。

「いや……気のせいかもしれません」


 馬の歩みが、いつの間にかゆっくりになっていた。

 御者が鞭を入れようとしても、馬は耳を後ろに伏せ、嫌がるように足を止める。


「おかしいな……道の真ん中に、何か……」

 御者の声に、俺たちは荷台の端から顔を出した。


 夕焼け色の道の先――そこに、何十羽もの《黒嘴カラス》が群れを成していた。

 まるで誰かを待つかのように、道の真ん中で整列している。


「……ねえ、あれ、普通じゃないよね?」

 アリアの声がわずかに震える。


「普通じゃないどころか……気味悪すぎ」

 リーナが呟く。

「羽根の色、さっきのより黒い……光を吸い込んでるみたい」


 アリアが短く息をのむ。

「……全部、魔力を帯びてる。しかも、同じ方向を見てる」


「同じ方向?」

「――私たちの方」


 群れの一番前のカラスが、ゆっくりと翼を広げた。

 空気が冷たくなる。


「卓郎さん」

 リーナが俺の横に立つ。


 俺は、剣に手をかけて、しかしまだ抜かない。

「どうする? さっきの奴と同じなら蹴散らすのは訳ないけど……戦う前に、あいつらが何をするつもりか見てみるか?」


 俺が答えた途端、カラスたちは一斉に首をかしげた。

 その動きは奇妙に揃っていて――まるで人間の合図のようだった。こいつら、そこそこ知能がありそうだな。しかも、なんだか統率が取れてる。例外的に、つまらなそうにさぼっているのもいるけど。


 そして、次の瞬間。

 群れは翼を広げることなく、地面を跳ねるようにしてこちらへ迫ってきた。

 羽音ではなく、足音だけが、ぞぞぞっと近づいてくる。なんだかキモイ。


「やっぱり普通じゃないっ!」

 カイが悲鳴をあげる。まあ、子供には怖いわなあ。


「おい御者! 馬を回せ!」

「は、はいっ!」


 御者が慌てて手綱を引くが、馬は動かない。

 前方から迫る黒い群れと、冷たい夕暮れの空気――馬車はまるで罠にはまったかのように、そこで立ち止まってしまった。馬も怖がっているらしい。やっぱり、こいつらを蹴散らすか?


 カラスたちは、俺たちとの距離を五メートルほど残したところで、ぴたりと止まった。

 ほーう、良い勘してる。それ以上近づいたら、俺の剣が振られるとこだったぜ。命拾いしたな、カラスくんたち。


 赤い瞳が、夕陽に反射して妖しく光る。

 その光景は、まるで門兵が侵入者を見定めるようだった。


「……動かない」

 カイがごくりと唾を飲む。


「いや、動けないのよ」

 アリアが小さく首を振る。

「何かに縛られてる……まるで命令を待ってるみたい」


 ……俺の殺気を感じて、間合いに入れないでいるんじゃないのか?


「命令?」

 リーナが眉をひそめた瞬間、群れの奥の一羽が低く鳴いた。

 その声を合図に、カラスたちは道の両脇へと一斉に散っていく。


「……行かせてくれるつもり、か」

 俺は剣から手を離す。

「御者、今のうちに行け」


「は、はいっ!」

 御者が鞭を鳴らすと、馬はおそるおそる足を踏み出した。

 カラスたちは道の両脇でじっとこちらを見つめたまま――まるで見送るかのように、微動だにしなかった。


「なんだよ、これ……」

 カイが座席に沈み込み、肩をすくめる。

「ぼく、なんか変な儀式に参加させられた気分」


「儀式というより……通行許可?」

 アリアの声が低く響く。

「森に関わる何かが、私たちを通している?」


 まあ、そうかもしれないし、そうでないかもしれなけどね。


 リーナが荷台から外を見やり、目を細める。

「でも、なんで私たちを? 普通、森の魔物なら村に入らせたくないはずじゃ……」


「それが分かれば苦労しないさ」

 俺はため息をつく。

「とりあえず、村に着いたら宿を取って……情報集めだ」


 馬車は再びぎしぎしと進み、丘の向こうに小さな灯りが見え始めた。

 それが《ブリュンの村》だった。


 だが――近づくにつれ、異様さが増していく。

 家々から漏れる灯りは少なく、夕食時だというのに人の気配がない。

 道端の井戸には蓋がされ、干してあるはずの洗濯物も見当たらない。


「……なんか、静かすぎない?」

 カイが声をひそめる。


「村っていうより、廃墟みたい」

 リーナの表情が険しくなる。


「おかしいな……二日前にここを通った時は、もっと人がいたはずなのに」

 御者が小さく呟いた。


 やがて馬車は村の広場に到着する。

 中央の大きな樹の下――そこに、老人がひとり、背中を丸めて座っていた。

 だが、その視線は俺たちを見ていない。


 まるで――何か、遠くを見つめているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ