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翌朝。
窓の外は淡い朝靄に包まれ、村の屋根がしっとりと濡れている。
「おはようございます!」
元気いっぱいのカイの声で、まだ半分眠っていた俺の目が覚めた。
「……元気だな、カイは」
寝癖のついた頭をかきながら居間に行くと、すでにリーナが朝食を並べていた。
「今日は特別にパンケーキよ。蜂蜜もあるわ」
「わー! 甘いやつだ!」
カイは椅子に飛びつく勢いで座る。
「……パンケーキ?」
アリアが首を傾げる。
「食べたことない? じゃあ、初体験ね」
リーナが笑って、ふわふわの生地に黄金色の蜂蜜をとろりとかける。
一口食べたアリアの目がぱっと見開かれる。
「……甘い。やわらかい……」
「だろ?」
俺も一切れ切って口に入れる。焼きたての香ばしさと蜂蜜の甘みが広がった。
「カイ、蜂蜜はこぼすなよ」
「わかってるって……あっ!」
すでに袖に垂らしていた。
「もう……」
リーナが呆れ顔で拭いてやる。カイの頬が赤く染まった。
朝食を平らげたあと、俺は三人の顔を覗き込む。
「じゃあ、行くか。今日は王都グランティアで買い物だ」
「わーい! 初めての王都だ!」
「私も……楽しみ」
アリアの声は小さいが、その耳がほんのり動いていた。
「全員、俺の体をつかんで。転移魔法は初めてだろうから、しっかり俺に捕まってろよ」
足元に淡い光陣が浮かび、視界が白に包まれる。
次の瞬間、目の前に広がったのは、石造りの大通りと人々の喧騒だった。
「……わぁ……」
アリアが思わず息を呑む。
商人の呼び声、馬車の車輪の音、香辛料や焼き菓子の匂いが混ざって流れ込んでくる。
「でっかいなぁ……『姫の宮都市』の十倍どころじゃない!」
カイは首をぐるぐる回して見上げている。
「まずは服屋ね。カイ君は動きやすい服、アリアは街で浮かない服を選びましょう」
リーナが先頭を歩き、大通りのブティックに入る。
「いらっしゃいませ〜」
店員の女性が笑顔で迎える。
「カイ君、このジャケット似合うわよ」
「え、ちょっと派手じゃない?」
「若いんだからこれくらいでいいの!」
一方、アリアは全身鏡の前で、淡い緑色のワンピースを手に取っていた。
「……これ、どう?」
「似合ってるぞ。エルフらしい色合いだ」
「そ、そう……?」
耳がまた赤くなる。
「新しい服を着て王都をめぐるよ。服は3セットくらいは買っていこう」
「そんなにたくさん、買ってもいい
「3セットじゃ、足りないくらいだぞ。なあ、リーナ?」
「ええ、そうね。着替えもなくちゃねー」
俺たちは手当たり次第に服を見て回る。
「よし、服は決まり。次は外套とブーツだな」
「私は弓!」
アリアがきっぱりと言い、俺とリーナは笑う。
「じゃあ武具店も回るか。カイにもなにか、武器を買ってやろう。お前は剣より短剣の方がいいな」
「うん! 軽くて動きやすいのがいい」
こうして、俺たちは王都の石畳を、袋と袋を手に提げながら歩き回った。人混みと賑わいの中、確かに新しい生活が始まっていると感じられた。
買い物袋で両手がふさがったまま、俺たちは大通りを外れて小さな広場に出る。
噴水の周りには屋台が並び、焼き串や果物、香辛料の匂いが風に乗って漂ってくる。
「おなかすいたー!」
カイが腹を押さえて言う。
「じゃあ昼にしようか。ほら、あそこの屋台、肉の匂いがすごい」
俺が指差したのは、大きな鉄板でジューっと音を立てている肉屋台だった。
「お兄さんたち、焼きたてだよ! 山羊肉のスパイス焼き!」
店主の呼び込みに押され、俺たちは腰掛け用の丸太ベンチに座る。
「いただきます!」
カイは豪快にかぶりつき、口の端から肉汁を垂らす。
「熱っ! でも、うまっ!」
「アリアは大丈夫か? 香辛料きつくないか」
「……平気。ちょっと辛いけど、香りが森と違って面白い」
そう言って、嬉しそうにもう一口かじる。
「森の匂いって、どんななの?」
カイが興味津々で首を傾ける。
「雨のあとに湿った土と葉っぱの匂い……あと、時々キノコ」
「キノコ!? それ美味しいやつ?」
「種類による。食べると夢の中で森を歩くやつもある」
「……それ、絶対ヤバいやつ!」
カイが半歩引き、俺とリーナは吹き出した。
「安心しろ、カイ。森のエルフはそういうのを間違えて食べたりしないよ」
「間違えたら冒険じゃなくて幻覚の旅になるわね」
リーナの言葉に、アリアの耳がぴくりと動いた。
食後、俺たちは武具店へ向かった。
扉をくぐると、壁一面に剣、槍、弓が並び、革の匂いがむっと広がる。
「いらっしゃい。お、珍しいな、エルフの嬢ちゃん」
店主の視線はアリアの耳に一瞬向く。
「弓を探しているの」
「ほぅ……なら、この柘植の弓だな。軽くて丈夫だ」
店主が差し出した弓を受け取り、アリアは弦を確かめるように引いた。
「……いい。よく馴染む」
その真剣な顔に、店主も満足そうにうなずく。
「カイ、お前は短剣な。これはどうだ、鉄鋼製で軽いぞ」
「わっ、持ちやすい! これなら振り回せそう!」
「ここで、振り回さないでよ」
リーナが即、注意を入れる。
買い物を終えて外に出ると、広場で大道芸人が火吹き芸をしていた。
「わぁー!」
カイとアリアは思わず足を止める。炎が夜空のような青色に変わった瞬間、二人の目がさらに輝いた。
「なあ……こういうのも悪くないな」
俺は楽しそうに笑う二人を見ながら、ふとそう呟いた。
隣でリーナが小さく笑い、肩を並べて歩き出す。
「ええ、たまには賑やかな日もね」
「さて、だいたい買い物も済んだし、冒険者ギルドと魔術師ギルドによって《ルシアの里》かエルフの住む森の情報を集めてかえろう」
「そうね。せっかく王都に来たのだから、情報は集めなくちゃね」
「王都は、一番情報が集まっているはずだしな」
「そうね。じゃあ、まずは冒険者ギルドに行ってみましょうか?」
「そうだな。まずたくさんあるギルドの内でも、一番大きい中央ギルドに行ってみよう」
俺たちは、グランティア中央冒険者ギルドに向かった。




