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――王都中央大通り。
ギルドを出て数分も歩けば、両脇に並ぶ商店の看板がひしめき合い、道行く人々の声と馬車の車輪音が混じり合う。
その一角に、古びた木製の看板に『地図屋モルガン』と書かれた小さな店があった。
「ここでいいかな」
俺は店の古びた看板を見上げながらつぶやく。……店は小さいが、本屋ではなく、地図屋と看板を出すくらいだから大丈夫だろう。
リーナも、俺のつぶやきに頷いている。
俺が扉を押すと、カランカランと鈴の音。中には、地図や古文書が所狭しと並び、紙とインクの匂いが漂っている。
「いらっしゃい」
奥から、丸眼鏡をかけた初老の男が現れた。白髪を後ろで束ね、インクで汚れた指先をしている。
「北方の《ブリュンの村》と、その先の《霧深き森》の位置を知りたい」
俺が用件を告げると、男は「ほぅ」と目を細めた。
「珍しいね。《霧深き森》って危ないんじゃなかったか? 怖い魔獣も出るって噂だし、あそこに行きたがる物好きは少ないよ。地図を出そうか?」
物好きいうな! 好きでそんなとこ行くわけじゃないんだよ。……とは口にださず。
「お願いします」
モルガンは長い引き出しから羊皮紙の地図を取り出し、カウンターに広げた。
「ほら、ここが王都だ。北に街道を三日、ここで分かれ道。東に行けば交易町、西に進むと《ブリュンの村》に着く」
「意外と近い……いや、歩きなら近くないか」
カイが地図を覗き込みながら呟く。
「馬車なら二日、徒歩なら四日は見なきゃいけないな。だが問題は、その先だ」
地図屋のモルガンは指先でさらに北方を示す。そこは灰色のインクでぼんやり塗りつぶされていた。
「これが《霧深き森》。霧が晴れた記録は数えるほどしかない。方角を見失うだけでなく、地形が変わると報告する者も多い」
「やっぱりあの男の話は本当だったんだな……」
俺は小声で呟き、さらに情報確認。
「そうそう。《ブリュンの村》には『霧避けの石』を売る連中がいるらしいが?」
「ああ、あれは村の外ではめったに手に入らん。高い上に数も少ない。あんたら、金は持ってるか?」
「カイの食費を削ればなんとか……」
俺が冗談を言うと、カイがむっとした顔で振り返る。
「ひどっ! 俺、そんなに食ってないし!」
「さっき屋台で串三本追加したやつが言うな」
「だって美味しかったんだもん!」
アリアがくすっと笑い、リーナは肩をすくめた。
「まあ、笑ってるうちはいい。森に入れば笑えなくなるかもしれん」
地図屋のモルガンが真面目な声で言い、地図を丁寧に丸めて革筒に収めてくれた。
「道中の目印や水場の位置も記してある。あんたらが本気で行く気なら、これを持っていけ。……無事に帰ってこいよ」
「いくらだ?」
「金貨1枚(1万ゴルド)」
「高いな」
「地図は高い物なんだよ」
知ってる。
「はいよ」
俺は金貨を差し出し、地図を受け取ると、念のために聞いてみる。
「《ルシアの里》ってしってるか?」
「いや、知らん。俺も地図を見るのが趣味だから、いろんな地名を知ってるつもりだが、《ルシアの里》は、見たことないな」
だろうと思った。まあ、仕方がないな。地図に載ってたら、もうそれは『隠れ里』ではなくなってる。
地図を受け取った俺たちは、店を出るとき自然と顔を見合わせた。
「……次は食料の買い出しだな」
「うん。美味しいのが良いな。そして《ブリュンの村》へ。《ブリュンの村》では、美味しいものは期待できないよね」
「カイは、遠足気分だな」
「いいじゃない。カイは、育ち盛りなんだから」
リーナが俺に抗議する。
「わるい、わるい。ちょっとした冗談だ」
「どうでも良いけど、早くいきましょうよ」
アリアの瞳には、強い決意が宿っている。
そして俺たちは、王都中央市場へ向けて歩き出した。
――王都中央市場。
北門へ向かう前に、俺たちは食料を揃えるため市場に寄った。
屋根付きの通りには干し肉や乾パン、干し果物、香辛料の山が並び、店主たちの威勢のいい声が飛び交っている。
「はいはい! 保存食ならウチが一番だよ! 三か月はカビ一つ生えない干し肉だ!」
「こっちは二か月で十分だろ。代わりに安いぞ!」
「……こういうとき、どっちを選ぶべきなんだ?」
俺が呟くと、すかさずリーナが真顔で答える。
「もちろん三か月。森の中で食料が尽きるのは死活問題だもの」
「でも、高いでしょ? ほら、こっちの干し肉はちょっと塩気強めだけど安いし……」
カイが手に取った干し肉は、色がちょっと黒い。
「それ、明らかに古いでしょ」
リーナの冷ややかな視線が突き刺さり、カイは慌てて棚に戻す。
実際のところ、ストレージに収納できるので、保存時間は関係がない。ストレージ内は異空間なため時間が止まっているのだ。だが、今は訓練も兼ねているので、そのことは言わない。それに新鮮なものの方が、美味しいに違いない。
「干し果物も買おうよ!」
アリアが指差したのは、黄金色に乾いた甘い匂いの果物。
「糖分は大事だからな……でもこれ、金貨一枚って書いてあるぞ」
「た、高っ!」
カイが悲鳴を上げる。
「まあ……特別な果物だし、疲労回復に効くって噂だよ。少しだけ買おうか」
リーナが冷静に袋入りを三つほど選ぶ。
「パンはどうする?」
「じゃあ硬焼きの保存パンだな。……おお、これ、石みたいに固い」
「カイ、それはかじったら歯が欠けるやつだから。スープに浸して食べるんだよ」
「そっか……ちょっとガッカリ。違うのにしよー」
俺は会計前に、全員が選んだ物をざっと確認する。干し肉、保存パン、干し果物、塩、スパイス、干し野菜。
「よし、これだけあれば十日は持つな」
「十日って……森の探索にそんなかかるの?」
「かからないに越したことはないけど、備えは多めにだ」
「お兄さん、おまけで乾燥ハーブ入れとくよ。湯に入れれば香りもいいし虫除けにもなる」
店主の好意で袋がひとつ増える。
「ありがとうございます」
荷物を分担して背負いながら、俺たちは北門へ向かった。




